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金木犀の午後 [男と女ストーリー]

ハックション!
夫が庭先で大きなくしゃみをした。
子供たちが巣立ち、夫婦ふたりの暮らしで会話が増えると思ったら逆だった。
話すことが何もない。
「犬でも飼おうかしら」
何気なく呟いたら夫が「ふん」と鼻を鳴らした。
「生き物を飼うと責任が生じる。暇つぶしで飼えるもんじゃないぞ」
「わかってるわよ」
正論だけど言い方がむかつく。会社でも煙たがれているんじゃないかしら。

ハックション!
2回めのくしゃみ。ほら、女子社員が悪口言ってるんじゃない?
「寒くなって来たし、おでんでも作ろうかしら」
頭の中で材料をあれこれ考える。大根、こんにゃく、玉子……
買い物に行かなくちゃ。

ハックション!
3回目のくしゃみ。くしゃみ3回の意味ってなんだっけ。
お隣の金木犀がいい香り。まさか金木犀アレルギー?
だとしたら可哀想。いい香りなのに。
「さて、買い物行こうかな」
立ち上がった私を夫が呼び止めた。
「大型犬がいいな」
「はい?」
「エサ代はかさむが、番犬になるし従順なイメージがある」
「ふうん」
どこかズレているのよね、この人。犬の話はもう終わったのに。

ハックション!
あらあら、4回目のくしゃみ。こりゃ風邪だな。
「寒いんじゃない? もう家の中に入ったら」
聞こえているのかいないのか、夫はゴルフの素振りなんかしている。
「今夜はおでんか。いいな」
だから、ズレてるってば。

ハックション!
あっ、今のは私のくしゃみ。
「風邪か?」
「うつったのよ。あなたのくしゃみが」
「くしゃみはうつらないだろう」
「ねえ、私は小型犬がいいわ。可愛いもん」
「ズレてるなあ、おまえ。犬の話はさっき終わっただろう」
あなたにだけは、言われたくないわ。

「一緒に行くか」
「は? どこに?」
「買い物」
「えー、すぐそこのスーパーだよ」
「あと、ついでにペットショップ」
「やだ、本気なの?」
少しだけ楽しくなりそうな秋の一日。
金木犀の甘い香りのおかげかな。

ハックション!
今度は、ふたり同時にくしゃみをした。


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