SSブログ

ただの幼なじみ [男と女ストーリー]

幼なじみの太一が嫁をもらった。
東京の大学で知り合って、卒業と同時に式を挙げたって。
お金がないから、地元に帰って親と同居するらしい。
同居ってことは隣に住むんだ。嫌でも顔を合わせるしかない。

太一とあたしは、小学校から高校まで、ずっと一緒に通った。
朝はどちらかが迎えに行き、帰りも一緒に帰った。
どちらかが部活で遅いときは、待ってて一緒に帰った。
まるで付き合っているみたいだった。将来結婚するかもって、ちょっと思っていた。
でもまあ、そう思っていたのはあたしだけ。
太一にとっては、隣に住んでいるだけの、ただの幼なじみ。
「あーあ、家出ようかな。でも就職したばっかりだしな」
つぶやきながら隣の窓を見た。もうすぐ、太一と嫁が帰ってくる。

「おはよう。麻衣子さん」
「おはよう。実花さん」
太一の嫁の実花さんと、毎朝挨拶を交わす。
「行ってらっしゃい」と、実花さんに見送られて、太一と一緒に歩き出す。
太一の就職先は、あたしと同じ会社だった。
この辺りでいちばん大きな工場で、太一は営業部、あたしは総務部だ。
「ねえ太一、会社が同じだからって、毎朝一緒に行くことないんじゃない?」
「だって、同じ場所に同じ時間に行くんだから、一緒に行くのは必然だろ」
「いや、だけどさ。実花さんが気にするでしょう?」
「えー、気にするって何を?」
相変わらず、鈍感な奴。女心がわからない。
帰りも、残業や部署の飲み会以外は一緒に帰る。
これって学生時代と同じだ。まずい。封印した気持ちがよみがえりそうだ。

1か月後、実花さんが訪ねて来た。太一が職場の飲み会でいない夜だ。
きっと、太一と一緒に会社に行くのをやめて欲しいとお願いに来たのだ。
「麻衣子さんにお願いがあるの」
ほら来た。
「麻衣子さん、知っていると思うけど、太一君って、すごくモテるの」
あっ、そうなの?
「大学にもバイト先にもファンがいたの。でもね、太一君って鈍感だからそういうの、全然気づかないの」
うん、それは分かる
「でね、私、太一君に色目使う女を最大限のパワーでブロックしてきたのね」
ラ、ラスボスか?
「でもさ、会社ではそうはいかないでしょう。一緒に行くわけにいかないし」
そりゃそうだ。妻同伴じゃ仕事にならないもん。
「会社って危険よ。オフィスラブとか社内不倫とか」
ドラマの見過ぎだよ。
「私、麻衣子さんが同じ会社だって聞いて、すごく安心したの。だって麻衣子さんがずっと目を光らせていたら、悪い虫がつかないでしょ」
はっ?あたしゃ防虫剤か!
「私ね、すごく不思議だったの。あんなにカッコよくて優しい太一君が、大学まで恋愛経験ゼロだなんて信じられなかった。だけどね、小学校から高校まで、登下校が常に麻衣子さんと一緒だったと聞いて納得したのよ。麻衣子さんがいたから、誰も彼に近づけなかったの」
えっ、あたし、結界張ってた?
「だからね、これからも太一君を守って欲しいの」
お願いって、それ? あたしゃボディガードか!

「あの、実花さん、ひとつ聞いてもいい?」
「なあに?」
「あたしのことは、心配じゃないの?」
「ぜんぜん。だって、ただの幼なじみでしょう。あっ、太一君からラインきた。もうすぐ帰るって。ねえ、飲んできた夫にお茶漬けを出すのって、妻の務めかしら?梅と鮭どっちがいいと思う?じゃあ帰るね。主婦って、いろいろ大変なんだよ」
実花さんは、嬉しそうに帰って行った。

まったく、鈍くて空気の読めない夫婦だな。
それにしても、ただの幼なじみって、不憫な生き物だ。

nice!(10)  コメント(8)