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桜の木の下 [ファンタジー]

最初にそれを埋めたのは、12歳の時だった。
そのころ僕は、同級生のFから、陰湿ないじめを受けていた。
学校の帰りに蹴られたり、文房具を盗られたり、脅されて万引きをさせられたりした。
Fは優等生だったから、陰でそんなことをしているなんて誰も気づかない。
たとえ僕が訴えたところで、相手にされなかった。

僕は、Fから受けた仕打ちを全て、ノートに書き込んだ。
卑劣で、醜いFの本性をノートにぶちまけて、桜の木の下に埋めた。

しばらくすると、どこからともなく、Fの悪いうわさが流れ始めた。
Fは、どうやら陰湿ないじめをしているらしい。
Fは、平気で動物を虐待するらしい。
Fは、あちこちで万引きをしているらしい。

Fは僕を疑ったけれど、僕は言っていない。第一、僕が言ったところで信じる人など誰もいなかったじゃないか。
Fの万引きを目撃した人が現れて、Fは窮地に立たされた。
問い詰められ、叱られて、周りから白い目で見られ、Fはとうとう学校に来なくなった。

僕は思った。きっと僕の悲痛な思いを、桜の木が吸い取ってくれたのだ。そして、僕の代わりに伝えてくれたのだ。
みんなの耳に届くように、広めてくれたのだ。
僕は冷たい木の幹に、そっと手のひらをあてた。「ありがとう」という思いを込めて。

僕は中学生になった。
T先生は、横暴な教師だった。
権力で生徒を押さえつけ、えこひいきもすごかった。
そのくせ上司や親には信頼されていたので、いい気になってやりたい放題だった。

僕は、T先生の悪事をノートにすべて書いた。そしてそれを、桜の木の下に埋めた。
桜の木は、やはりそれを、風に乗せて伝えてくれた。
T先生が女生徒にセクハラしている。言葉の暴力で生徒を傷つけている。
そんな悪いうわさがジワジワ広がり、先生は学校をやめた。

僕はそんなふうに、嫌な人間を消していった。
僕に害を与える人間を、すべて排除した。

大人になった僕は、初めて本気の恋をした。
聡明で美しい彼女には、Sという恋人がいた。
Sは爽やかな好青年だったが、僕にとってはただの邪魔物だった。
Sには何の恨みもないけれど、消えてもらうことにした。

僕はSの悪事をでっち上げて書き、桜の木の下に埋めた。
Sの悪いうわさは、たちまち広まった。
Sは、数人の女の子と同時に付き合っている。もちろん、ただのうわさだ。
Sは、会社の金を横領している。もちろん、そんなことはしていない。会社の金を横領したのは、僕だ。
Sに罪を着せるために、僕がやった。

Sは、会社を辞めて、彼女と別れた。
僕は彼女を慰め、心から愛した。そして、彼女は僕の妻になった。
僕は幸せだった。美しい妻がいる。邪魔なものは何もない。

爽やかな目覚めだ。妻はすでに起きて朝食の支度をしている。
僕はベッドをおりて窓を開けた。柔らかい春の日差しを浴びるために。
ところが、窓を開けた途端、風に乗って言葉が聞こえた。
聞くに堪えない醜い言葉で聞こえてきたのは、僕の悪口だった。
汚い言葉で僕をののしる、悪いうわさ話。

僕は急いで桜の木の下を掘った。
出てきた黒いノートには、僕の悪口がびっしりと書かれていた。
憎しみが籠ったその字は、紛れもなく妻の字だった。
「ひどい男」「自分の幸せのために人を陥れた卑劣な男」「顔も見たくない」「消えてしまえ」

桜の木が、次々にノートの言葉を発した。
それは僕にではなく、風に乗ってすべての人たちに向かっていた。
「やめてくれ!」
僕は耳をふさいで叫んだ。僕の声は、桜の木には届かなかった。

「さようなら。二度と会いたくない」
桜の木が、冷たく言って、僕を見下ろした。

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愛輝

ファンタジーで、いい話で終るのかと思えばまさかの逆転。
ちょっとしたホラーですね。

散る姿が切なくみえるので、風に乗って何かを届ける描写は
ぴったりだなあと思っていたんですが・・・、まさかこんなものが流れてきているとは。
今度からは耳を済ませてみます。
by 愛輝 (2011-04-10 21:45) 

矢菱虎犇

昨日、ボクは妻と二人で花見に出かけました。
満開の花が密集している枝のサマを見て、
「トウモロコシの食べカスそっくり~」

続いて、ユキヤナギが咲き誇っているのを見て、
「糊をつけた枝を粉砕シュレッダーゴミの中に突っ込んだみたい~」

こんな夫婦はきっと植物たちに呪われるにちがいありません。



by 矢菱虎犇 (2011-04-11 01:24) 

ヴァッキーノ

ビックリしました。
王様の耳はロバの耳!
の、桜ヴァージョンみたいなほんわかしたもんだろうって思ってたもんで。

いつも穏やかなおりんさんにまたまた
ダークサイドが降臨っすね。
坂口安吾でした。

いやはや、この桜が咲き乱れてることを思い浮かべてしまいました。
風評って怖いですね。
by ヴァッキーノ (2011-04-11 09:16) 

雫石鉄也

桜の花はきれいなだけではなく、きれいであるがゆえ、不気味です。
その桜の不気味さを、うまく表現した暗い幻想小説ですね。
りんさん、このところ絶好調ですね。
by 雫石鉄也 (2011-04-11 09:22) 

haru

そっか!桜咲き、桜散る。。。
私が、桜を見上げる頃には、もうみなさん別のものを見てるんですね。
せめて、桜の木の下に小さな小さな穴を掘って、
りんさん、桜が咲きましたよーって言ったら、
そちらの夏に、爽やかさを届けることができるかな??
by haru (2011-04-11 19:10) 

浅葱

でもこの桜、事の真偽も確かめないで
嘘を鵜呑みにしてSの悪い噂を流したんですよね。
その責任は?
それなのにあくまでも人を責めるだけ?
納得できません。
by 浅葱 (2011-04-11 21:03) 

海野久実

「デスノート」プラス「王様の耳はロバの耳」みたいな?
最近りんさんは発想もバラエティーに富んでいて、完成度も高い作品をどんどん書いてらっしゃいますね。
絶好調~と言う感じです。

妻が主人公の悪口を書くに至ったいきさつが知りたい気がしたんですけどね。
幸せそうな結婚生活がいきなりダークな物になってますよね。
ここはじわじわと‥(笑)
by 海野久実 (2011-04-11 22:53) 

リンさん

<愛輝さん>
ありがとうございます。
ホラー…ですね。自分のうわさが流れてきたら怖いです^^
桜って、人の気持ちがわかるような気がしませんか。
何か話しかけたくなるような^^
by リンさん (2011-04-12 18:21) 

リンさん

<矢菱さん>
おもろい夫婦ですね。
ああ、何か私もそんな風に見えてきた。
せっかくの風情を…どうしてくれるんですか^^
by リンさん (2011-04-12 18:23) 

リンさん

<ヴァッキーノさん>
するどい!!
実は王様の耳はロバの耳 のパロディーのつもりで書いたんです。
そしたら思いがけず暗い話になっちゃって、「パロディーじゃないな」と…
カテゴリーを変えました。
坂口安吾は読んだことないんです。満開の桜の下?でしたっけ?
これは、今はまっている道尾秀介の「鬼の跫音」という小説を読んで思いつきました。
短編ですが、すべてにSという男が出てくるんです。
面白かったです。
by リンさん (2011-04-12 18:31) 

リンさん

<雫石鉄也さん>
ありがとうございます。
桜は優しくもあり、冷たくもあったんですね。
温かいコメントありがとうございます。
by リンさん (2011-04-12 18:33) 

リンさん

<haruさん>
北海道はまだ咲きませんよね。
逆にみんなが終わってしまった花を、haruさんは見てるんですね。
何か不思議ですね。
by リンさん (2011-04-12 18:35) 

リンさん

<浅葱さん>
きっとこの桜は、書かれた文字を吸収して、ただ流してるだけなんでしょね。何か邪悪なものが宿っているのかもしれません。
責任は、ノートに嘘を書き込んだ男にあるんでしょうね。
だから仕返しをされてしまったのです。
(これでいい?)
by リンさん (2011-04-12 18:42) 

リンさん

<海野久実さん>
ああ、言われてみればデスノートですね。
ノートが悪いのか、桜が悪いのか…^^

妻は何かの拍子に木の下に埋めたノートを見てしまったんでしょうね。
妻目線の後日談を入れると、わかりやすかったかもしれませんね。
by リンさん (2011-04-12 18:47) 

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