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さよなら私 [SF]

タイムマシンは、20年前にたどり着いた。
今日が初めての渡航だった。20年前に来ることは私が希望した。

懐かしい家の前に立った。古い戸建てのアパート。
軒下に、お下がりの赤い自転車がある。小さな私の唯一の宝物だった。
いい思い出など何もないのに、懐かしく感じるのが不思議だった。

5歳の私が花壇の隅で膝を抱えている。
ママの男が来ると、いつもそうして外に出された。
私は、5歳の私に話しかけた。
「チエちゃん、おねえさんと遊ばない?」

小さな私は、警戒心たっぷりの目で私を見上げた。
「大丈夫よ。私はママのお友だち。ママに頼まれて、チエちゃんを誘いにきたの」
小さな私は頬をゆるめ、スカートに付いた泥を払って立ち上がった。
私たちは手をつないで歩き出した。

過去の自分と関わりを持つことはタブーだ。そんなことは百も承知だ。
だけど私は、あえて掟を破った。そのために、この時代にやってきたのだ。
小さな私を薬で眠らせると、タイムマシンに乗せて現代に連れて帰った。

所長は真っ青な顔で怒った。
「君は何を考えているんだ。過去から自分を連れ去るなんて。どうなるかわかっているのか?君自身の存在が消えてしまうんだぞ」
「わかっています。消えてもいいんです」
「何だって?」
「5歳の私は、あのあとママの男からひどい虐待を受けるんです。額の傷と背中の傷は、今でも時々痛みます。何より心に受けた傷は、一生消えることはないのです。
そんな痛みを抱えながら生きていくのは辛くて耐えられません」
「まさか君は、そのために研究所に入ったのか?」
「そうです」

タイムマシンの研究と聞いて、私はまっさきに思った。可哀想な子供時代の私を救いたい。そしていやな過去をすっかり消すのだ。たとえそれが危険なことでも。
私は必死で勉強した。誰かを蹴落としてでも、この研究所に入りたい。私はそうして生きてきた。

意識が遠のいていく。
私は消える。無邪気に眠る5歳の私といっしょに消えるのだ。

**

気が付くと、ベッドに横たわっていた。
手足の感覚もある。私は消えていなかった。
ただ額と背中の傷が消えていた。いったいどういうことだろう。

「気が付いたかね」
所長がホッとしたように覗き込んだ。
「5歳の君を元の時代に戻してきたよ。あと少し遅かったら優秀な助手を失うところだったよ」
「戻した?戻したなら、なぜ私の傷が消えているのですか?」
「君の家から離れた養護施設に君を預けた。君はそこで穏やかに育つことになる」

「所長。頭がすごく痛いです」
「君の記憶が、ものすごい勢いで入れ替わっているんだ」
頭の中で雷が鳴っているような激しい頭痛だ。脳の回路が今にも破裂しそうだった。
鬼のようなママと男の顔が薄れていく。いろんな顔が現われては消えていく。
うずくまる私の手を、所長がしっかりと握った。所長も痛みに耐えているように見えた。
「5歳の君は施設で、科学が大好きな15歳の少年と出会うんだ。やがてふたりは、同じ夢を追うことになるだろう。そう…。タイムマシンを一緒に作るという夢だ」

頭痛が治まった。嵐の後の青空のような澄みきった気分だ。
私の前には、幼いころからずっと慕ってきた兄のような所長の笑顔があった。
「さあ、研究を続けようか、チエ」

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矢菱虎犇

いいっすね~
一読して気に入りました。
ボクがこのお話が好きないちばんの理由は、「私」の人生が変わったことを最終的に知っているのは読者だけってところ。そういうの、キュンときちゃう~!
by 矢菱虎犇 (2011-09-20 20:27) 

ヴァッキーノ

タイムマシンで過去や未来に行く時って
そもそも、なんでその時の自分に会ったらダメなんでしょうね?
どういう原理なんでしょう?
よく言われてることなんですけど
いつも、なんでなんだろう?
って思ってるんです。
でも、きっと難しい理論があって、ボクには理解できないと思いますけど(笑)
タイムマシンに乗って、一度だけ好きな時代に行けるとしたら
いつがいいかなあ。
真剣に考えたら、結構悩みますよ。
by ヴァッキーノ (2011-09-20 20:49) 

かよ湖

「5歳の君は施設で、科学が大好きな15歳の少年と出会うんだ。」でやられてしまいました。ウルウルきちゃいましたよ。
goodな作品です。お見事!
by かよ湖 (2011-09-20 22:05) 

川越敏司

りんさん、もうだめですよ! この間もちゃんと警告したのに! こんないいお話は、ブログに出す前にSFマガジンに送りなさいって言ったのに。もう、本当に欲のない人だなあ。。。

ただ、この話の肝は、過去改変の影響が局所的にしか生じないことですが、これは大丈夫でしょうかね?息子がいなくなったことを知った母は、男との関係を考え直すかもしれませんし、影響を受けるのはわたしと所長だけではないような気もするんですね。

でも、こうしてりんさんが着実にSF作家の道を歩んでくださると、うれしいですね!
by 川越敏司 (2011-09-20 22:56) 

もぐら

この所長さんは施設で育ったんですね。
タイムマシンを研究していたのは自分のためかもしれませんね。
所長さんも自分の過去を変えたかった。
そう感じました。

自分の過去を変えたい人ってたくさんいるのかな?

by もぐら (2011-09-20 23:41) 

春待ち りこ

(p゚∀゚q)おぉ♪
今回も良いですね♪
やっぱり、リンさんは凄いや!!!
ラストがとっても素敵でした。

リンさんのSF...
メキメキと進化してますね。
なんと、羨ましい。。。
才能が。。。眩しい。。。凄ぃょ!o(≧∀≦)o
by 春待ち りこ (2011-09-20 23:52) 

雫石鉄也

今回もなかなかいいです。
非常に後味の良いSFショートショートに仕上がっています。
川越さんがおっしゃるようにSFマガジンの「リーダーズ・ストーリー」に応募したらどうです。
こういう「時間テーマ」のSFはロマンチックはSFによくあいます。りんさんの作風にあっていますね。
ロバート・F・ヤングを読まれたらどうでしょう。アメリカのSF作家で最もロマンチックな作家といわれている人です。
by 雫石鉄也 (2011-09-21 09:51) 

海野久実

いいですねー
ロマンチックなSFは大好物です(笑)
結末はブラッドベリ原作の映画「サウンドオブサンダー」に似ていますね。
過去を変えてしまった変化の波がどーっと押し寄せる感じ。
映画はそれが天変地異を引き起こす大スペクタクルです。
このりんさんの作品の方が感情に訴えて来るものが大きいので好きですねー
by 海野久実 (2011-09-21 10:45) 

愛輝

タイムマシンの話は一度は書いてみたいとは思うんですが・・・、SFってなかなか手を出せない分野なんですよね。
なんでかというと、博識じゃないのがばれるから。プラス、しっかりした世界観が出来上がらないまま書こうとするから。
だから、ショートでここまで見せられるというのは素敵ですよね。尊敬しちゃいます。

しかし、二人(自分と過去の自分)の記憶が変わる。
つまりは過去を変えた場合に、過去を変えた原因となる自分、今の自分や事件に近しい人、ここでは所長さんでしょうか。その人たちの記憶はどうなると思いますか?

時間軸が同一線上にあると仮定すれば記憶が上書きされて、歴史が変わったこと自体がなかったことにされるのか・・・・・・、

それとも時間軸が二つ、つまりは平行世界みたいなものがあるとして、自分たちだけは記憶が変わった。つまりは虐待されたという事実はなくなったものの、あったこととして認識することができるようになる状態になるのか・・・

いつでもこの問題がどうなるのかなーって思うんですよね。
タイムマシン自体が技術的に不可能なのと、考えるのが面倒なのでこういうのって皆深く掘り下げないんでしょうけども。
ここでは上書きされていくパターンなんでしょうか。

しかし、長文失礼しました。理屈っぽいのは適当にスルーしてくださいませ。

by 愛輝 (2011-09-21 21:22) 

リンさん

<矢菱さん>
ありがとうございます。
そうなんですよね。所長の記憶も入れ替わっちゃってるんですから、知っているのは読者だけ。
まさにその通りです。
by リンさん (2011-09-22 17:13) 

リンさん

<ヴァッキーノさん>
ちょっと前にNHKので、上戸彩の前に未来のダンナが現れて「オレとの結婚をやめてくれ」と言いに来るドラマがありました。
そのドラマでもやっぱり未来のダンナが過去の自分に遭遇しそうになると具合が悪くなりました。
どうしてなんでしょうね。あんがい平気かもしれないのにね。。。^^
by リンさん (2011-09-22 17:16) 

リンさん

<かよ湖さん>
ラストをどうするか迷ったんですよ。
施設に預けて終わりだと、タイムマシンに興味を持たないかもしれませんからね。それで、こんな風にしました。
いつもありがとうございます。
by リンさん (2011-09-22 17:18) 

リンさん

<川越さん>
SFマガジンですか。わかりました。肝に銘じます^^;

たしかに、他の人の人生も変わっていますね。
実は最初は施設に預けられたチエを、母親が探しもしなかったことにショックを受ける…というちょっと哀しいラストを考えたんです。
でも変えました。少しでもハッピーな方がいいので^^
by リンさん (2011-09-22 17:25) 

リンさん

<もぐらさん>
所長さんは、彼女をどうしても失いたくなかったんですね。
だから自分に都合よく…と言ったらアレですが…お互い幸せになれて良かったんじゃないでしょうか。
過去を変えたい人は、きっとたくさんいるでしょうね。
by リンさん (2011-09-22 17:28) 

リンさん

<りこさん>
ありがとうございます。
みなさんの助言のおかげで、何とかSFらしくなってきました。
りこさんもぜひ挑戦して^^
by リンさん (2011-09-22 17:29) 

リンさん

<雫石鉄也さん>
ありがとうございます。
検討してみます。
ロバート・F.ヤングですか。名前は聞いたことあります。
本格的SFって、難しそうですが、ロマンチックなものもあるんですね。
ぜひ読んでみます。
明日ブックオフ行ってきます(笑)
by リンさん (2011-09-22 17:32) 

リンさん

<海野久実さん>
ありがとうございます。
いろいろ考えたけど、このラストにしてよかったです。
みなさんに気に入っていただけたようなので。
この二人が結婚したら、もっとロマンチックですね^^
by リンさん (2011-09-22 17:34) 

リンさん

<愛輝さん>
私もSFの知識は皆無なんですよ。
ただ、タイムマシンは現代にはないものなので、想像で好きなように書けるのが楽しいですね。
深く考えると書けません(笑)
愛輝さんも、今度書いてみてください。私より本格的に書けるんじゃないかな^^
by リンさん (2011-09-22 17:38) 

川越敏司

りんさん、
ブックオフに行っても無駄ですよ。あの伝説の作品が収められたサンリオSF文庫は絶版で、闇市場で大変な高値で取引されています。

わたしは仕方なく英語の原文で読みましたが、何人かの方が私訳されています。以下はそのひとつ。

原文"Dandelion Girl" by Robert F. Young
http://www.lexal.net/scifi/scifiction/classics/classics_archive/young2/young21.html

私訳「たんぽぽ娘」
http://riddr2.blog89.fc2.com/blog-entry-79.html

名作ですよ~以下が名セリフ。あ、もう涙が。。。

"Day before yesterday I saw a rabbit, and yesterday a deer, and today, you."
「おとといは兎を見たわ。昨日は鹿、今日はあなた」

by 川越敏司 (2011-09-22 19:22) 

川越敏司

おじゃうさん、そんなら、時間SFもうひとつおまけしときまひょ。

ジャック・フィニィの「愛の手紙」どす。『ゲイルズバーグの春を愛す』に入っとります。早川文庫FT、クリーム色の背表紙で、古本屋でもよう出まわっとります。105円の棚をよ~く見なはれ。ええ話やで。古いデスクから出てきよった手紙、いったい誰に宛てよったもんなんやろ?と思うてたら、とんでもないことが起こるんや!そんで、最後には涙涙のお別れや。泣けるで~!

でもな、これは大森望編『不思議の扉』角川文庫にも入っとんのや。これも105円の棚を探してみなはれ。アンソロジーの棚やで。きっと見つかるはずやよってに。これはめっちゃお得なアンソロジーなんや。

なんせ、梶尾真治の処女作にして、日本SF殿堂入りした名作時間SF「美亜ヘ贈る真珠」 も一緒に読めるんやから。梶尾真治って知っとるか?『黄泉がえり』の作者やで! 

それにな、乙一はんの「Calling You」もええ味出しとんねん。時間を隔てた彼氏と携帯電話でつながるねんで。新海誠の『ほしのこえ』みたいやないけ!

おまけに、恩田陸はんの『ライオン・ハート』の冒頭、「エアハート嬢の到着」まで入ってこの値段や。もってけ泥棒!とはこのことやな。絶対損はさせへんよって、こっちを買っていきなはれ、おりんはん!

by 川越敏司 (2011-09-22 20:27) 

リンさん

<雫石鉄也さん>
ありがとうございます。
私訳の方を読んでみました。
何とも可愛らしい女の子ですね。帰ってからも忘れられず、少女の言葉を思い出す。本当にロマンチックですね。

ブックオフにはないですか(笑) 図書館にはあるかな?
図書館のおねえさんに聞いてみます。
by リンさん (2011-09-22 21:32) 

リンさん

<川越さん>
いろいろ紹介いただいて恐縮です^^
値段まで詳しく教えてくださって(笑)

今、「偉大なるしゅららぼん」というふざけたタイトルの本を読んでいるので、そのあと順番に探してみます。
(タイトルふざけてるけど面白いです、すごく)
by リンさん (2011-09-22 21:36) 

浅葱

素晴らしい。
前向きなハッピーエンドは大好きです。
by 浅葱 (2011-09-24 22:59) 

リンさん

<浅葱さん>
ありがとうございます。
私もハッピーエンド大好きです^^
by リンさん (2011-09-26 22:32) 

海野久実

ここのコメントを見ているうちにロバート・F・ヤングが気になってしまって、たしか蔵書に彼の本があったはずだと思って探しました。
いや、りんさんのためにではなく、自分が読みたくなっちゃったからですよ(笑)
「ジョナサンと宇宙クジラ」という短編集が出て来たので、それを今読んでいます。
ところで、この本は今でも手に入りますね。
あと、「ピーナッツバター作戦」という本も再刊されていて、手に入ります。
これは注文するつもりです。
そして「たんぽぽ娘」ですが、これは河出書房新社の「奇想コレクション」と言うシリーズで出版(再版?)される予定だと言う事です。

ところで、私訳「たんぽぽ娘」を紹介してくださっているのも、その下のコメントも川越さんです(笑)

そうだそうだ、いろいろ調べているうちに「時の娘 ロマンティック時間SF傑作選」と言うアンソロジーが出ているのを見つけました。
これも読みたいなー

by 海野久実 (2011-09-28 09:46) 

川越敏司

りんさん、ブログ炎上してますよ!
って、焚きつけているのはわたしかもしれませんが(^^;

『ジョナサンと宇宙くじら』は、いいですね。これは、旧約聖書のヨナ書が元ネタになっていまして、ノスタルジックな作品です。たぶん、大原まり子の『銀河ネットワークで歌を歌ったクジラ』はこれからインスピレーションを受けていたと思います。

あと、同じような設定は、寺沢武一『コブラ』のエピソードでもありました。くじらのお腹の中で、呪われた帝国が築かれていて、その親玉は実は。。。というお話です。

ちなみに、わたしは次回作品のネタとして、「銀河郵便配達は二度春を告げる」というタイトルを思いつきました。中身はまだありません。

by 川越敏司 (2011-09-28 23:42) 

リンさん

<海野久実さん>
情報ありがとうございます。
私も図書館に行ってみようと思います。
ああ!本当だ。私ったら雫石さんにコメント返してた(笑)全然気づいてませんでした。
全く何をしてるんでしょうね^^
川越さん、ごめんなさい。そして海野さん、ありがとう^^;
by リンさん (2011-09-29 19:17) 

リンさん

<川越さん>
これって炎上なんですか?(笑)
たくさん本を読んでいるんですね。私は決まった作家ばかり読んでいるから、いろいろ教えてください。
川越さんもタイトルから決めたりするんですね。
私もそういう時があります。
楽しみにしています。
by リンさん (2011-09-29 19:21) 

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