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僕の妹 [短編]

自分で言うのもなんだが、僕は売れっ子小説家だ。
新刊を出せば話題になり、そこそこ売れる。
僕はこの夏、自伝的小説を書いた。
出だしはこうだ。

『僕には夏子という妹がいた。ふわふわの茶色の髪と柔らかい頬を持った天使のような夏子が妹だったのは、わずか3か月間だった』

僕が10歳の時、父が再婚して新しい家族が出来た。
優しくてきれいな母親と5歳のかわいい妹だ。
妹は母親のスカートをぎゅっとつかんで、恥ずかしそうに微笑んだ。
まるで天使だと思った。
新しい母が作る料理はどれも美味しく、妹は無条件で可愛かった。
だけど、そんな幸せな僕の家族は、たった3か月で消えてしまった。

両親が交通事故で亡くなってしまったのだ。
そのとき、僕と妹は家で留守番をしていた。
後で聞いた話だが、母の中には新しい命が宿っていた。
両親は、ふたりで病院へ行く途中で事故に遭ったのだ。
僕は父の叔母夫婦に引き取られ、妹は母方の祖父母に引き取られた。
それっきり、妹には会っていない。

小説は、大人になった妹との再会を想像する馬鹿な男の話だ。
時にはコミカルな、時にはシリアスな、時にはエロティックな妹が登場する。
小説は、ベストセラーになった。そして映画化の話まで舞い込んだ。

そのころから、僕の前に何人もの夏子が現われた。
「おにいちゃん」と僕を呼び、「5歳の時に別れた夏子です」と女たちは言った。
もちろん誰も本物の妹などではなかった。
「似たような境遇の人がいるものですね」
僕が言うと、編集者は笑った。
「先生は人がいいな。あの女たちはみんな女優の卵ですよ。映画化の話を聞いて近づいてきたのでしょう。あわよくば夏子役を射止めようとでもしているのでしょう」
「そうなのか?」
「そうですよ。本を読んで、先生のイメージの夏子を演じに来たんですよ」

なんだそうか。だけど「夏子」を名乗るのは、妹ではありえない。なぜなら妹の名前は本の中では「夏子」だが、実際は「奈津」なのだ。
「小平奈津」が妹の名前だ。もっとも小平の姓だったのは、たった3か月だったけど。
その後の姓など、知る由もない。

編集者との打ち合わせを終えて帰ると、マンションの前に女がいた。
「お兄ちゃん」と女は言った。
「5歳の時に別れた奈津です」と女は言った。
「奈津?」
「そう。奈津。本では夏子になっていたけど、あれは私のことでしょう?」
女は、ふわふわの茶色い髪に、柔らかい白い頬を持っていた。だけど…。
「妹の本名をよく調べたね。だけど君は奈津じゃない」
「疑り深いのね。じゃあ昔の話をするわ。お兄ちゃん、よく本を読んでくれたわね。泣いた赤鬼や笠地蔵。日本の昔話が多かったわね」
確かにそうだ。僕は妹にいつも本を読んでいた。女の子が喜ぶような本は家になくて、日本の昔話ばかりを読んでいた。
「これでわかったでしょう。お兄ちゃん。私は正真正銘の奈津よ。先生の小説がずっと好きだったの。今回の小説で、先生がお兄ちゃんだと知って、飛び上がる思いだったわ」
女は確かに天使のような笑顔をしている。
この子が奈津だったらどんなにいいだろう…と心のどこかで思ったほど、彼女の笑顔は素敵だった。

「だけど君は奈津じゃないよ」
「どうして?お兄ちゃんは成長した奈津を知らないでしょう。なぜ違うとわかるのよ」
「だって、奈津は目が見えないんだ」

女は黙ってしまった。
そう…。奈津は生まれつき目が見えない。だから僕は、いつも大きな声で本を読んであげた。
小説には書かなかった真実だった。
「まさかそんな…。そんなふうに見えなかったわ」
「君はいったい誰だ?」

女は、幼いころ僕の家の近所に住んでいたことを告白した。
自分と同じ5歳の妹に、いつも大きな声で本を読むお兄ちゃんが羨ましかったと告げた。
「ごめんなさい。だけど、あなたの小説が大好きなのは本当よ」
女はそう言って帰っていった。

奈津が僕の小説を読むことはないだろう。
奈津が映画を見ることはないだろう。
奈津に逢える日は、きっと来ないのだろう。

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川越敏司

う~ん、最近のりんさんは本気モードですね。ブログでは飽き足らなくて、本格デビューを目指していますね?小説推理新人賞の締め切りは11月30日です。こういうライトな日常ミステリがよく受賞しています。今年、わたしも出します。一緒にがんばりましょう!とあおってみたり。。。

まあ、一つ難点を上げると、現在は目が見えない人も本を読んだり、映画を見たり、インターネットしたり、色々できるってことですかね?だか、僕が奈津と会う日はやっぱり来るんです、いつかきっと。
by 川越敏司 (2011-10-12 19:39) 

海野久実

うわー
久々に小説を読んで切ない気持になりました。
妹にもう会えないだろうと言う事実だけを書いて、その事を主人公がどう思っているかを書いていないと言うのは想像しちゃうんですよね。
主人公の心中はどんなに切ないんだろうか。
主人公が妹の事をそれほど思っていない場合でも、なんでもっと積極的に妹を探そうとしないんだとか思って、余計に切なくなっちゃうんですよね、こういうお話は。

同じような気持ちになったのは、新海誠のアニメ「秒速5センチメートル」です。このアニメはDVDで1回見ただけで、切なくなりすぎて、もう一度見るのが怖いので見ていません(笑)
by 海野久実 (2011-10-12 22:00) 

愛輝

川越敏司さんのご指摘にあるように、
もし目が見えない人用の媒体で妹が彼の作品を読んでいたとしたら、
奈津はあえて会いに来ないと言う事もありえるでしょうか。

何か他にも隠された過去があるんじゃないかといろいろと想像して、
何だか厚みのある話ですね。
by 愛輝 (2011-10-13 00:39) 

矢菱虎犇

何年も何十年も経って再会した人が心の中のイメージと違って、孤独な気持ちになってしまう、あのときの寂しさを思い出しました。
小説の夏子も、作者がイメージし、読者がイメージして創られた存在だし、
思い出の奈津も、「僕」の心の中の存在なんだなぁ(しみじみ)
by 矢菱虎犇 (2011-10-13 07:11) 

かよ湖

とても切ない気持ちになりました。
ラスト3行が、より切なさを誘います。いいですね。
でも、「奈津に逢える日は、来ないのだろうか?」くらい淡い期待(救い)がほしいなぁ。
by かよ湖 (2011-10-13 23:10) 

春待ち りこ

お久しぶりです。
久しぶりに来たら。。。切なくなりました。
すっごくいいですね。。。さっすが、リンさん♪
奈津さんの消息が気になるところですね。

ベストセラーになったその本を
あるラジオ番組が紹介して
偶然、その放送を奈津さんが聴いていて
お兄さんだと気付き。。。連絡をとる
奈津さんのいる場所は、病室で。。。
角膜移植を受けた奈津さん。。。その包帯が取れる日に。。。
おにいさんが病院にやってくる
生まれて初めて見る世界。。。そこに、お兄さんの笑顔があった。。。
なぁんて。。。勝手に。。。二次創作を(笑)

楽しみました。ありがとっ♪
by 春待ち りこ (2011-10-13 23:36) 

リンさん

<川越さん>
いつもありがとうございます。
小説推理新人賞に応募されるんですね。
私は、全く考えていませんでした。80枚以内だと、50枚くらいは書かないとダメですよね。難しいな~^^

>目が見えない人も本を読んだり…そうなんですよ。そこは私も考えました。時代背景がちょっと昔なら問題ないんですけどね^^
ちょっと前のドラマで「胡桃の部屋」(NHK)というのがあって、向田邦子さんの脚本なので舞台が昭和です。
不倫相手に電話したら奥さんが出たり、今ならあまりないシチュエーションですよね。考えるてみると、時代の進化によって書きづらくなったものってありますよね。。。
by リンさん (2011-10-14 17:10) 

リンさん

<海野久実さん>
切ないですよね。
そもそも5歳の時に3か月一緒に暮らした兄のことを、妹が憶えているかどうかもわからないですものね。
主人公はそれが怖くて、妹を探さないのかもしれませんね。

切なすぎて見られないアニメって、どんだけ切ないんですか(笑)
うちの娘が「切ない切ない」と言いながら見てるアニメは、「エンジェルビート」?とかいうアニメです。
by リンさん (2011-10-14 17:16) 

リンさん

<矢菱さん>
そうですね。
自分の作り出した勝手なイメージと同じとは限りませんからね。
心の中に納めておいたほうがいいのかもしれませんね。
…そしたら小説に書くな!って言われそうですけどね(笑)
by リンさん (2011-10-14 17:21) 

リンさん

<かよ湖さん>
ありがとうございます。
ラスト3行…そうですね。会えないと決めつけない方がいいかなと、私もちょっと迷ったんですよ。
何となくごろ合わせ的に、こちらの文章にしてみました。
切なくなっちゃいましたね^^
by リンさん (2011-10-14 17:24) 

リンさん

<りこさん>
復活したんですね。よかった^^
続きを考えてくれたんですね。ありがとうございます。
しかもハッピーエンド。
これは考えつかなかった~^^
by リンさん (2011-10-14 17:26) 

川越敏司

「秒速5センチメートル」はですね、わたしのように学生時代にちっともモテなかった男にとって泣けるアニメなのです。山崎まさよしの歌が全編に流れて切なくなるのです。りんさんのような大人~な女性にとっては「なんかじれったい」とか思うかもしれないです。

最近のアニメでは、「うさぎドロップ」とか「放浪息子」とか「あの日見た花の名を僕達はまだ知らない」あたりが、りんさんにお勧めです。「四畳半神話体系」や「荒川アンダーブリッジ」など、りんさんの好きな作家原作のアニメもお勧めです。あと、「屍鬼」は別の意味で切ないです。でも、絶対見ちゃいけません。

海野さんには「Steins; Gate」と「魔法少女まどか★マギカ」をお勧めします。ぶっ飛びの時間SFであります。第2期に入った「侵略!?イカ娘」はジャック・フィニィ「盗まれた町」やハインライン「人形使い」を越える侵略SFかも?

あと、わたしの好みでは「それでも町は廻っている」「おとめ妖怪ざくろ」「Star Driver輝きのタクト」。

ちょっと書きすぎました。たぶん、このスレはこれから炎上しますよ!
by 川越敏司 (2011-10-14 18:22) 

リンさん

<川越さん>
詳しいですね。私はアニメはあまり見ないんですよ。
四畳半は見ました。面白かったです。
私は少女マンガが好きなので、「君に届け」とか、キュンキュンしながら見ました。
読むほうが好きですけどね^^
by リンさん (2011-10-15 15:07) 

川越敏司

「うさぎドロップ」とか「放浪息子」とか「おとめ妖怪ざくろ」は少女漫画ですよ!どれもとっても絵がかわいくて素敵です。

「君に届け」見始めました。王道の少女漫画ですね。
刺激を受けたので、明日の日曜ショートストーリーは、わたしも王道の少女小説でりんさんをキュンキュン言わせてみたいです(^^;
by 川越敏司 (2011-10-15 20:45) 

リンさん

<愛輝さん>
ごめんなさい。コメントの返事書いたつもりで書いてなかった^^;
ぬけててすみません(汗)

そうですね。逢わない時間が長いから、いろいろあったでしょうね。
そのへんは、ご想像におまかせします^^
by リンさん (2011-10-18 16:03) 

リンさん

<川越さん>
君に届け、見たんですか^^
胸キュンですよね。私なんて映画も見ちゃいました。(いい年して)
三浦春馬が、この上なくさわやかでした。
日曜ストーリー、このあと読みにいきますね。
by リンさん (2011-10-18 16:06) 

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