最後の晩餐 [SF]
息子の嫁が食事を運んできた。
固形フードと流動食のゼリーだ。
別に手を抜いているわけではない。みんな同じなのだ。
世界中を巻き込んだ戦争が終わると、世の中は深刻な食糧難に襲われた。
動物や植物が汚染されて絶滅したのだ。
多くの人が飢えで命を落とした。
そこで開発されたのが固形フードと流動食のゼリーだ。
1粒で満腹感が得られる固形フードと、1日分の栄養がとれるゼリー。
世界中の人が、同じものを食べている。
私はレストランでコックをしていたが、戦後職を失い息子夫婦に世話になっている。
食事を作ることも食べることも出来なくなった今は、ただ無気力な日々を送っている。
こんな物しか口にできないなんて、死んだ方がマシだ。
…とか思っていたら体調を崩して入院した。
いよいよ流動食しか食べられなくなった。
ひとりの男が病院に見舞いに来た。
レストランをやっていた頃の常連客だ。
「捜しましたよ」と男は懐かしそうな顔をした。
私は気弱になっていたので、つい愚痴をこぼした。
「あの頃はよかった。おいしい料理がたくさんあった。今じゃ全く楽しみがないよ。最後の晩餐が固形フードと流動食なんて寂しいじゃないか」
すると男は急に声をひそめ、
「美味い料理が食べられる店があるんですよ」と言った。
「何だって?そんなところあるものか。だいいち食材がないじゃないか」
「それが…あるんですよ」
男はますます声をひそめた。
「行きましょう。実はあなたを誘いに来たんですよ」
「本当なのか?」
「さあ、こっそり抜け出しましょう。朝までに帰れば大丈夫ですよ」
私は男といっしょに車に乗り込んだ。
どのくらい走っただろう。車は、やけに暗い山道を進んだ後、森に隠れた巨大なドームにたどり着いた。
「ここは?」
「私の研究所ですよ。さあどうぞ」
中は一見ただの研究所だったが、奥に進むと何やら空気が変わってくるのを感じた。
そして男が重い扉を開けた時、私は目を疑った。
そこには、広大な野菜畑が広がっていた。
果樹園がある。ニワトリがいる。巨大な水槽に魚がいる。
「どういうことだ。絶滅したはずじゃないのか?」
「クローンですよ。私が作りました」
「クローン?クローンは法律で禁止されたはずだ」
「だからこんな山奥で、隠れて作ってるんですよ」
男は私を厨房に招いた。
「さあ、材料はあります。好きな料理を作ってください」
「いいのか?」
「もちろんです」
私は久しぶりに包丁を握った。喜びに胸が震えた。
ポテトと玉ねぎのスープ・ヒラメのムニエル・チキンソテー・新鮮野菜のサラダ・アボガドとエビのオープンサンド・とろとろのオムレツ・フルーツたっぷりのパンケーキ。
そして男と私は、ゆっくりと味わいながらそれを食べた。
「ああ…なんて美味いんだ。こんな食事が食べられるなんて、もういつ死んでもいいよ」
私は本当に幸せだった。
朝が来る前に病院に戻り、そしてその朝、私は静かに息を引き取った。
まさに最後の晩餐だったのだ。
私はきっとすごく幸せな顔をしていただろう。
数日後…山奥の秘密のレストラン。
男がひとりで食事を堪能している。
「ああ美味い。やっぱり彼の料理は最高だ。生きてるうちに再会できて本当によかった」
男は満足げに厨房を覗いた。
厨房では私がせわしなく料理をしている。
いや、私ではなく、私のクローンが…。
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固形フードと流動食のゼリーだ。
別に手を抜いているわけではない。みんな同じなのだ。
世界中を巻き込んだ戦争が終わると、世の中は深刻な食糧難に襲われた。
動物や植物が汚染されて絶滅したのだ。
多くの人が飢えで命を落とした。
そこで開発されたのが固形フードと流動食のゼリーだ。
1粒で満腹感が得られる固形フードと、1日分の栄養がとれるゼリー。
世界中の人が、同じものを食べている。
私はレストランでコックをしていたが、戦後職を失い息子夫婦に世話になっている。
食事を作ることも食べることも出来なくなった今は、ただ無気力な日々を送っている。
こんな物しか口にできないなんて、死んだ方がマシだ。
…とか思っていたら体調を崩して入院した。
いよいよ流動食しか食べられなくなった。
ひとりの男が病院に見舞いに来た。
レストランをやっていた頃の常連客だ。
「捜しましたよ」と男は懐かしそうな顔をした。
私は気弱になっていたので、つい愚痴をこぼした。
「あの頃はよかった。おいしい料理がたくさんあった。今じゃ全く楽しみがないよ。最後の晩餐が固形フードと流動食なんて寂しいじゃないか」
すると男は急に声をひそめ、
「美味い料理が食べられる店があるんですよ」と言った。
「何だって?そんなところあるものか。だいいち食材がないじゃないか」
「それが…あるんですよ」
男はますます声をひそめた。
「行きましょう。実はあなたを誘いに来たんですよ」
「本当なのか?」
「さあ、こっそり抜け出しましょう。朝までに帰れば大丈夫ですよ」
私は男といっしょに車に乗り込んだ。
どのくらい走っただろう。車は、やけに暗い山道を進んだ後、森に隠れた巨大なドームにたどり着いた。
「ここは?」
「私の研究所ですよ。さあどうぞ」
中は一見ただの研究所だったが、奥に進むと何やら空気が変わってくるのを感じた。
そして男が重い扉を開けた時、私は目を疑った。
そこには、広大な野菜畑が広がっていた。
果樹園がある。ニワトリがいる。巨大な水槽に魚がいる。
「どういうことだ。絶滅したはずじゃないのか?」
「クローンですよ。私が作りました」
「クローン?クローンは法律で禁止されたはずだ」
「だからこんな山奥で、隠れて作ってるんですよ」
男は私を厨房に招いた。
「さあ、材料はあります。好きな料理を作ってください」
「いいのか?」
「もちろんです」
私は久しぶりに包丁を握った。喜びに胸が震えた。
ポテトと玉ねぎのスープ・ヒラメのムニエル・チキンソテー・新鮮野菜のサラダ・アボガドとエビのオープンサンド・とろとろのオムレツ・フルーツたっぷりのパンケーキ。
そして男と私は、ゆっくりと味わいながらそれを食べた。
「ああ…なんて美味いんだ。こんな食事が食べられるなんて、もういつ死んでもいいよ」
私は本当に幸せだった。
朝が来る前に病院に戻り、そしてその朝、私は静かに息を引き取った。
まさに最後の晩餐だったのだ。
私はきっとすごく幸せな顔をしていただろう。
数日後…山奥の秘密のレストラン。
男がひとりで食事を堪能している。
「ああ美味い。やっぱり彼の料理は最高だ。生きてるうちに再会できて本当によかった」
男は満足げに厨房を覗いた。
厨房では私がせわしなく料理をしている。
いや、私ではなく、私のクローンが…。
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2012-01-12 23:43
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コメント(15)
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すげ~!
かっちょいい傑作SFショートショート、おいしくいただきました。
この男も年老いたらクローンを作って永遠に自給自足です。
ロビンソン・クローンスルなんちって。
by 矢菱虎犇 (2012-01-13 00:57)
なんだか本当にそんな時代が来るかも!
>1日分の栄養がとれるゼリー。
あ、そう言えば入院しているときに、
看護師さんに「ゼリーなら食べられるかい?」ってなんども聞かれました。
これって、もしかして。。。???もう始まりつつあるのかも。(≧д≦)
by haru (2012-01-13 18:31)
これはとってもよいショートショートですね。
星新一さんの作品をほうふつとさせます。
ひとつ、「私」が主人公の一人称でずっと来ているのに、最後で三人称?と思ったんですよね。
でもでも、それがこの作品の凄いところ!?
「私」の死後、「私」がいない最後の場面には「私」のクローンの『私』がいるわけで、人称を超越しているというわけでしょうか?
by 海野久実 (2012-01-14 17:16)
あ、そうだそうだ。
最後の文章はこんなのはどうでしょう?
>厨房では私がせわしなく料理をしている。
>ただ、私は、私のクローンなのだが…。
人称が混乱していると思わせておいてそうではなかったと言う感じですね。
by 海野久実 (2012-01-14 17:21)
昔のSFだと、実はこの食材は人間の肉でした、ってふうがよくありましたよね。
りんさんはクローン料理人ですか。
このオチは秀逸ですよね。
SF好きだけど最近はあまりSFを読まなくなった私には、なつかしい香りもするお話でした。
by 津々井茜 (2012-01-15 10:58)
<矢菱さん>
ありがとうございます。
ロビンソン・クローンスル…またまた座布団1枚ですね(笑)
そのうち牛や豚も作って、肉屋さんも調達したいところですね。
by リンさん (2012-01-15 23:24)
<haruさん>
こんな時代が来たら嫌ですね。
だけどサプリメントで栄養取ってる人もいるから、案外アリかも。
具合が悪い時にはいいですよね、ゼリーだったら食べられますもんね。
by リンさん (2012-01-15 23:27)
<海野久実さん>
いつもするどい指摘をありがとうございます。
そうなんです。最後の私は誰なんだ?と思いますよね。
私もそこは気になったところです。
>私は、私のクローン…なるほど。その方がいいかもしれません。
さすがです。参考にしますね^^
by リンさん (2012-01-15 23:30)
<津々井茜さん>
ありがとうございます。
中学の頃、星新一が好きで読み漁っていたので、かなり影響を受けていると思います。
クローンのオチは、なかなか思いつかなかったです。
SFの知識はあまりないので、手探りな感じです^^
by リンさん (2012-01-15 23:38)
「注文の多い料理店」を思いながら読んでいたら、こんなオチとは!
食材だけでなく、シェフまでクローンなんですね。
シェフをもっともっとクローンで作っちゃえば「秘密のレストラン」がチェーン店になりそうですね。「秘密のレストラン58号店」とか。もはや秘密でなく、捕まっちゃいますね。(笑)
by かよ湖 (2012-01-16 22:42)
<かよ湖さん>
そうなんですよね。食材だけあっても作る人がいないとね^^
この中に牛や豚が含まれていないのは、精肉する人がいないからなんです。そのうち作るかもしれませんね。
チェーン店どころか、街が出来ちゃうかもしれませんね(笑)
by リンさん (2012-01-17 17:06)
今わかりました。もしかして名無しのコメントあったらそれは私です。
googlechromeを入れて、ログインせずにコメントしてしまったからです。
nice!が出来なかったのもそのためです。大変失礼しました。m(_)m
あっ、この物語もはるかに心地よく裏切られました。( ^-^)
by 九子 (2012-01-20 20:48)
<九子さん>
あ、よかった。
前の日にメンテナンス入っていたから、そのせいかなと思ってました。
問題解決でホッとしましたね^^
by リンさん (2012-01-21 10:54)
トーナメントに参加されていますね。
もちろん応援しています。
ぼくも小説のトーナメントを見つけると、旧作品ですが、なるべく参加するようにしていたんです。
でも今回は見落としていました。
by 海野久実 (2012-03-04 20:33)
<海野久実さん>
トーナメント、見つけて下さってありがとうございます。
いちおう、決勝に残っているみたいです。
よろしくお願いします^^
by リンさん (2012-03-09 22:33)