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ふたりの二十歳 [ファンタジー]


昼近くにのろのろと起き出した私に、ケンジが声をかけた。
「アユミ明日の成人式出ないの?」
「出ないよ。かったるいし」
「ふ~ん。まあ、式典はかったるいけどさ、そのあとの同窓会は楽しいぜ。おれ去年出たけど、めっちゃ面白かった。初恋の彼女と再会したりしてさ」
「へえ…」
「あ、その子とは何でもないよ。ちょっとお茶しただけ。ホントだよ」
どうでもいいよ…と私は背を向けた。

初恋の人との再会なんて、私にはありえない。
だって彼は…私が好きだった友樹は、もうこの世にいないから。
17の春に彼は交通事故で逝ってしまった。
その日私たちは並んで歩道を歩いていた。
そこに突っ込んできた車に、友樹は轢かれた。
本当なら、私が犠牲になるはずだった。彼は、私をかばって轢かれたのだ。
私はかすり傷ひとつ負わず、彼は即死だった。

思えばあれから、私の人生は狂った。
なぜ私は生きているのだろう。友樹を犠牲にしてまで生きる価値があるのだろうか。
私は大学受験に失敗して、家族とも友達ともうまくいかなくなった。
家を出て、バイト先で知り合ったケンジと何となくいっしょに暮らし始めた。
ケンジが好きなのかどうかさえ、今の私にはどうでもいいことだった。

**
「友樹、明日の成人式出ないの?」
恵子が僕の背中に話しかけた。
「行かないよ。どうせ行ってもつまらないし」
「そう?楽しいわよ。地元の友達にも会えるし」
「会いたい人なんていないよ」

そうだ。僕がいちばん会いたい人は、もうこの世にいない。
大好きだったアユミは、17の春に交通事故で逝ってしまった。
その日僕たちは並んで歩道を歩いていた。
そこに突っ込んできた車に、アユミは轢かれた。
咄嗟のことで彼女をかばうことが出来なかった。
僕の目の前で、アユミは死んだのだ。

思えばあれから僕の人生が狂った。
アユミを救えなかった僕に、生きる価値があるのだろうか。
僕が代わりに死ねばよかった。
僕は無気力に生きている。高校もやめてしまった。
バイト先で知り合った3つ年上の恵子と、何となく付き合い始めた。
恵子が好きなのかどうかさえ、今の僕にはどうでもいいことだった。

***
今日は友樹の月命日だから、花を持ってあの歩道を訪れた。
ピンクのスイートピーを捧げて手を合わせる。
「友樹、私、生きててごめんね」
涙がひと粒流れた時、私はふと友樹の声を聞いた。
『アユミ、俺、生きててごめん』
え…?

****
今日はアユミの月命日だから、花を持ってあの歩道を訪れた。
白いスイートピーを捧げて手を合わせる。
「アユミ、俺、生きててごめん」
涙がひと粒流れた時、僕はふとアユミの声を聞いた。
『友樹、私、生きててごめんね』
え…?

「…友樹?」「…アユミ?」
「生きてるの?」「生きてるのか?」
あの事故を境に、2つの世界が出来たことを、ふたりは知った。
友樹が死んでアユミが生きている世界。
アユミが死んで友樹が生きている世界。
時空を隔てたふたりが、同じ時間、同じ場所で束の間の再会を果たした。

「よかった。友樹、そっちで生きてるのね」
「よかった。アユミも、そっちで生きてるんだね」

*****
私は、翌日成人式に行った。
もちろん友樹はいないけれど、きっと別の世界で彼も、成人式に出席しているはずだ。
私は、前向きに生きることを決めた。
ケンジと別れて家に戻って、失くした時間を取り戻そう。

******
僕は、翌日成人式に行った。
もちろんアユミはいないけれど、きっと別の世界で彼女も、成人式に出席しているはずだ。
僕は、前向きに生きることを決めた。
恵子のことも、ちゃんと考えてみようと思う。

ふたりは同じ日、同じ場所で、同じように空を仰いだ。

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矢菱虎犇

こんなコンパクトな文章でこんなにドラマチックなパラレルワールドが作れるなんて、やっぱスゴイっすね、りんさん。
それにしても成人式。
うちの地元じゃ貸衣装屋さんが式の会場のすぐ側にあって、着物を着て式に出て着替えるまでアッという間で、家族と一緒に写真さえろくに撮れないんですよ。
そーゆー時代なのかなぁ。
by 矢菱虎犇 (2012-01-11 01:42) 

ケリー

いつも素敵なお話をありがとう!!
読み逃げばかりしますが今年もよろしくね!(^^)!
by ケリー (2012-01-12 10:05) 

haru

二つの別々の世界パラレルワールドが交わった瞬間ですね。
こんな風に時々、実際に交わっていたりして。
ただ、気が付かずにいるだけで。。。
なあ~んて思っちゃいました。(笑)
互いに相手が死んだと思っている。もしかして、私の友人も
私が死んだと思って生きていたりして。(*^ー゚)bグッジョブ!!
by haru (2012-01-12 10:23) 

海野久実

おひさしぶりです。
年に何回か、失速する僕と比べて、コンスタントにレベルの高い作品を書いてらっしゃるりんさんに脱帽。

この作品はぼくの魂に響いたようです。
時々こういう作品にめぐり合います。
こういうというのは、読んでいる時に背中から頭のてっぺんまで、何かがゾワゾワゾワ~っと駆け上がるんです。
物語がその真相を明らかにして行く途中に感じる事が多いですね。
頭ではまだ物語の真相を理解していないのに、感情が先に理解してしまっていると言うような状態の時なんでしょうか。
これを感じる事はプロの作品でも、めったにないですね。
このストーリーはとてもいいです。

ただ、二つの世界を交互に描写する所が、ちょっと機械的にきっちりしすぎたかもしれませんね。
by 海野久実 (2012-01-12 22:01) 

リンさん

<矢菱さん>
ありがとうございます♪

今どきの成人式って忙しいんですね。
家族写真くらいは取りたいですよねえ。
こちらは田舎なので、着物は自前の人が多いみたいです。
うちの娘は4年後ですが、私のお古でも着せようかなと思ってます^^
by リンさん (2012-01-12 23:57) 

リンさん

<ケリーさん>
いつもありがとうございます。
今年もよろしくお願いしますね^^
by リンさん (2012-01-12 23:59) 

リンさん

<haruさん>
何かの拍子に世界がふたつに分かれる事ってあるのでしょうかね?
あったら素敵だなと思います。
亡くなった人も、どこかで生きていると思うといいですね。
by リンさん (2012-01-13 00:04) 

リンさん

<海野久実さん>
ありがとうございます。
これは、なかなかまとまらなくて割と苦労しました。
最初はアユミが別世界に迷い込み、友樹と再会するように書きましたが、上手くいかず、この形にしました。

機械的…確かにおっしゃる通りです。淡々と描きすぎたかなと、読み返して思いました。
by リンさん (2012-01-13 00:09) 

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