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あの日の海 [短編]

サトウだと、すぐにわかった。
わかったけど、驚いた。

私が働くファミリーレストランに、サトウは家族とやってきた。
優しそうな奥さん、可愛い3歳くらいの女の子。
幸せそうに笑うサトウに、私は驚いた。

女の子はお子様ランチを注文し、奥さんはキノコのパスタ、サトウはカットステーキのセットを頼んだ。
サトウは私をチラリと見たが、気づかない様子でメニューを返した。
お料理を運んだ時も会計表を置いた時も、サトウは幸せそうに笑っていた。

17の夏、私はサトウを傷つけた。
傷つけたどころではない。
私はサトウを、殺そうとした。

その夏、私は死にたくて仕方がなかった。
受験を失敗して行った高校に居場所はなく、家族ともうまくいってなかった。
同じように、いつもひとりでいたサトウを、私は誘った。
「いっしょに死なない?」

誰でもよかったのだ。
ひとりで死ぬのが嫌だっただけだ。
サトウはクラスメイトからいじめを受けていたし、いつも暗い顔をしていたし、彼なら「いいよ」と言ってくれると思った。

案の定、サトウは「いいよ」と言った。
それから私たちは、死ぬ方法を考えた。
恋人同士のように毎日電話をして、「薬はどうだ」とか、「飛び降りはやめようね」とか、そんな話をした。

結局、海を選んだ。
夜の海に、ふたりで入った。
サトウは、ざぶざぶと迷うことなく進んで行った。
夜の海は真っ暗で、沖に行くほど波が高くなり、私は急に怖くなった。
顔に海水がかかった時、目が覚めたように叫んだ。
「サトウ、やめよう!やっぱやめよう!!」

サトウは、振り向きもせずに進んで行った。
「サトウ!戻って!」
力のかぎり呼んだが、サトウは戻らなかった。

私は浜へ引き返し、助けを求めた。
結局サトウは、釣り船に助けられて一命を取り止めた。
その後、自殺を持ちかけたのはサトウで、私は被害者みたいな話になった。
私は否定をしなかった。サトウを悪者にして逃げた。

サトウはその後学校をやめて、それっきり会うことはなかった。
卑劣でずるいと自分を責めながら、私は普通に生きてきた。
だから幸せそうなサトウを見て、ホッとしたような、裏切られたような不思議な気がした。

サトウは帰るとき、奥さんに車のキーを渡して私の方へ戻ってきた。
「シノハラさん…だよね」
サトウは、気づいていた。それはそうだ。忘れるわけがない。
サトウの笑顔が消えて、罵る言葉を私は待った。
だけど、サトウは優しく言った。

「よかった。シノハラさんが生きてて」
「え?」
「それだけ伝えたかったんだ。僕はあの時死ななくてホントによかったと思ってる。君もそうだといいなと思ってたんだ」
サトウが一瞬泣きそうな顔をしたから、胸が痛んだ。

「あいかわらず、バカみたいにお人よしなのね」
声がうわずった。
「うん。妻にもよく言われる」

サトウの笑顔は、私を救った。
私の心は、ずっと暗い海を漂っていた。後悔と懺悔の中でサトウの後姿に叫んでいた。

やっと前に進める。
「サトウも、生きててよかった」
私は心から、そう思えた。

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コメント 14

矢菱虎犇

やっぱいいっすねぇ、りんさんの降り幅の大きさ。
by 矢菱虎犇 (2012-02-10 04:02) 

春待ち りこ

今回は考えさせられる作品でしたね。
人生を捨ててもいいと思っていたのに
生きるとなれば、自分を守ってしまう。
それって、いかにも人間っぽいんだけど
わだかまっている気持ちは。。。重たいでしょうね。
思い出すたびに背負った荷物の重さを感じていたことと思います。
幸せでいるってわかってよかったですね。
サトウ。。。くん。。。
みんなみんな。。。生きてて良かった。

素敵なお話でした。
楽しみました。ありがとっ♪
by 春待ち りこ (2012-02-10 07:04) 

津々井

このストーリィの中では「お人よし」って素敵な言葉だと思えました。

哀しそうなお話なのかなと思っていたら、ラストでほんわかさせてもらって、あったかな気持ちになりました。

by 津々井 (2012-02-10 12:27) 

海野久実

短く、さらりと感動させてくれますねー

僕がこういうお話を思いついたら、絶対読む人を泣かせてやるんだと、張り切ってどんどん言葉を費やしますね(笑)
りんさんには、その気負いがないので、素直に感動できるのかもしれません。

by 海野久実 (2012-02-10 20:28) 

クローヴ

多くの人が後悔と懺悔の気持ちを抱きながら生きているのかな?
なーんて、ちょっと思いました。
じーんと来ました。
by クローヴ (2012-02-11 16:05) 

もぐら

たくさんの人が持っている「闇」の思い出ですね。
顔を上げて生きていけるかもしれない瞬間を切り取ったお話だと・・・。
でも・・・。ごめんなさい。
私には重いお話でした。



by もぐら (2012-02-11 23:51) 

リンさん

<矢菱さん>
へへ^^ いろいろなジャンルに挑戦しています。
最初はコメディだけのつもりで始めたんですけどね。
by リンさん (2012-02-11 23:55) 

リンさん

<りこさん>
ありがとうございます。
一時的な感情で、死にたくなっちゃうこともあるかもしれないけど、生きててよかったって思える時がきっと来るだろうなと思います。
ホント…生きててよかったですよね^^
by リンさん (2012-02-11 23:59) 

リンさん

<津々井茜さん>
確かに、彼は素敵な「お人よし」ですね。
憎まれ口を言っているようだけど、精いっぱいの言葉だったのでしょうね。
いつもありがとうございます^^
by リンさん (2012-02-12 00:06) 

リンさん

<海野久実さん>
ありがとうございます。
感動してもらえたなんて嬉しいです。
ふたりの会話をなるべく短くして、重くならないようにしました。
by リンさん (2012-02-12 00:14) 

リンさん

<クローヴさん>
ありがとうございます。
嫌なことは忘れてしまうけど、ずっと引きずってしまうことってありますよね。
みんな幸せになれるといいですね^^
by リンさん (2012-02-12 00:19) 

リンさん

<もぐらさん>
重い話は、あまりブログ向きではないかな…と思いながら、時々書きたくなってしまいます。
主人公の足かせが取れて、前向きになることを望みます^^
コメントありがとう。次は笑える話です^^
by リンさん (2012-02-12 00:25) 

かよ湖

いいですね。
うまく感想が書けませんが、いい作品だと思います。とても自然体なところが、また、いいのかも。
by かよ湖 (2012-02-12 20:34) 

リンさん

<かよ湖さん>
ありがとうございます。
そうですね。あまり感情を入れると暗くなるので、さらっと綴ったつもりです。それで伝わってくれたら、すごく嬉しいと思います。
by リンさん (2012-02-13 19:46) 

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