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メアリーの失敗 [短編]

メアリーは、白いドレスばかり着ていました。
きれい好きのママが、躾のために着せたのです。
白いドレスを少しでも汚したら、ママに叱られます。
だからメアリーは、とても気をつけてドレスを汚さないように、失敗しないように暮らしたのです。

7歳ごろまでは、スープをこぼしてしまったりケチャップを付けてしまったり、失敗だらけでしたが、10歳を過ぎたころから失敗しなくなりました。
メアリーも、ママに負けないくらいのきれい好きになったのです。
汚い物には触らない、近寄らない、いつも静かに大人しく本を読んで過ごしました。

メアリーは、庭師の息子ジェイクが好きでした。
元気で明るくて、見ているだけでうっとりする素敵な男の子でした。
だけど、いっしょに遊ぶことはありません。
だってジェイクは、いつも泥だらけの靴で、服も顔も真っ黒で、いっしょにいると絶対汚れてしまうからです。

「何読んでるの?」
専用のベンチで本を読んでいたメアリーに、ジェイクが話しかけました。
「…シェークスピア…」
「へえ」とジェイクは本を取り上げて「どれどれ」とわかったふりで読みはじめました。
ジェイクの手は汚れていて、ズボンには芝が付いていました。
メアリーの本も、ジェイクの手で黒い指紋が付きました。
「その本あげる」
「え?なんで?いらないよ」
「だって、もう汚れちゃったもん」
ジェイクはとても哀しい顔で、本を足元に叩き落としました。「いらねーよ」
土埃に、メアリーは顔をそむけました。ジェイクはそれからメアリーに話しかけなくなったのです。

メアリーは15歳になりました。
折り目がきちんとついた制服を着て、毎日真っ白なブラウスで学校へ行きます。
学校へは、ピカピカの車で行きます。
運転手は、メアリーが座るシートをいつも念入りに掃除します。
糸くずひとつも見逃しません。運転手は、メアリーをとても大切に思っていました。

学校でも静かに過ごします。友達はいません。
おしゃべりしながらのランチや、芝生でのおしゃべり、なぜ自分は出来ないのか…。
メアリーは、少しずつ違和感を感じるようになっていました。

ある日、学校が終わっても、運転手が迎えに来ません。
「おかしいわ。何かあったのかしら」
メアリーが不安に思っていると、近くで事故があったようだと、通りすがりの人が言いました。

メアリーが行ってみると、カーブを曲がり損ねた車が、壁に激突していました。
「まあ、大変!」
「ああ…、お嬢さん、すみません…、風邪薬を飲んだせいで、頭がぼんやりして…」
「いいの。しゃべらないで。今、傷の手当てをするわ」
運転手の腕からは血が流れています。
メアリーは白いハンカチを取り出して、運転手に近づこうとしましたが、その時、ふと思ってしまったのです。
「ハンカチが汚れる」
そう思った途端、足が動かなくなりました。真っ白なハンカチがどす黒く汚れるところを想像してしまったのです。

1台のバイクが、メアリーの横に止まりました。
降りて来たのは、たまたま通りかかったジェイクでした。
彼は、父親の手伝いをしながら学校へ通っています。
バイクを降りたジェイクは「どけ!」とメアリーを押しのけて、運転手に駆け寄りました。
そして自分のシャツの袖を引きちぎって、運転手の腕に巻きました。
「すぐに救急車が来ますからね」と優しく言ったジェイクの笑顔は昔のままです。

メアリーは、ジェイクに押された腕をさすりました。
そこは、油のような茶色のシミになっていました。
だけど、メアリーは少しも嫌ではなかったのです。

メアリーは、運転手に駆け寄って、白いハンカチで運転手の顔を拭きました。
赤い血が、汗が、白いハンカチを汚しました。
コンクリートの白い粉が、紺のスカートにパラパラと落ち、裾にはガラスの破片や砂利が付きました。
メアリーは、それでもかまわず運転手の顔を拭きました。
「おじょうさん、大丈夫ですよ」と運転手が言っても、メアリーはやめませんでした。

救急車が来て、運転手を搬送したあと、ジェイクが振り向いて言いました。
「ひでえ顔」
メアリーは、汗と涙でぐちゃぐちゃの顔をしていました。

「送って行こうか?」とジェイクはバイクを指さしました。
バイクは古くて汚かったけど、メアリーは頷きました。
メアリーは、初めてバイクに乗りました。
汗と埃で汚れたジェイクの背中に、しっかりとしがみついて、風の街を走りました。
ママに叱られるかな…叱られてもいいわ…
久しぶりの失敗は、メアリーをなんだか楽しくさせていました。

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海野久実

なんか、短編を一本読んだようなボリュームがあります。
すっきり短く内容のあるショートストーリーですね。

気になるのはこの後のメアリーのお母さんの反応です。
服を汚した事を怒って、メアリーをお仕置きなんて言う事なら最低のお母さんですよね。
でもそんな想像はしませんでした。
お母さんはちゃんとメアリーの事を思ってしつけをしたんだと思いますね。
お母さんもこれまでの人生の経験で、ずっと綺麗なままでは生きていられないんだと言う事を学んでいるはずですから。
メアリーがそれを身をもって学んだと言う事をきっと喜ぶと思います。

あ、最初の方にちゃんと>躾のため と書いてありましたね(笑)
初めは異常に厳しい、理不尽なしつけをするお母さんを想像していたのですが、最後まで読むと厳しいけれど素敵なお母さんのような気がして来ました。
by 海野久実 (2012-02-16 00:45) 

かよ湖

素敵な失敗ですね。
沢山の失敗たちが、きっとメアリーにとって素敵な思い出となるのでしょう。

こんな失敗を思いつくリンさんも素敵です!
by かよ湖 (2012-02-16 00:46) 

矢菱虎犇

中身の重さをドレスとハンカチに集約して、童話っぽい簡潔な文章で語っちゃうセンスがステキだなぁ。
服が汚れたりほころびたり、お皿が割れたりかけたり、そういう失敗がいつまでも尾を引くボクとしては、とても共感できるお話でした。・・・そこ?
by 矢菱虎犇 (2012-02-16 01:56) 

雫石鉄也

メアリーとジェイクのその後が気になります。
ぜひ、続編を。
できれば、まとまった物語にすれば、児童文学の名作になるような作品です。
by 雫石鉄也 (2012-02-16 09:54) 

春待ち りこ

なぜなんでしょう。。。
感動して、ウルウルきてしまいました。
リンさん、これ、いいですよぉ~。凄ぃょ!o(≧∀≦)o
メアリーが人として
何が一番大切なのかを
自分自身で学び取っていくまでの
エピソードもわかりやすくて無理なく
しっかり心に入り込んできます。
人を想う気持ちは。。。
小さい頃から植え付けられた価値観さえも変えてゆく。
それは、優しさであったり。。。
愛情であったり。。。
将来、困らないように
しっかり躾でくれたおかあさんも凄いと思います。
たしかに躾も大切ですから。
でも、人の心はそれだけではだめ。。。
いろんな感情のバランスが大切なんですよね。
このおかあさん。。。こういう場合は
怒らないような気がするんですけど。。。
あっ。。。また、妄想がぁ~(汗)

私も続編。。。読みたいなぁ。。。
とちょっとおねだりしたりして。( *´pq`)クスッ

楽しみました。ありがとっ♪
by 春待ち りこ (2012-02-16 10:45) 

haru

白いドレスってステキ!と思っちゃいましたが、苦労はあるものですね。
私もドレスではないけど白い服大好き!
でも、でも、すぐお醤油とかつけてシミになっちゃう。。。( ̄ヘ ̄)ダミダコリャ…
というお話ではなかったですね。ごめんなさいです。
by haru (2012-02-17 09:27) 

リンさん

<海野久実さん>
ありがとうございます。

そうですね。母親が怒るかどうか…
母親は登場しないから、想像するしかないですね。
一瞬叱るものの、事情を聞いて娘を抱きしめる…というのが、いいかもしれませんね。
行儀よく躾けるのは難しいですね。
このくらいやれば、うちの娘もきれい好きになったかな(笑)
by リンさん (2012-02-18 12:56) 

リンさん

<かよ湖さん>
>ステキな失敗…
失敗という名の成功かもしれませんね。
これから、新しい世界が開けるかもしれませんからね。^^
by リンさん (2012-02-18 12:59) 

リンさん

<矢菱さん>
白いドレスとふわふわした髪の女の子が浮かんできて、ふと、メアリーという名前も浮かんだんですよ。

ところで服やお皿って、気に入ったものほど汚れたり割れたりしますよね。
by リンさん (2012-02-18 13:06) 

リンさん

<雫石鉄也さん>
ありがとうございます。
続編ですか(^^;)
書けるかな…もう少し長いものも書いてみたいと思っていました。
頑張ってみます。
by リンさん (2012-02-18 13:10) 

リンさん

<りこさん>
ありがとうございます。
そんなに褒めると木に登りますよ(笑)

子供って、いろんなものを触って汚して成長しますよね。
だからこの子の場合は、ちょっと人間的に欠けた部分があったんでしょうね。
15歳から、新しい世界が広がればいいですね。
by リンさん (2012-02-18 13:17) 

リンさん

<haruさん>
私は極力白い服は選ばないようにしてますよ。
すぐ汚れちゃうもんね^^
私も誰かに躾けてもらおうかな(笑)
by リンさん (2012-02-18 13:20) 

もぐら

躾や人としての感情、子供に言葉で教えるのは難しいことが
すんなり心に伝わりますね。
りんさん すごいなぁ。


by もぐら (2012-02-19 12:41) 

リンさん

<もぐらさん>
ありがとうございます。
躾けによって人格って変わりますから重要だと思います。
でも、あんまりきれい好きなのは、どうかと思っちゃいますね^^
by リンさん (2012-02-21 22:50) 

津々井茜

みなさんもおっしゃっている通り、すごーく素敵なお話ですね。
メアリーはやっぱり失敗はしなかった、よりも、失敗しちゃったほうがずーっとよくて。

私もショートストーリィを書いているのですけど、りんさんのように上手には書けません。
いつか、コツを教えて下さいませ。
by 津々井茜 (2012-03-07 14:40) 

リンさん

<あかねさん>
いつもありがとうございます。

私は逆に長編が書けないんですよ。
ブログで書くショートは、なるべくわかりやすくをモットーにしています。
…というか、私の場合は、難しいことが書けないんです(笑)
あとは、どの年代の人にも、楽しんでもらえることを心掛けています。
by リンさん (2012-03-08 18:07) 

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