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不思議の国のリカ [公募]

「雹(ひょう)だ」
リカが突然叫んで、僕の話をさえぎった。
「雨冠に包むで、ひょう。やっと思い出した。スッキリした~」
「クイズか何か?」
「ううん、違うの。突然漢字が浮かんだけど、読み方わからなくて、ずっと考えてたの」
「ふうん」と僕は、そっけない返事をした。そんなくだらない会話を弾ませる必要はなかった。なぜなら僕は今、彼女に別れ話をするところだ。

夕暮れの公園。今日が最後と決めたドライブの後、ここに車を停めた。もちろんリカの家まで送り届けるつもりだが、彼女が怒って車を降りても、歩いて帰れる距離を選んだ。

パラっと何かがフロントガラスに当たった。それは小さな氷の塊で、見る見るうちに公園中を攻撃した。大きな音が車の中に響き渡った。
雹が降ってきたのだ。
「雹の話をしたらホントに降ってきたわ」
リカが嬉しそうに言った。
「ねえ、降りてみようかな」
「…なんで?」
「当たったら痛いかどうか確かめるの」
「そりゃあ、痛いだろ」
リカは助手席のドアを開けて外に出ると、ひゃ~とひとしきりはしゃいで戻ってきた。
「思ったほど痛くないよ。いい感じの刺激だわ。準ちゃんもやったら」
僕は「いい」と小さく首を振った。

僕がついていけないのは、リカのこういうところだ。不思議ちゃんなんて言い方はしたくないけど、変わった女であることは間違いない。アニメの話をハイテンションで話す時は、宇宙の言葉を使っているのかと思うほど意味不明だし、気に入ったCMソングはところ構わず歌う。
明るいところは好きだけど、時々無性に逃げたくなるのだ。
 「ねえ、準ちゃん。今日のドライブ楽しかったね。うどんも美味しかったし」
リカは無防備にシートに体を預けている。
「そういえば準ちゃんのうどんに、また虫が入っていたね。準ちゃんってさ、間が悪いっていうか、運が悪いよね。ほらあのラーメン屋に並んだ時も、準ちゃんの前で売り切れになったでしょう」
「俺の前はリカだった」
「そうそう。あたしひとりでラーメン食べたんだよね。なんかちょっと気まずかったなあ」
僕は特別運が悪いわけではない。君といるときだけ調子が狂うんだ…と言いたかった。だいたい、平気で自分だけラーメンを食べる感覚は理解不能だ。

雹がやんだら言おう。夜が来る前に言おう。泣くか、それとも平気な顔で頷くか、彼女の場合見当もつかない。
「ねえ、ドライブ楽しかったのはわかるけど、どうしてここで停まっているの?何か話があるの?あっ、キャンデイ食べる?焼肉味なの」
そう言ってリカが掌に乗せてくれたキャンディは、驚くほど不味かった。
「うひゃひゃ」と笑ってリカはコーラを差し出した。「これを一緒に飲むとイケるよ」
素直に飲むと、さらに不気味な味が広がった。
「ね、美味しいでしょ。あ、この中に雹を入れてみようか。面白いかも」
よくそんなことを思いつくなと感心する。そして、そんなどうでもいいことが彼女のすべてだ。

音が小さくなってきた。雹がやみそうだ。
そろそろ言おうと思って、言葉を探した。
「ねえリカ」
「ん?もう1個食べる?餃子味にする?」
「いや、いい」
うつむいた僕の手を、リカがそっと握った。
「準ちゃん、もしかして帰りたくないの?どっか行く?」
リカの手は、暖かくて柔らかい。
「あたし、7時までに帰りたいって言ったけど、大丈夫だよ。見たいテレビ録画してきたから。あのね、うちのテレビW録画が出来るんだよ」
リカの優しい手が決心を鈍らせる。だけど決めたんだ。今日こそ言おうと。

雹はすっかりやんだ。さっきの音が嘘みたいな静けさだ。
君にはもっとふさわしい人がいる。僕たちは合わない。君といると僕は無理をしてしまう。疲れてしまうんだ。
用意した言葉を口にしようとした時、リカが突然頭に手を当てた。
「あああ~、なんだっけ」
「は?急にどうした?」
「なんかね、急に頭に漢字が浮かんできたの。何だっけなあ、あの字…」
そしてリカは、笑顔で手をパチンと叩いた。
「思い出した」
「何?」
「霙(みぞれ)だ」

******

公募ガイド「小説虎の穴」で佳作をいただきました。
テーマは、「最後の一行が最初の一行に繋がっていく話」です。
テーマが難しくて不調だったと選評に書いてありました。
たしかに難しかった。でも、佳作もらえて良かったです。
この作品は公募ガイドのブログでも読めます。

http://seisaku.cocolog-nifty.com/blog/
良かったら見てね^^


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コメント 18

浅葱

おおっ、凄いですね。
おめでとうございます。
by 浅葱 (2012-08-11 00:36) 

あきば

おめでとうございます♪
雹とか霙とか難しいです、、雷なら読めるのですが^^;
by あきば (2012-08-11 09:18) 

haru

わあー!凄いやりましたね、りんさん。おめでとう
パチパチ拍手(・・||||r
「小説虎の穴」佳作作品でもみせてもらいました。
りんさんのが一番先に載ってました。なんだか嬉しい(^^♪
by haru (2012-08-11 18:36) 

dan

おめでとうございます。
佳作作品他のも読ませて頂きましたが、リンさんのが
一番よかったと思います。雨冠の漢字が効いていますね。
by dan (2012-08-11 21:44) 

ヴァッキーノ

小説虎の穴!
タイガーマスクみたいに凄まじい特訓の場っぽくて
こわいですねえ。
佳作!!!
おめでとうございます!
まずは、佳作ですよね。
そっからの・・・。
そんなわけで、バンザーイ!
by ヴァッキーノ (2012-08-12 19:30) 

矢菱虎犇

こういうお話を読ませていただくと、なんか嬉しくって、りんさんと知り合いなのを自慢したくなっちゃいます。まあつまり、すげ~よかったです。
別れ話を切り出そうと逡巡するのを、そのまんまお話の繰り返しにもってきたアイディアもいい!盛り込まれた焼肉味のキャンディとかの小ネタのジャブも効きまくってるし。
僕ならこれ、金メダル、決定。
by 矢菱虎犇 (2012-08-12 21:49) 

かよ湖

さすが!リンさん!おめでとうございます。
課題を見て、「抜けだせない」感の迷宮的なお話が多いのかな?と思っていたのですが、私の発想を裏切ってくれた素晴らしい作品だと思います。
リカちゃんの天然な明るさ、且つ、さりげない漢字のお勉強がイイですね。
by かよ湖 (2012-08-14 00:43) 

こっちゃん

りんさんおめでとうございます。(*^。^*)
この話読みいっちゃいましたよ。
ほんと自分とおんなじ(笑)
腐れ縁・・・
by こっちゃん (2012-08-14 10:54) 

リンさん

<浅葱さん>
ありがとうございます。
本当は最優秀賞を目指しているんですが、なかなか厳しいです^^
by リンさん (2012-08-14 18:30) 

リンさん

<あきばさん>
ありがとうございます。
この話を書いた直後に、本当に雹が降ってきたりしてビックリしました。
それから竜巻があったりして、今年の天気は複雑です。
by リンさん (2012-08-14 18:34) 

リンさん

<haruさん>
ありがとうございます。
公募ガイドで佳作や賞をもらうのは、7回目くらいなんです。
haruさんも挑戦してみませんか?
by リンさん (2012-08-14 18:36) 

リンさん

<danさん>
ありがとうございます。
褒めてもらえて嬉しいです。
励みになります。次は最優秀賞目指して頑張ります。
by リンさん (2012-08-14 18:37) 

リンさん

<ヴァッキーノさん>
ありがとうございます。
そうです。虎の穴だけに、厳しい修行です。
ヴァッキーノさんも出してみてください。
今募集しているテーマは「背筋も凍る怪談」と「日常ミステリー」です。
最優秀は3万円もらえます。
by リンさん (2012-08-14 18:40) 

リンさん

<矢菱さん>
ありがとうございます。
テーマを与えられる方が書きやすかったりするんですよね。
これも一種の競作ですよね。
矢菱さんもぜひ、参加しましょうよ。
by リンさん (2012-08-14 18:41) 

リンさん

<かよ湖さん>
ありがとうございます。
このテーマは難しかったですね。
リカちゃんのキャラは私も好きです。
だけど一緒にいたら疲れるだろうな~と、そんなイメージです。
この彼は、このまま別れを言えずに終わるんだろうな~と想像していただけると大成功です^^
by リンさん (2012-08-14 18:45) 

リンさん

<こっちゃんさん>
ありがとうございます。
ええ~^^こっちゃんさんも、こういった経験が…(笑)
タイミングが合わない時ってありますね^^
by リンさん (2012-08-14 18:47) 

九子

おめでとうございます!凄いですね!
女の子がとっても魅力的です。
男の子を振り回すタイプですね。( ^-^)
by 九子 (2012-08-14 20:28) 

リンさん

<九子さん>
ありがとうございます。
こういう女の子って、いそうですよね。
私はけっこう好きです。不思議ちゃん^^
by リンさん (2012-08-17 09:23) 

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