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失恋特効薬 [男と女ストーリー]

とてもひどい失恋をした。
辛く辛くて泣いてばかりの毎日。
どうにかなりそうだった。心が壊れそうだ。
そんな時、ネットで見つけた『失恋特効薬』の文字。
私は、すがる思いでその病院を訪れた。

「お薬には種類がございます。じっくり効いて行くもの、すぐに効くもの…」
事務的な女医の説明をさえぎって、
「すぐ効くものをお願いします」と言った。
「失恋特効薬ですね。この薬は強力なので、彼の存在そのものを記憶から消してしまいます。よい思い出も消えてしまいますが、それでもよろしいですか?」
「はい。もう顔を見るのも嫌なんです。彼の記憶のすべてを消してください」

同意書にサインをすると、薄暗い部屋に案内された。
薬が投与されると、すぐに意識が遠のいた。
目が覚めた時には、すっかり治療が終わっていた。

「お疲れ様でした。薬の効き目を確認いたします」
女医がモニターに写真を映し出した。男の写真だ。
「この人、知っていますか?」
「いいえ。知りません」
「ではこれは?」
続いてツーショット写真。ひとりは私で、ひとりはさっきの男だ。
「知りません。どうして一緒に写っているのかしら」
女医がモニターをパタンと閉めた。
「治療は成功です」

「あの、ところで私、何の治療をしたんでしょうか?」
「ご安心ください。前に進むための治療です。あなたが望んだことです。何の治療をしたか忘れてしまうほど、あなたは立ち直りました」
よくわからなかったけど、確かにスッキリして前に進めそうな気がする。
きっと何か嫌なことがあって、私はあの女医にすがったのだろう。

病院を出て歩きながら、ふと思った。
あの男は誰だったのだろう。
不思議だ。昨夜食べた食事のメニューも憶えているし、来週の仕事のスケジュールも憶えている。母から頼まれた買い物も忘れていない。
それなのに、なぜあの男のことだけわからないのだろう。

麻衣子に聞いてみよう。
麻衣子は私の親友だ。何でも話せる仲だ。
麻衣子ならきっと何か教えてくれるだろう。
私は、麻衣子のアパートを訪ねた。

麻衣子は私を見るなり、迷惑そうな顔をした。
玄関に男物の靴。どうやら、彼氏が来ているようだ。
「麻衣子、彼氏出来たの?」
私が聞くと、麻衣子はたちまち不機嫌になり、
「何ふざけてるのよ。いい加減にして!話すことはもうないわ」
と泣き出した。
すると奥から「どうした?」と男が出てきた。
あっと思った。あの写真の男だった。そうか。麻衣子の彼氏だったのか。

「もう帰ってよ。あたしたち、結婚するんだから!」
そう言って麻衣子は泣き崩れた。
「へえ、麻衣子結婚するんだ。おめでとう」
私は心から祝福する気持ちで言ったのに、麻衣子はますます泣いた。
男が支えるように麻衣子を抱きかかえ「帰ってくれ」と冷たく言った。

修羅場?きっと、取り込み中だったのだ。
麻衣子は結婚するつもりでも、男の方は別れたいのかもしれない。
麻衣子…可哀そうに。
失恋したら私が慰めてあげよう。
麻衣子…本当に可哀想。
失恋に効く薬があったら、どんなにかいいだろう。

シツレン.png

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矢菱虎犇

プロットがしっかりしてて、同時にせつないお話ですね。
元彼のことを忘れちゃうついでに失恋特効薬の存在も忘れちゃうわけだ。
そりゃそうか、失恋したこと自体がなかったことなんですもんね。
失恋を忘れる薬・・・
仕事のトラブルを忘れる薬・・・
家庭の問題を忘れる薬・・・
いろんな薬で楽になるたびに、見も知らぬ薬局の請求書ばかりが貯まっていく・・・それがいちばん忘れてしまいたいことになっちゃうかも~!
by 矢菱虎犇 (2013-02-27 06:04) 

海野久実

治療法に問題がありますね。
治療したこと自体忘れちゃうとまた同じ男に恋しちゃったり、このお話のようになったり、いろいろ不都合が起きそう。
まあ、まだ完全な治療法ではないと言う事ですね。
心の問題は難しい。
失恋した事も覚えているけれど、いい思い出になって辛くもなくなる、そんな都合のいい薬…
それではお話になりません。
by 海野久実 (2013-02-27 10:25) 

雫石鉄也

この話、この後も二転三転ありそうですね。
主人公、麻衣子、男、3人の登場人物で、ようするに男は、麻衣子と主人公の二又をかけてたわけですね。
麻衣子は男と結婚するつもりだった。ところが、男は麻衣子以外の女と結婚するつもりで、麻衣子に別れ話を持ち出した。で、主人公が訪れた時、修羅場を演じていたわけですね。
男は本当はだれが好きなんでしょう。主人公が失恋したわけですから、男は主人公とは別れたわけです。となると、ここに第4の登場人物、第3の女が物語りの背後に隠れていたわけですね。と、なると、男は二又どころか三叉をかけてたわけです。私の若い頃のSFの友人にオロチくんという男がおりました。この男二又や三叉ではなく八又だ、ヤマタノオロチだ。というわけです。これに近い男ですね。
で、主人公は麻衣子を信頼して相談に行ったのですから、男と麻衣子の仲は知らなかったわけです。主人公は男を完全に忘れたのですから、リセットされて、ここで男と「初対面」となるのです。あらためて「ひとめぼれ」の可能性もあるわけです。これに第3の女がからんでくる。もう、面白い恋愛小説ができそうです。りんさん書いてくれないかな。
by 雫石鉄也 (2013-02-28 14:02) 

リンさん

<矢菱さん>
存在を忘れるのもいいけど、こんな副作用があったんですね。
嫌なことがあるたびに、薬に頼ったら楽だけど成長しませんね。
やっぱり一番の薬は「時間」かな^^
by リンさん (2013-03-01 06:10) 

リンさん

<海野久実さん>
確かにこの治療法は問題アリですね。
その後起こりうる事例を説明しないとダメですね。
だけどこの人の場合、それでもいいからと望んだかもしれません。
忘れたいほど嫌なことが、いい思い出になるなら私も欲しいなあ、そんな薬^^
by リンさん (2013-03-01 06:13) 

リンさん

<雫石鉄也さん>
この彼女は、親友に恋人を取られちゃったんです。
親友と彼氏に裏切られた辛い失恋だったわけです。
だからこの男はそこまでプレイボーイではないんですよ(笑)
男の存在を忘れたから、麻衣子に彼を取られたことも忘れてるんです。
麻衣子にしてみれば、元カノが今さら何?って感じだったんですよね。

だけど、ここからまた彼女が男を好きになっちゃう可能性もありますね。
そしたら今度は麻衣子が失恋。それで薬を飲んで…。
永遠にループしそうで面白いですね。
by リンさん (2013-03-01 06:19) 

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