ダリア [ファンタジー]
お祭りに行くと言ったら、おばあちゃんが浴衣を着せてくれた。
白地に赤い花模様。ダリアみたいな大きな花。古くさい柄だ。
「あら、なっちゃん、よく似合うこと」とおばあちゃんは言ったけど、正直あまり気に入らない。
だけどあたしは「ありがとう」って笑うんだ。
待ち合わせした友達にはドタキャンされた。
「なっちゃん、ごめん。あたし、彼と回るから」だって。
「うんいいよ。あたしはひとりで平気」と言ったけど本当は「この裏切り者。こっちが先約だったのに」って心の中で叫んでいた。
あたしはひとりでお祭りに行った。ぜんぜん面白くない。
お祭りって、ろくなことがない。憶えている限り、いい記憶はない。
迷子になったり、お財布を落としたり、転んで怪我をしたり。
ママがお空へ行ったのも、お祭りの日だった。
あたしはママの傍にいるって言ったのに、ママが「お祭りに行きなさい」って言った。
そして友達と金魚すくいやヨーヨー釣りをしているあいだに、ママは天国に行った。
本当に嫌なことばかりだ。それなのにどうしてか、あたしは毎年お祭りに来る。
つまらないから帰ろうかなと思ったら、小さな女の子があたしの浴衣の袖をひっぱった。
「ママ」
「え?ママじゃないよ」
女の子は泣きべそをかいていた。迷子だ。それにしても15歳のあたしをママと間違えるなんて失礼だ。やっぱり嫌な日。
それでも放っておけないので迷子センターに連れて行くことにした。
女の子の金魚の浴衣に見覚えがあった。
あたしが小さい頃に着ていた浴衣と同じだ。
ママが近所の子供にあげちゃった浴衣。「なんであげちゃったの」って泣きながら抗議した。今となってはそれも懐かしい思い出だ。
もしかして、あたしの浴衣が巡り巡ってこの子にたどり着いたのか?
リンゴ飴の屋台の前で、女の子が立ち止まった。
「何?リンゴ飴食べたいの?」
女の子は、小さく頷いた。やれやれ、おばあちゃんが千円くれたから買ってあげよう。
「手がベタベタになるから気をつけな」
と女の子に渡すと、泣きべそはどこへやら。嬉しそうに受け取った。
あどけない女の子を見ていると、ふと思う。
いつの間に、あたしはずいぶん大人になったなあ…と。
おばあちゃんの手伝いも嫌がらないし、欲しいものも我慢する。我儘なんて随分言ってない。
もしもママが生きていたら、あたしは今みたいに聞き分けがよかっただろうか。
迷子センターに着くと、係員のおばさんが飛んできた。
「あらあら、迷子かしら」
その勢いに圧倒されたのか、女の子はまた泣き出した。
あたしは、この光景を知っているような気がした。遠い昔の記憶を探る。
「なっちゃん」
ふいに名前を呼ばれた。振り向くと、あたしと同じ浴衣を着た人が立っていた。
ママだ。あたしが知っているママよりふっくらしている。病気になる前のママだ。
ママはあたしの前をするりと通り過ぎて、女の子に駆け寄った。
「なっちゃん、ひとりで歩いちゃダメでしょう」
ママは、小さな女の子をぎゅっと抱きしめた。
ああそうだ。ずっと前、あたしが迷子になったときも、こんなふうにママに叱られた。
たしかこの後、「そのリンゴ飴どうしたの?」と聞かれ、「おねえさんにもらった」と答え、「どこのおねえさん」と聞かれ「いなくなっちゃった」と答えた。
知らない人から物をもらっちゃダメよと、さらに叱られて泣きながら帰るんだ。
幼いあたしと、元気なママとの想い出。これは、夢なの?幻なの?
気づいたら、雑踏の中にいた。
お囃子と何かのパレードが入り混じる賑やかな人混みを抜けて、あたしは駅に向かった。
汗だくで改札を抜けてくるパパを見つけて声をかける。
驚いたパパが、目を細めて近づいてきた。
「ママの浴衣だね。一瞬ママかと思ったよ。よく似合う。ぴったりだ」
「ねえパパ、お祭り行こう。あたし、たこ焼きとチョコバナナとかき氷が食べたいの」
「はは、奈津はまだまだ子供だな」
パパが豪快に笑う。
あたしは少しだけ子供に帰って、祭囃子に向かって走り出す。
今はもう、このダリアの浴衣が大好きになっていた。
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白地に赤い花模様。ダリアみたいな大きな花。古くさい柄だ。
「あら、なっちゃん、よく似合うこと」とおばあちゃんは言ったけど、正直あまり気に入らない。
だけどあたしは「ありがとう」って笑うんだ。
待ち合わせした友達にはドタキャンされた。
「なっちゃん、ごめん。あたし、彼と回るから」だって。
「うんいいよ。あたしはひとりで平気」と言ったけど本当は「この裏切り者。こっちが先約だったのに」って心の中で叫んでいた。
あたしはひとりでお祭りに行った。ぜんぜん面白くない。
お祭りって、ろくなことがない。憶えている限り、いい記憶はない。
迷子になったり、お財布を落としたり、転んで怪我をしたり。
ママがお空へ行ったのも、お祭りの日だった。
あたしはママの傍にいるって言ったのに、ママが「お祭りに行きなさい」って言った。
そして友達と金魚すくいやヨーヨー釣りをしているあいだに、ママは天国に行った。
本当に嫌なことばかりだ。それなのにどうしてか、あたしは毎年お祭りに来る。
つまらないから帰ろうかなと思ったら、小さな女の子があたしの浴衣の袖をひっぱった。
「ママ」
「え?ママじゃないよ」
女の子は泣きべそをかいていた。迷子だ。それにしても15歳のあたしをママと間違えるなんて失礼だ。やっぱり嫌な日。
それでも放っておけないので迷子センターに連れて行くことにした。
女の子の金魚の浴衣に見覚えがあった。
あたしが小さい頃に着ていた浴衣と同じだ。
ママが近所の子供にあげちゃった浴衣。「なんであげちゃったの」って泣きながら抗議した。今となってはそれも懐かしい思い出だ。
もしかして、あたしの浴衣が巡り巡ってこの子にたどり着いたのか?
リンゴ飴の屋台の前で、女の子が立ち止まった。
「何?リンゴ飴食べたいの?」
女の子は、小さく頷いた。やれやれ、おばあちゃんが千円くれたから買ってあげよう。
「手がベタベタになるから気をつけな」
と女の子に渡すと、泣きべそはどこへやら。嬉しそうに受け取った。
あどけない女の子を見ていると、ふと思う。
いつの間に、あたしはずいぶん大人になったなあ…と。
おばあちゃんの手伝いも嫌がらないし、欲しいものも我慢する。我儘なんて随分言ってない。
もしもママが生きていたら、あたしは今みたいに聞き分けがよかっただろうか。
迷子センターに着くと、係員のおばさんが飛んできた。
「あらあら、迷子かしら」
その勢いに圧倒されたのか、女の子はまた泣き出した。
あたしは、この光景を知っているような気がした。遠い昔の記憶を探る。
「なっちゃん」
ふいに名前を呼ばれた。振り向くと、あたしと同じ浴衣を着た人が立っていた。
ママだ。あたしが知っているママよりふっくらしている。病気になる前のママだ。
ママはあたしの前をするりと通り過ぎて、女の子に駆け寄った。
「なっちゃん、ひとりで歩いちゃダメでしょう」
ママは、小さな女の子をぎゅっと抱きしめた。
ああそうだ。ずっと前、あたしが迷子になったときも、こんなふうにママに叱られた。
たしかこの後、「そのリンゴ飴どうしたの?」と聞かれ、「おねえさんにもらった」と答え、「どこのおねえさん」と聞かれ「いなくなっちゃった」と答えた。
知らない人から物をもらっちゃダメよと、さらに叱られて泣きながら帰るんだ。
幼いあたしと、元気なママとの想い出。これは、夢なの?幻なの?
気づいたら、雑踏の中にいた。
お囃子と何かのパレードが入り混じる賑やかな人混みを抜けて、あたしは駅に向かった。
汗だくで改札を抜けてくるパパを見つけて声をかける。
驚いたパパが、目を細めて近づいてきた。
「ママの浴衣だね。一瞬ママかと思ったよ。よく似合う。ぴったりだ」
「ねえパパ、お祭り行こう。あたし、たこ焼きとチョコバナナとかき氷が食べたいの」
「はは、奈津はまだまだ子供だな」
パパが豪快に笑う。
あたしは少しだけ子供に帰って、祭囃子に向かって走り出す。
今はもう、このダリアの浴衣が大好きになっていた。
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2013-07-29 17:53
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コメント(12)
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いいですね。
自分の幼い頃の思い出や、子供を連れてお祭りに行った思い出や、そんなものと重なって、胸が痛くなるほどでした。
白熱電球のオレンジ色に染まった、お祭りや夜店の屋台って何か幻想的で不思議な事が起こってもいいような気がしますね
by 海野久実 (2013-07-29 22:40)
夏祭り 浴衣 綿あめ するめを焼くにおい。
懐かしい子供の頃がおもいだされるような
ファンタジー。
そう、ずっと大昔の村でたった一つの夏祭り、五円
お小遣い貰って一円の赤い小さい旗を買った「毘沙門さん」
を懐かしく思い出しました。
by dan (2013-07-30 18:28)
<海野久実さん>
ありがとうございます。
お祭りの夜って、本当に不思議なことが起こりそうですね。
浮かれているんだけど、どこか物悲しいような。
by リンさん (2013-07-30 18:57)
<danさん>
コメント削除しました。
どうかお気になさらないで^^
懐かしい思い出があるんですね。
子供の頃って、少ないお金で楽しめましたよね。
今は何でも高い高い^^;
by リンさん (2013-07-30 18:59)
15歳の女の子の気持ちが
よく描かれていて いいお話でした^^♪
先週末 私が住んでいる地区のお祭りがあって
去年までは子どもと行ってたんですけど
今年は「友だちと行くから」ですって^^;
成長は嬉しくもあり さみしくもあり です~
by みかん (2013-07-30 22:00)
浴衣の思い出って女の子にはあるなぁ。やっぱり、わたしも女の子だったんだな。
by さきしなのてるりん (2013-07-30 22:08)
削除有難うございました。
恥かかずにすみました。
by dan (2013-07-31 13:18)
<みかんさん>
ありがとうございます。
うちの娘は去年のお祭り、彼氏と行きましたよ。
送り迎えはしましたけどね^^
みかんさんの息子さんも、そのうち「彼女と行くから」とか言うかもよ^^
by リンさん (2013-07-31 20:41)
<さぎしなのてるりんさん>
そうですね。
年に一度は浴衣が着たいと、未だに私思います。
by リンさん (2013-07-31 20:43)
<danさん>
どういたしまして^^
by リンさん (2013-07-31 20:49)
現実とファンタジーが入り混じっていて、でも、どちらも現実で・・・不思議な感覚を味わわせてもらいました。
浴衣って、なんかファンタージー性がありますよね。
とても素晴らしいお話だと思います。
ありがとうございました。
by かよ湖 (2013-08-10 16:36)
<かよ湖さん>
ありがとうございます。
夏祭りって不思議なことが起きそうですね。
森見登美彦の小説にも、赤い浴衣の女の子が出てきますよね。
ちょっとイメージ借りました。
by リンさん (2013-08-11 10:17)