偵察

「ビストロ大滝」は、創業以来６０年続く老舗の洋食屋だ。
私の代でつぶすわけにはいかない。

最近めっきり客足が減ったのは、駅前通りに洋食屋「キッチンたんぽぽ」が出来たからだ。
客があきらかに向こうに流れた。
常連客も何人か、「たんぽぽ」に入って行くのを見かけた。
そんなに美味いのか、「キッチンたんぽぽ」

息子を偵察に行かせた。
やけに興奮して帰ってきた。
「すごいよ。店の看板娘がさ、めちゃくちゃ可愛いんだよ。オーナーのひとり娘なんだって。下手なアイドルよりずっと可愛いよ。彼女が笑うと、まわりの温度が２度くらい上がるんだよ。まるで陽だまりだ。アドレス教えてって言ったらさ、常連になったら考えるわだって。おれ、常連になろうかな」
「バカ言うな。それで、味はどうだったんだ」
「ああ、彼女見ただけでお腹いっぱい。味なんて憶えてないや」
「ば…ばかやろう！」

まったく、役に立たない息子だ。情けない。
仕方がないから、翌日は私が偵察に行くことにした。
「キッチンたんぽぽ」店構えは普通だ。
「いらっしゃいませ」
ほう…この子が例の看板娘か。たしかに可愛いが、所詮は店員だ。問題は味とサービスだ。
２時半過ぎに、あえてランチを注文してみる。
「お客さま、ランチは２時で終わりなんですけど」
ほら見ろ。サービス悪いぞ。うちなら３時でも４時でもランチを出してやる。

その時だ。奥から「大丈夫よ」と声がした。
鈴を転がすような声とは、こういう声を言うのだろうか。美しい声だった。
「お客さん、Aランチは終わっちゃったけど、Bランチかカレーなら出来ますよ」
そう言って厨房から出てきた女性の、なんと美しいこと。
往年の銀幕スターを彷彿させる華麗で清楚でチャーミングな顔立ち。
「ビ、ビ、Ｂランチを…」
「Ｂランチですね。急いで作りますね」
「あ、あんたが作るのか？」
「はい」
美しき女シェフは、にこやかに微笑んで厨房に消えた。

「本当は、父と一緒にやるはずだったんですよ、この店」
水を注ぎながら、娘が言った。
「お父さんはどうしたんだね？」
「亡くなったんです。それで母が厨房に…」
美しく清楚で優しい、しかも未亡人。亡き夫の夢だった店を、けなげに守る未亡人。
惚れない男がいたらお目にかかりたい。

「お待たせしました。Ｂランチでございます。ごゆっくりお召し上がりくださいね」
柔らかい仕草で皿を置く。
上品なワンピースに白いエプロンがよく似合う。ヒップラインに思わずドキドキ。
何かの魚のフライ、何かのドレッシングがかかったサラダ、何かのスープ。
もう味なんかわからない。私の目と脳は、美しき未亡人シェフで満たされた。

「ありがとうございました」
娘がアイドル顔でレジを打った。
奥から美しき未亡人シェフが顔を出した。
「また来てくださいね」
釣りを受け取りながら、私は笑顔で答えた。
「はい、毎日来ます」




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コメント 14

｢大滝、バカヤロウ｣
って言ってやりたい（笑）
うーん、でも僕がこの店に行くと同じ穴のむじなか、ミイラ取りがミイラって感じかも。

｢日曜モンスター｣やこの作品、｢世にも奇妙な物語｣みたいなオムニバスドラマのコメディー版にしてみたいですね。

by 海野久実 (2014-03-26 11:36) 

こんなお店なら、私でも常連になります。
by 雫石鉄也 (2014-03-26 13:44) 

＜海野久実さん＞
ホントホント＾＾　
「大滝、バカヤロウ」って誰かにツッコんで欲しかった＾＾
美人の未亡人っていうだけで、ドキッとするのかもしれませんね。
ありがとうございます＾＾
by リンさん (2014-03-26 18:22) 

＜雫石鉄也さん＞
ありがとうございます。
常連になっちゃいますか（笑）
たまには「ビストロ大滝」にも行ってあげてください＾＾
by リンさん (2014-03-26 18:23) 

男ってなぁ、どうしょうもないもんだね。味はどうよ、味はぁ。ったく。でもハンサムな若いシェフがやさしく声かけてくれるようなとこならまた考えるかも。あはは。

ところで、
てるりんは諸般の都合によりブログをしばらく休業します。
備忘録として菜園に記事を上げますが、
コメント、返信などができません。
町なか再生企画が本格始動しましたら、
またお伺いします。
カテゴリが変わると思いますが、
その際にはまたよろしくお付き合いのほど
よろしくお願いいたします。
2年半になりますが、
本当にありがとうございました。
ブログ記事のより一層の充実とご健康を祈ります。


by さきしなのてるりん (2014-03-26 18:44) 

リンさんさん おはようございます。
「はい、毎日来ます」、勝負ありですね。
でも、味で勝負が、まだ残っています。頑張ってください。
by SORI (2014-03-27 09:12) 

男ってどうして美人に弱いのでしょう。
洋食屋さんならまず味でしょう。
味もよかったのだから毎日行っても仕方ないかなあ。
「ビストロ大滝」はどうなるの?父子揃ってこれではね。
by dan (2014-03-27 16:00) 

|電柱|･ω･`)ﾉ ﾔｧ

りんさん、男が非難囂々ですなｗ
でも、韓流ドラマにハマるのは、女の人だったり。
四草めぐるですｗ

でも、真面目に店とは、そういうモノだと思いますよ。

味やサービス、店員の態度は重要だと思います。
総合得点が重要なんですね。

うちの親が中華料理屋をやっていたので、余計に、そう思いますよ。

店員の態度が悪いので、近くのセブンには行きませんしｗ
では、では。
草々。
by 四草めぐる (2014-03-27 22:12) 

こんばんは、リンさん♪

ミイラ取りがミイラになる的な、可笑しみのある物語ですね♪

この物語を読みながら「メンタルテイスト」のことを思い出しました。
人間の味覚ってかなり鈍感で、食べ物の味そのものよりも、
その店の雰囲気なんかで味を判断しちゃうらしいんですよね。

この考えによれば、主人公の行動にも合点がいきます(笑)。
キッチンたんぽぽは、ますます繁盛していくんでしょうね♪
by 麻乃あぐり (2014-03-29 23:25) 

＜さぎしなのてるりんさん＞
ありがとうございます。
え？お休みするんですか。
寂しいですね。でも、町なか再生企画、上手くいくことを願っています。
また逢える日を楽しみにしています。
体に気を付けて頑張ってくださいね。
by リンさん (2014-04-01 17:39) 

＜SORIさん＞
ありがとうございます。
ホントに、美人って得ですね。
味はどうだったのでしょうね（笑）
by リンさん (2014-04-01 17:42) 

＜danさん＞
ありがとうございます。
まあ、美人は３日で飽きるなどと言いますから、お客も徐々に戻ってくるかもしれませんね。
だけど肝心の店主がこれではね（笑）
by リンさん (2014-04-01 17:45) 

＜四草めぐるさん＞
ありがとうございます。
私は韓流にははまってないけど、ジャニーズ系がいたら店に通うかも（笑）

四草さんのおうちは中華料理屋さんだったんですね。
接客態度は本当に大事ですね。
感じの悪いコンビニは私も行きたくありません。
でも近所に一軒しかないんだな～、田舎で（笑）
by リンさん (2014-04-01 18:02) 

＜麻乃あぐりさん＞
ありがとうございます。
そうですね。食欲をそそる色というのもありますからね。
お皿やテーブルクロスで、料理が美味しくなったりしますしね。

このキッチンたんぽぽ、未亡人というのも男心をくすぐるかもしれませんね＾＾
by リンさん (2014-04-01 18:07)