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桜の下には… [ファンタジー]

わたしは公園の桜です。まだまだ咲きません。
早春の風が冷たいですが、美しく咲く日を夢見ています。
春はステキなことに出逢えます。
去年は、卒業した小学生がタイムカプセルを埋めに来ました。
卒業生の数と桜の数が同じだったので、それぞれの木の根元に、それぞれの思い出を埋めました。
みんなきれいな目をしていました。

それは、息も凍る真夜中のことでした。
ひとりの男が、わたしの根元を掘っています。
タイムカプセルを掘り返しに来たわけではありません。まだ1年しか経っていないし、第一男は子供ではありません。

男は、わたしの根元に何かを埋めたのです。
「桜の木の下には死体が埋まっている」なんて書き出しの小説がありましたが、男が埋めたのは死体ではないようです。
固いケースに入った何か…、お金でしょうか。
男は悪いことをして手にしたお金を、ほとぼりが冷めるまで隠したのでしょうか。
知りたい。男は何を埋めたのでしょう。

しかし、それを知るのは難しい状況になりました。
わたしたちは、切り倒されることになったのです。
『公園をつぶして、ショッピングモールを創るという話じゃ』
いちばん古い長老の木が言いました。
『年に一度しか楽しめない桜より、一年中賑わうショッピングモールの方がいいのじゃろう』

悲しいです。悲しみの中、わたしたちは花を咲かせました。
どんなに辛くても、季節は確実に進んでいるのです。
公園は、いつものように花見の人たちで賑わいました。
最後の花見になることを、知っているのでしょうか。
わたしたちは精いっぱい咲きました。たくさんの人が笑顔になるように、華麗で優しい花を咲かせました。
最後の笑顔と思い出を、年輪にしっかりと刻み込んだのです。

ところが突然、ショッピングモール計画が中止になりました。
『やっぱりこの公園は、市民に愛されていたんですね』
わたしが言うと長老は、満足そうにうなずきました。
その数日後の真夜中、あの男が再び訪れました。わたしの根元に何かを埋めた男です。
男はわたしの幹に温かい手の平をあてました。
「よかったな。命拾いしたな」優しい声で話しかけてきました。

「この公園の桜が切られないように、ここに埋めたのさ。市長をはじめとする議員たちのスキャンダル写真をね。誰にもひとつくらいは人に知られたくないことがあるものさ。それらを集めて埋めたんだよ。それを知った議員のやつらはひどく慌てていたよ。桜が切り倒される前に、時を待たずして子供たちがタイムカプセルを掘り起こしにくるだろう。そしたら自分たちのスキャンダルも明らかになる。それで事業計画はふりだしに戻った。この公園は残る。そして君たち桜も守られた」

男は、わたしたちを守ってくれたのです。なんて優しい男でしょう。
『ありがたいですね』 とわたしが言うと、長老はふっと笑いました。
『ショッピングモールの計画は白紙に戻った。市は新しい事業地を探すことになる。知っているかね。もうひとつ候補に上がっていたのは、あの男が持っている土地じゃ。世の中は、持ちつ持たれつじゃな』

私は思いました。もしかして、これを仕組んだのは長老ではないのかと。
長老は何でも知っています。そして人の心を操る能力を持っています。
わたしたち桜を守るために、あの男を利用したのではないでしょうか。
『長老…』
わたしの問いかけに、長老は応えませんでした。
真実は、桜吹雪の中に消えました。
短いようで長かった、桜の季節が終わります。

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雫石鉄也

これは、よくできた話ですね。
りんさんの才能を感じました。
埋めた男も、ただのいい人ではなく、したたかな男だったわけですね。
そして、桜の長老のそれを上回るしたたかさ。
ファンタジーでありながら、しっかり現実も描かれています。見事です。
さすが、りんさん。
by 雫石鉄也 (2014-04-01 13:16) 

海野久実

お花見と言うと思いうかべるのは、うすピンク色に埋もれた暖かそうな映像なんですが、実際は少し肌寒いですよね。
花冷えなんていう言葉もありますし、特に夜の花見なんて寒い。
そんなことを思い出しました。
ほんわか美しい中にも現実的なストーリが絡んでくる。
桜の木々を擬人化すると言うのは僕にはちょっと避けて通りたい手法ですが、よく出来ていますね。
ひとつ気になったのが、写真を埋めると言う事に公園の開発を阻止する効果があるのかどうかです。
>それを知った議員のやつらは
議員さんはどうやって知ったのでしょうか。
たぶん写真を埋めた男が知らせたんだと思いますが、子供たちのタイムカプセルが掘り出されると、すぐそばに埋めた写真も掘り起こされる。
それだとスキャンダルを恐れる議員さんが先に掘り出してしまいそうに思うんですが。
タイムカプセルが埋められた場所ぐらいわかるでしょうしね。
議員さんに写真を送りつけて、「これと同じ写真を公園の桜の木の根元に何十か所も埋めた」とメッセージを添えればよかったのかな~なんて思いました。
実際に埋めなくてもね。


と、そこまで書いて、写真を埋めた男はタイムカプセルのそばに埋めたとは知らせてないのかなと。
公園に埋めたとだけ知らせた。
するとやっぱり実際に埋めなくてもいいように思うしなぁ(笑)
なんだかよくわからなくなってきた。
by 海野久実 (2014-04-01 15:10) 

みかん

桜の木同士が話をしているんですね^^
ファンタジー♪
お話の途中で木の下に何かを埋めたってとこは
やはりお決まりの死体が?って思ったけど
ファンタジーですもんね^^;
by みかん (2014-04-02 22:10) 

dan

リンさんのファンタジーにはいつもドキッとさせられる
場面があるので、つい身構えてしまいます。
やっぱり恐そう。人間世界には諸々のことがありますが
とにかく桜が伐られなくてよかった。やっぱりファンタジーでした。
by dan (2014-04-03 10:38) 

リンさん

<雫石鉄也さん>
ありがとうございます。
最初はこの男が本当にいい人で、桜を守るためにやったという結末でした。
だけど何となく物足りなくて、長老を登場させてみたのです。
これでよかったんだな~と雫石さんのコメントで思いました。
本当にありがとうございます。
by リンさん (2014-04-04 17:56) 

リンさん

<海野久実さん>
ありがとうございます。
読み返して、そこ突っ込まれそうだな~と思いました(笑)

まず、桜は何十本もあって、木を特定できないことと、花見シーズンで議員たちが掘り起こせないこと、そして子供たちがいつタイムカプセルを掘り起こしにくるかわからないこと…などを考慮したと想定しました。

あとは、長老が見届けるためにそこに埋めさせたとか?(これは後付けです)
by リンさん (2014-04-04 18:03) 

リンさん

<みかんさん>
ありがとうございます。
そうです。ファンタジーなので死体はナシです(笑)
夜になると、桜同士で話してるかもしれませんよ^^
by リンさん (2014-04-04 18:04) 

リンさん

<danさん>
ありがとうございます。
古い木って、何でも知っているように思えるときがありますよね。
伐られると知ったら、このくらいのことはするかもしれませんよ^^
by リンさん (2014-04-04 18:06) 

SORI

リンさんさん こんばんは
男が埋めた箱が、こんな形でリンクしてくるとは想像できませんでした。意外な展開は楽しいです。
by SORI (2014-04-04 20:17) 

リンさん

<SORIさん>
ありがとうございます。
箱の正体がわかってからも、ちょっとエピソードをくわえてみました。
楽しんでいただけて良かったです。
by リンさん (2014-04-07 21:21) 

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