青いピアス [競作]
お気に入りのピアス。深い海のような青。
「きれいな色ですね」
マスターが、すべてを包むような優しい声で言った。
初めてひとりでバーに入った。慣れないハイヒールで足がボロ雑巾のようだった。
明るいカフェの気分ではなかった。
まだ時間が早いせいか、客はあたしひとりだ。。
何を頼んでいいかわからなくて、とりあえず注文したビールをゴクゴク飲んだ。
「就職活動ですか?」
「わかります?…って、わかるよね。似合わないリクルートスーツ着てるんだもん」
カウンターの椅子でハイヒールを脱いで足をぶらつかせる。
こんな行儀の悪い客にも、マスターは優しく微笑む。
面接官が、この人だったらよかったのに。
「変な話よね」
「何がです?」
「みんな同じようなスーツ着て、マニュアル通りの自己紹介して、本当の自分を見せないまま内定もらってバカみたいに喜ぶんだよ」
「そうですね」
「まあ、あたしも髪を黒く染めて『御社が…』とか言ってるんだから笑っちゃう」
「では、そのピアスは、ささやかな抵抗といったところですか?」
「そうね…」
あたしは、青いピアスを指先でつついた。
耳ではなく、鼻に付けられたピアス。すべての面接官に渋い顔をされた可哀そうなピアス。
見たこともないきれいなカクテルが、カウンターに置かれた。
「ブルーラグーンです」
青く澄んだ湖のようなカクテル。
「きれい…」涙がでそうだ。
きっとどこかに、あたしの鼻ピアスをわかってくれる人がいる。
このマスターのように。
「もう少し頑張ってみようかな」
青いカクテルを一口飲んで、たぶん今日初めて、あたしは笑った。
「面接官みたいなことを聞いてもいいですか?」
「なに?」
「どうしてこの店を選んだのですか?」
あたしは、背筋をぴんと伸ばした。
「はい、お店の名前が気に入ったからです。『海神』っていう名前が。私はずっとバンドのボーカルをやっていて、そのバンドの名前が『ポセイドン』です。それで、何となく運命みたいなものを感じてこの店に入りました。私、たとえ社会人になっても、すごく楽しかったバンドのことや、トレードマークの鼻ピアスを、なかったことにしたくないんです」
「よくわかりました。ありがとう」
やっぱりこの人が面接官だったらいいのに。
クスッと笑って心の中でつぶやきながら、あたしは初めてのカクテルを飲み干した。
「おかわり下さい」
********
雫石さんのブログから生まれたバー『海神』
はるさんがサイドストーリーを書いて、素敵だったので私もお仲間に入れていただきました。
みなさんも、一緒に飲みませんか(笑)
雫石さんのブログ
http://blog.goo.ne.jp/totuzen703/e/f9682c60e8bdeae270e37dc31675f8fc
はるさんのブログ
http://haru123fu.exblog.jp/22728126/
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「きれいな色ですね」
マスターが、すべてを包むような優しい声で言った。
初めてひとりでバーに入った。慣れないハイヒールで足がボロ雑巾のようだった。
明るいカフェの気分ではなかった。
まだ時間が早いせいか、客はあたしひとりだ。。
何を頼んでいいかわからなくて、とりあえず注文したビールをゴクゴク飲んだ。
「就職活動ですか?」
「わかります?…って、わかるよね。似合わないリクルートスーツ着てるんだもん」
カウンターの椅子でハイヒールを脱いで足をぶらつかせる。
こんな行儀の悪い客にも、マスターは優しく微笑む。
面接官が、この人だったらよかったのに。
「変な話よね」
「何がです?」
「みんな同じようなスーツ着て、マニュアル通りの自己紹介して、本当の自分を見せないまま内定もらってバカみたいに喜ぶんだよ」
「そうですね」
「まあ、あたしも髪を黒く染めて『御社が…』とか言ってるんだから笑っちゃう」
「では、そのピアスは、ささやかな抵抗といったところですか?」
「そうね…」
あたしは、青いピアスを指先でつついた。
耳ではなく、鼻に付けられたピアス。すべての面接官に渋い顔をされた可哀そうなピアス。
見たこともないきれいなカクテルが、カウンターに置かれた。
「ブルーラグーンです」
青く澄んだ湖のようなカクテル。
「きれい…」涙がでそうだ。
きっとどこかに、あたしの鼻ピアスをわかってくれる人がいる。
このマスターのように。
「もう少し頑張ってみようかな」
青いカクテルを一口飲んで、たぶん今日初めて、あたしは笑った。
「面接官みたいなことを聞いてもいいですか?」
「なに?」
「どうしてこの店を選んだのですか?」
あたしは、背筋をぴんと伸ばした。
「はい、お店の名前が気に入ったからです。『海神』っていう名前が。私はずっとバンドのボーカルをやっていて、そのバンドの名前が『ポセイドン』です。それで、何となく運命みたいなものを感じてこの店に入りました。私、たとえ社会人になっても、すごく楽しかったバンドのことや、トレードマークの鼻ピアスを、なかったことにしたくないんです」
「よくわかりました。ありがとう」
やっぱりこの人が面接官だったらいいのに。
クスッと笑って心の中でつぶやきながら、あたしは初めてのカクテルを飲み干した。
「おかわり下さい」
********
雫石さんのブログから生まれたバー『海神』
はるさんがサイドストーリーを書いて、素敵だったので私もお仲間に入れていただきました。
みなさんも、一緒に飲みませんか(笑)
雫石さんのブログ
http://blog.goo.ne.jp/totuzen703/e/f9682c60e8bdeae270e37dc31675f8fc
はるさんのブログ
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2014-08-15 19:02
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りんさん、素敵なお話です。りんさんらしい雰囲気が良く出ていて
いいですね。朗読させてもらいます。ちょっとだけ待ってくださいね。とつぜんお婆ちゃんになったものだからなんだかバタバタしています。ありがとですです。
by はる (2014-08-15 21:44)
いいお話です。
海神のマスター鏑木の優しさが、よく表れています。
なかなか良かったです。
また、海神にご来店ください。
by 雫石鉄也 (2014-08-15 21:59)
リンさんさん おはようございます。
バーでカクテルを飲むことは少ないけれども、ちょっと高級なホテルに泊まるとホテルのバーでカクテルを飲みたくなります。カクテルは雰囲気を変えてくれる飲み物のような気がします。
おまかで出されたブルーのカクテルはピアスにお似合いだったのでしょうね。
by SORI (2014-08-16 08:35)
コメントでは初めまして。
「Bar 海神」を舞台に仮の実名SS「神々の集う海」を書きました。
http://poetome.exblog.jp/23169528/
この話も、お名前も使わせてもらいましたが、よろしくお願いいたします。
by Tome館長 (2014-08-16 13:42)
おしゃれな映画の一こまを見ているような作品です。
鼻にピアスなんていつもの私ならげ~だけど、今回は
何故かしっくりきました。
ちなみに皆さんの競作読ませていただきました。
それぞれ個性的でとても素晴らしいと思いました。
仲間に入れなくて残念です。
by dan (2014-08-17 11:28)
<はるさん>
ありがとうございます。
やっぱり競作は楽しいですね^^
朗読楽しみにしていますよ。はるおばあちゃま(笑)
by リンさん (2014-08-17 20:56)
<雫石鉄也さん>
ありがとうございます。
雫石さんの「海神」のおかげで、久しぶりに競作が出来ました。
これもマスターの鏑木さんが魅力的だからですね。
大人になりきれない若い女の子を登場させて、イメージ壊れないかしらと、ちょっと心配でした。
彼女も常連になれるように、海神続けてほしいなあ~^^
by リンさん (2014-08-17 20:57)
<SORIさん>
ありがとうございます。
バーで飲むカクテルは、ひと味違いますよね。
私は田舎に住んでいるので、なかなか行く機会がありません。
こんな素敵なバーに、出来ればひとりで行ってみたいです^^
by リンさん (2014-08-17 21:03)
<tomeさん>
コメントありがとうございます。
そしてtomeさんの海神に、私も登場させていただいて感激です^^
by リンさん (2014-08-17 21:05)
<danさん>
ありがとうございます。
バー海神に、仲間が集って本当に楽しいです。
海神を舞台に話を書こうと思ったら、青いピアスが唐突に浮かびました。
最初は普通に耳ピアスだったけど、鼻の方が面白いと思って方向転換しました。
by リンさん (2014-08-17 21:10)
鼻ピは就職活動には一般的には不利でやすよね。
でも このくらい自己を失わない女の子がいてもいいのになぁって思いやした。
by ぼんぼちぼちぼち (2014-08-22 22:26)
<ぼんぼちぼちぼちさん>
ありがとうございます。
私も鼻ピアスの子を見たら、渋い顔をしてしまうかもしれません。
でも、それなりのこだわりがあるなら…と思って書きました。
by リンさん (2014-08-24 06:53)