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目は口ほどにものをいう [公募]

亜里沙が口を利かなくなった原因は僕にある。
ふたりの会話が結婚の方向に進みそうになると、僕はすかさず話題を変え、はぐらかして逃げた。
そんなことを繰り返すうちに、亜里沙は口を利かなくなった。

最初は何かの事情で声が出なくなったのかと思った。
病気とかストレスとか、ひどい風邪とか。
だけど亜里沙は、友達からの電話には普通に出て普通に話した。
「なんだ、声出るじゃん」と笑ったが、思い切り無視された。
そして黙々と食事をして、黙々とテレビを見て、黙々と眠った。

最初は戸惑った。何を怒っているのかわからないから、どうすることも出来ない。
だけど結婚特集の雑誌を真剣に読みながらふと顔を上げたとき、何とも言えない鋭い視線を僕に向けた。
いつまでも結婚と向き合わない僕に対する抗議だと気づいた。

一緒に暮らし始めて一年。亜里沙はもうすぐ28歳で、焦る気持ちもわかる。
だけど僕はまだ25歳で収入も少なく、結婚を考える余裕はない。僕には僕の人生設計がある。
どうせ2、3日のことだ。話し好きの亜里沙が何日も口を利かずにいられるわけがない。

しかし無言の抗議は二週間も続いている。
そのあいだ、亜里沙はいつも以上にきっちり家事をこなした。いい奥さんぶりをアピールするように。
それは何となく嫌味っぽく見えて気まずかったが、亜里沙が作る料理は美味しかったし、毎日清潔なシャツが着られるのもありがたかった。

そんなある日、珍しく早く帰った僕が洗濯物を畳んでいると、亜里沙が買い物袋を提げて帰ってきた。
「おかえり」と僕は言ったけれど、当然答えは返ってこない。
いい加減もう慣れたよ、と心の中でつぶやいた。次の瞬間、短い時間だったけど、亜里沙と目が合った。

「ごめん。すぐごはん作るから」
確かに聞こえた。唇は動いていない。亜里沙の目が、僕に語りかけたのだ。
「急がなくていいよ」と僕は答えた。亜里沙はもちろん何も言わずにキッチンに消えた。

それを境に、僕は亜里沙の目と会話が出来るようになった。
疲れて帰ってくると目が愚痴を言い、いいことがあったときは、目がはしゃいで饒舌になる。
みそ汁をすすりながら、「ダシ変えた?」と聞くと、亜里沙の目が、「わかる?」と嬉しそうに言う。
ニュースを見ながら「台風が近づいてるね」と言うと、亜里沙の目が「逸れてくれたらいいけど」と不安げに言う。
何だか可笑しかった。亜里沙は口を利かないことで精いっぱいの抗議をしているのに、僕は少しも困らない。
亜里沙の目と会話する方が気楽だった。

亜里沙が口を利かなくなってから三週間が過ぎた。
すっかり日が短くなった秋の夕暮れは、なぜかとても人恋しい。
アパートの窓に灯りがともっているのを見るとほっとする。
亜里沙は私立高校の食堂で働いていて帰りは早い。
結婚を意識して一緒に暮らし始めたわけではないけれど、僕を待っていてくれる人がいるのはありがたい。

「ただいま」と言っても返事はない。返事がないことには慣れたが、今日の亜里沙はやけに沈み込んでいる。
「どうかしたの?」
亜里沙の目に尋ねてみようと、顔を覗き込んだ。暗い表情から、大きなため息が漏れた。
テーブルの上に、結婚式の招待状が置いてある。原因はこれか。
亜里沙の友達。おそらく、どちらが先に結婚するかを競っていた親友だろう。

普段の僕なら、こんなときすぐに風呂場に逃げるか、慌ててコンビニに行くか、つまらない話でその場を逃げていた。
だけどなぜだろう。今日は逃げることが出来ない。
亜里沙が僕をじっと見た。亜里沙の目が、僕に訴える。
「どうして。どうして。私いつまで待てばいいの?」
目を逸らせばいい。亜里沙の目を見なければいい。そう思いながら、僕の目は、亜里沙から離れられない。
「どうして。私いつまで待つの?」
何度も何度も、亜里沙の目が僕を責める。大粒の涙を貯めながら、まっすぐに僕を見る。

気がついたら、亜里沙を抱きしめていた。
「結婚しよう」
不思議だけれど、心の底からそう思った。
「ありがとう」
久しぶりに、亜里沙の唇が動いた。優しくて温かい声が、僕の耳を潤していく。

****

公募ガイド虎の穴で、落選だったものです。
テーマは「格言がタイトル」です。
なかなか難しいものですね。

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コメント 16

はる

なるほど、格言がテーマだったのですか。
でもさすがにりんさん、上手だなあ~。
りんさんの場合は、「ペンは剣よりも強し」ですね。

↓下のコメディをまたもぐらさんと一緒に朗読させて下さい。
 よろしくお願いします。(._.)ペコリ
by はる (2014-10-18 22:46) 

さきしなのてるりん

眼は口ほどにものをいう。けど、やっぱり口からきいたほうがいいよね。
by さきしなのてるりん (2014-10-19 17:49) 

みかん

会話せず3週間は長い・・・(・・;)
この男性 よく耐えたなって思いますね~
この時点で嫌にならないなら亜里沙は 
自分の傍にいてほしいヒトってことでしょうに
早く気づけ~って思いました(^_^;)

by みかん (2014-10-19 21:28) 

雫石鉄也

いいですねえ。なにかオチを予想しつつ読みましたが、へんにひねらず、素直に終わりましたね。そこが良かった。ストレートな終わり方が大変良かった。ラストは感動しました。
by 雫石鉄也 (2014-10-20 13:36) 

dan

難しいテーマですね。
「虎の穴」はレベルが高いですもの。
面白かったと思うけど、ぎゅっと気持ちが入るところが
はっきりしなくて、ちょっといつものリンさんと違う感じが
しました。
大ベテランに偉そうなこと言ってごめんなさい。
by dan (2014-10-21 13:12) 

海野久実

>亜里沙の友達。おそらく、どちらが先に結婚するかを競っていた親友だろう。

この部分を読んで、亜里沙ちゃんの好印象がちょっと下落(笑)
主人公が、亜里沙が結婚を友人と競っているから早くプロポーズをしてほしいんだと思い込んでいたけれど、実は。
という展開にしたいと思います(笑)僕ならね。

読み終わって感動をしたものの、何かちょっと引っかかるところがあったんですが、それをdanさんが見事に言葉にしてくれていますね。
>ぎゅっと気持ちが入るところがはっきりしなくて
danさん、すごい。
by 海野久実 (2014-10-22 00:32) 

リンさん

<はるさん>
ありがとうございます。
いえいえ、まだまだでございます^^

朗読もちろんOKです。
よろしくお願いします。
by リンさん (2014-10-22 09:31) 

リンさん

<さぎしなのてるりんさん>
目で会話が出来れば本物なんて言うけど、ちゃんと話した方がいいですよね^^
by リンさん (2014-10-22 09:32) 

リンさん

<みかんさん>
きっと亜里沙の目力がすごかったんでしょうね。
逃げられなくて観念した?
でも、そこには愛情があると思います^^
by リンさん (2014-10-22 09:34) 

リンさん

<雫石鉄也さん>
格言に沿った話というのは、難しいものですね。
最後はハッピーエンドと決めていました。
ありがとうございます。
by リンさん (2014-10-22 09:38) 

リンさん

<danさん>
ありがとうございます。
本当にテーマがいつも難しくて大変です。

男性目線でこういう話を書くのは、ちょっと無理があったのかもしれませんね。
感情移入が、私自身に出来ていなかったのかも。
辛口の感想、大歓迎です。
大ベテランなんて…やめてくださいよ~^^
by リンさん (2014-10-22 09:41) 

リンさん

<海野久実さん>
ああ、なるほど。
亜里沙ちゃんもなかなかしたたかだった…という風に?
ちょっと皮肉っぽくて面白いかもしれません。

落選だった理由。
danさんと海野さんに教えてもらったみたいですね。
ありがとうございます。今後ともよろしくお願いします^^
by リンさん (2014-10-22 09:43) 

海野久実

>亜里沙ちゃんもなかなかしたたかだった

あ、いや、ちょっと違うんですよね。
友達と結婚を競うと言うのはちょっと男にとって重いと言うか、うざい感じがするんですよね。
主人公もそんな感じを持っていると思うんです。
ところが亜里沙には本当は、もっと純粋な、胸キュンな、結婚をしたいと言う理由があるのではないかと言う事ですね。
それが何なのか最後に明かされて感動のラストへ。
まあ、その理由と言うのを思いついているわけではありませんが(笑)
by 海野久実 (2014-10-24 10:00) 

dan

リンさん私今胸ドキドキ、嬉しくてちょっと誇らしくて。
この爛でしか知らないのに、そのコメントにいつも
凄いなあと思っている海野さんが.....
あのコメントかなり迷ってええいっと書いて少し後悔
していたから、尚更感激です。
なんか勇気出てきました。
海野さん有難うございます。リンさんも有難うございます。
by dan (2014-10-24 12:37) 

リンさん

<海野久実さん>
ああ、なるほど。
結婚をわざとらしく匂わせるのはウザいでしょうね。
亜里沙ちゃんは一緒に暮らし始める=結婚だと思っていたんでしょうね。
そこにもう一つドラマがあったらよかったのかも。
by リンさん (2014-10-24 20:17) 

リンさん

<danさん>
私、きっとdanさんはドキドキしているだろうなって思ってました(笑)
海野さんや雫石さんは、いつも的確なコメントを下さって、ありがたく思っています。
私が書いた話に、真剣に向き合ってもらえるのは嬉しいことです。
danさんも、これからもよろしくお願いしますね^^
by リンさん (2014-10-24 20:21) 

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