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ひとつの説 [ミステリー?]

1972年:日本
男は、閉店間際に現れた。客はもうひとりもいない。
ニット帽に大きなサングラスをかけている。
男は懐から黒いものを取り出した。
それが銃だとわかったのは、彼が上に向けて一発放ったからだ。

男は窓口の女性行員に大きな旅行カバンを渡し
「このカバンに入るだけの金を詰めろ」と言った。
ひとりの男性行員が、非常ベルを鳴らそうとした。
男は、容赦なく男性行員を撃ち殺した。
「ひい」と女性行員は札束をカバンに詰めた。
男はそのカバンを手にすると、なぜか忽然と姿を消した。
逃げたのではない。煙のように消えてしまったのだ。
そして男が消えたと同時に、撃ち殺された男性行員が、何事もなかったように起き上がった。天井に放った弾痕もない。
すべてはもとどおり。ただ、金だけが消えていた。

「これが、20世紀最大の謎と言われている銀行強盗事件だ。男はどこから現れて、どこへ消えたのか。君たちの説を聞きたい」
「先生、その男は、異次元もしくは科学技術の発達した未来から来たんじゃないですか。瞬間移動で時空を超えたんですよ」
「そういう説が最も多いのは事実だ。だが疑問がひとつ。撃たれた行員が傷もなく生き返ったのはどう説明する?」
「時間を戻したんじゃないかな。犯行の前に」
「それはおかしい。時間が戻ったら金も戻っているはずだ」
「そうそう。男の存在も行員たちの記憶から消えているはずだ」
「じゃあ、撃たれた行員は男の仲間だったんですよ。先に来ていて、銀行に紛れ込んでいたんです。男の凶暴さを印象つけるために、わざと撃たれて見せたんですよ。もちろん実際に弾は当たっていない」
「じゃあ天井の弾痕はなぜ消えたんだ?」
「うーん」
「あ、先生、CGとか使ったんですよ。プロジェクションマッピング的な」
「そうだ。銃も本物じゃない。撃ったときのシミュレーションが出来る訓練用だ」
「実際の銃の怖さを知るためのものか。あるかもしれないな」
「なるほどね。どれも興味深いな。おっと時間だ。続きはまたどこかで話そう」

この手の話は学生にウケる。
実際には何もわかっていないのだから、いろんな説が飛び交う。
教授は大学のカフェテラスで昼食をとった。

「先生、さっきの授業面白かったです」
ひとりの女生徒が前に座った。
「でも先生、あの事件は、そんなSFチックなものじゃないんですよ」
「君の説を聞こう」
「あれは、行員たちの狂言です」
「ほう」
「行員のひとりが銀行の金を横領しました。その人は親の借金を抱えて大変で、仕方なく銀行のお金に手を付けました。それはとても悪いことだけど、同僚たちはひどく同情しました。そして、仲間を助けるために、みんなで強盗に金を奪われるという狂言を考えたのです」
「しかし無理だろう。上司だっているし」
「ちょうどいなかったのです。本店で会議があって、上司は全員いませんでした」
「だけどひとりくらい反対者がいただろう」
「いいえ。なぜなら盗んだお金は、みんなで山分けしたからです」
「うまくいくとは限らない」
「実際うまくいきました。何かの効果音で作った銃声音を通行人に聞かせたのもいい作戦です。ただ、それで通報を受けた警察が、思いのほか早く来てしまったのが計算外でした。犯人が突然消えてしまったと、オカルトめいたことを言ってしまったのはそのせいです」
「男性行員が撃たれのは?」
「さあ、それはおそらく、20世紀最大の謎などと言われ、話が肥大していくうちに生まれた作り話でしょう。都市伝説的なものですよ」
「うーん。やけにリアルな説だな」
「それから先生、これもひとつの説ですが」
「なんだね」

女生徒は、急に声をひそめた。
「そのときの行員のひとりは、私のおばあちゃんです。もう半分ぼけてるけど、昔のことはよく覚えているんですよね」
「まさか本当に?」
「床下の壺の中に、おばあちゃんのへそくりがあるんですよ。聖徳太子の一万円札がたくさん。怖くて使えなかったんじゃないでしょうか」

「あくまでも、ひとつの説ですが」と付け加えて、女生徒はふふっと笑った。

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コメント 10

SORI

リンさんさん おはようございます。
思いつかなかったです。
誰も思いつかなかったことを、思いつくリンさんはすごいです。
by SORI (2016-09-04 07:32) 

ぼんぼちぼちぼち

いつものリンさんさんのマチエールとはちょっと違う雰囲気だなぁと感じやした。
最近は銀行強盗事件が起こってなくてほっとしやすね。
by ぼんぼちぼちぼち (2016-09-04 12:50) 

みかん

私も未来から誰か来たと思っちゃったんですよね~
平凡(^_^;)
最後の【ひとつの説】 なかなか怖いです
by みかん (2016-09-04 22:50) 

まるこ

おはようございます。

どんなトリックが!?、とラストを
いろいろ想像しながら読みました。
全く予想外のオチで少しゾクッと
しましたよ(^_^;)
でも面白かったです(^^)
by まるこ (2016-09-05 07:52) 

雫石鉄也

1979年1月、大阪市阿倍野区の三菱銀行北畠支店に猟銃を持った男が押し入った。銀行員を人質にして篭城。犯人梅川は射殺されました。
ひょっとして、この事件がこの作品のヒントですか。
このころ私と私のSF友だちはSF作家の眉村卓さんの、ご自宅に集まって、ちょっとした集まりをしてました。
眉村さん宅がこの銀行の近くです。私が地下鉄の駅を降りて、眉村さんの家に行く途中、銀行周辺が騒然としてました。それがこの事件の最中だったのです。
by 雫石鉄也 (2016-09-05 13:52) 

リンさん

<SORIさん>
ありがとうございます。
最初は本当にSFにするつもりだったんですが、書いているうちに変わりました^^
by リンさん (2016-09-05 22:38) 

リンさん

<ぼんぼちぼちぼちさん>
ありがとうございます。
これは、銀行に行ったときに「そうだ、銀行強盗の話を書こう」って思っていろいろ試行錯誤しながら書きました。
いつもとはちょっと違うかも、と私も思いました。
by リンさん (2016-09-05 22:40) 

リンさん

<みかんさん>
ありがとうございます。
ドラえもんの道具があれば出来そう。
ぜったいやらないでしょうけどね^^
by リンさん (2016-09-05 22:45) 

リンさん

<まるこさん>
ありがとうございます。
ありそうな話だけど、警察はそんなに甘くないと思いますね、実際は^^
ゾクッとしてもらえてよかった~^^
by リンさん (2016-09-05 22:50) 

リンさん

<雫石鉄也さん>>
ありがとうございます。
特にヒントにした事件はないんですが、眉村さん宅の近くだったんですか。怖かったでしょうね。
眉村さんとお知り合いだとは聞いておりましたが、ずいぶん親しいんですね。

この話を1970年代にしたのは、聖徳太子の一万円札を登場させたかったからです。
by リンさん (2016-09-05 22:55) 

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