心の記憶 [ミステリー?]
僕たちは草原に来ている。
雨が上がったばかりで草が濡れている。
彼女はサンダルを脱いでスカートの裾をたくし上げた。
踊るように草の間を歩く彼女の髪に太陽の光が降り注ぐ。
ふと立ち止まった彼女が指さす先に、大きな虹が出ていた。
そこでいつも目が覚める。同じ夢を何度も見ている。
あそこがどこで、彼女が誰なのか、僕は知らない。
だけど心当たりはある。
僕は中学生のときに心臓の移植手術をしている。
きっと、僕に心臓をくれた人の心の記憶だと思う。
それは日を増すごとに鮮明になり、ぼんやりだった彼女の顔も、今でははっきりわかる。
「ねえ、あなたもスニーカーを脱いで裸足になりなよ。気持ちいいよ」
そう言って笑う彼女の顔が、どんどん僕に近くなる。
いつも笑っているような優しい目をしている。
「ちょっと、早く起きて」
体を揺すられて目を覚ました。
目の前に、たった今まで見ていた夢の中の女性がいる。
夢と同じ顔で笑っている。
「だ、誰?」思わず飛び起きた。
「やだ、冗談言わないで。愛する妻の顔を忘れたの?」
「妻?」
「もう、怒るわよ。寝ぼけてないで、顔洗ってきて」
そうか、これはまだ夢の中だ。
どうりで、まるで知らない家だ。
知らない家なのに、僕はすんなり洗面所へ行き顔を洗う。
鏡に映った顔を見て、思わず息を止める。
別人だ。鏡の中の男は僕じゃない。
夢だ。これは夢なんだ。
「アキ」と、僕は彼女を呼んだ。
夢の中の僕は、当然のように彼女の名前を知っている。
「ユウちゃん」とアキは僕を呼んだ。もちろん僕の名前じゃない。
「ユウちゃん、ドライブ行こう。素敵な草原を見つけたの」
草原? ああ、夢の中に何度も出てきた草原か。
僕は車を運転する。
17歳の僕は運転免許を持っていないのに、何の躊躇もなくエンジンをかける。
夢の中で僕は、実に悠長に車を運転する。
突然、大粒の雨がフロントガラスを打ち付けた。
「やだ、天気予報外れだわ」
アキが顔を曇らせる。それでもなぜか楽しそうだ。
「すぐ止みそうだよ」
そう、雨がすぐに止むことを、僕は知っている。
雨が止んだ草原に、大きな虹が出た。
僕とアキは裸足になって、いつまでも虹を眺めた。
「生きているって素晴らしい」と、強く思った。
目が覚めた。
長い夢だった。
ベッドで眠る夫が、目覚める可能性はゼロに近い。
「ねえ、ユウちゃん、不思議な夢を見たわ。あなたから心臓をもらった少年の夢よ。夢の中で、少年はあなたの夢を見ていた。ね、変でしょう」
迷っていたけれど、夫の意志を尊重しよう。
きっと誰かが、あなたの命を引き継いでくれる。
夢の中の少年かもしれないと、私は思う。
だって病室の窓から見える虹が、夢の中の虹と同じくらい大きい。
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雨が上がったばかりで草が濡れている。
彼女はサンダルを脱いでスカートの裾をたくし上げた。
踊るように草の間を歩く彼女の髪に太陽の光が降り注ぐ。
ふと立ち止まった彼女が指さす先に、大きな虹が出ていた。
そこでいつも目が覚める。同じ夢を何度も見ている。
あそこがどこで、彼女が誰なのか、僕は知らない。
だけど心当たりはある。
僕は中学生のときに心臓の移植手術をしている。
きっと、僕に心臓をくれた人の心の記憶だと思う。
それは日を増すごとに鮮明になり、ぼんやりだった彼女の顔も、今でははっきりわかる。
「ねえ、あなたもスニーカーを脱いで裸足になりなよ。気持ちいいよ」
そう言って笑う彼女の顔が、どんどん僕に近くなる。
いつも笑っているような優しい目をしている。
「ちょっと、早く起きて」
体を揺すられて目を覚ました。
目の前に、たった今まで見ていた夢の中の女性がいる。
夢と同じ顔で笑っている。
「だ、誰?」思わず飛び起きた。
「やだ、冗談言わないで。愛する妻の顔を忘れたの?」
「妻?」
「もう、怒るわよ。寝ぼけてないで、顔洗ってきて」
そうか、これはまだ夢の中だ。
どうりで、まるで知らない家だ。
知らない家なのに、僕はすんなり洗面所へ行き顔を洗う。
鏡に映った顔を見て、思わず息を止める。
別人だ。鏡の中の男は僕じゃない。
夢だ。これは夢なんだ。
「アキ」と、僕は彼女を呼んだ。
夢の中の僕は、当然のように彼女の名前を知っている。
「ユウちゃん」とアキは僕を呼んだ。もちろん僕の名前じゃない。
「ユウちゃん、ドライブ行こう。素敵な草原を見つけたの」
草原? ああ、夢の中に何度も出てきた草原か。
僕は車を運転する。
17歳の僕は運転免許を持っていないのに、何の躊躇もなくエンジンをかける。
夢の中で僕は、実に悠長に車を運転する。
突然、大粒の雨がフロントガラスを打ち付けた。
「やだ、天気予報外れだわ」
アキが顔を曇らせる。それでもなぜか楽しそうだ。
「すぐ止みそうだよ」
そう、雨がすぐに止むことを、僕は知っている。
雨が止んだ草原に、大きな虹が出た。
僕とアキは裸足になって、いつまでも虹を眺めた。
「生きているって素晴らしい」と、強く思った。
目が覚めた。
長い夢だった。
ベッドで眠る夫が、目覚める可能性はゼロに近い。
「ねえ、ユウちゃん、不思議な夢を見たわ。あなたから心臓をもらった少年の夢よ。夢の中で、少年はあなたの夢を見ていた。ね、変でしょう」
迷っていたけれど、夫の意志を尊重しよう。
きっと誰かが、あなたの命を引き継いでくれる。
夢の中の少年かもしれないと、私は思う。
だって病室の窓から見える虹が、夢の中の虹と同じくらい大きい。
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2016-09-23 18:02
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コメント(14)
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読んでいると極彩色の映像が目の前に浮かびます。
ストーリーもすてきですね。
ミステリーと言うよりもファンタジー?
いやいや、これはきっとSFかもしれません。
人間の記憶と言うのは脳だけに宿るものじゃなくて体の細胞にも宿っているんだと言う説がありますね。
SF小説の上だけではなく、そういう研究もされているようです。
更にこの作品には時間テーマのSFの要素も入ってますよね。
by 海野久実 (2016-09-24 14:09)
こんにちは。
少し切なくなるけど、素敵なお話だなぁって
思いました。
そして虹の景色とか思い浮かべると
ショートアニメになってもとても良い作品になりそう(^-^)
by まるこ (2016-09-25 11:49)
ロバート・F・ヤングを思わせる、素敵なSFに仕上がっていますね。
ただ、少し未整理なところがあります。
ラストの時点では、夫の心臓は移植されていないのですね。
ベッドで眠る夫は脳死状態で、妻が夫の意志を尊重して、心臓摘出承諾を決心したということですね。
だったら、少年の夢は未来の夢ということですね。この「未来の夢」は良いアイデアですが。すこし唐突な印象を受けました。
by 雫石鉄也 (2016-09-26 14:06)
<海野久実さん>
ありがとうございます。
カテゴリー悩みました。これはSFでいいんですね。
角膜を移植した人が、何かの幻像を見たりする話はよく聞きますね。
やっぱり細胞も記憶を持っているんだろうと思います。
by リンさん (2016-09-26 23:16)
<まるこさん>
ありがとうございます。
脳は死んでも心臓が動いていると、たとえ本人が臓器提供の意思表示をしていても、家族は複雑だと思います。
by リンさん (2016-09-26 23:20)
<雫石鉄也さん>
ありがとうございます。
時間が前後していて、わかりずらい構成になってしまいました。
少年が見ている夢と見せかけて、実は妻が見ていた夢、というふうにしたかったのですが、自分でもちょっとわかりずらい気がします。
by リンさん (2016-09-26 23:29)
雨上がりの草原の空にかかる大きな虹。
私の好みの舞台設定です。
お話しは面白いけど私の頭がついていけません。
リンさんの頭の中どうなっているのだろう。
みなさんのコメント読んでああそうなんだと納得。
久し振りの訪問でした。
by dan (2016-09-28 11:43)
<danさん>
ありがとうございます。
そうなんですよ。ちょっとわかりづらかったですね。
ひとりよがりではいけませんね。
雨の日に、草むらを通ってゴミ捨てに行くんです。近道なので。
そのときに、考えた風景です。
ゴミ袋を持っていても、頭の中にはきれいな虹が出ていました(笑)
by リンさん (2016-09-29 14:29)
リンさんさん こんにちは
夢の中の夢、そして、その夢の中の夢、現実なのか夢のなのか
ストーリは違うけれど、韓国ドラマ「私の人生の春の日」を思い出してしまいました。
by SORI (2016-09-29 15:50)
分かりにくいけど、何となくわかっちゃってほんわかした気分になる。
by さきしなのてるりん (2016-10-02 10:08)
<SORIさん>
ありがとうございます。
「私の人生の春の日」、どんなドラマなのか気になります。
今度ネットで見てみますね^^
by リンさん (2016-10-06 18:00)
<さぎしなのてるりんさん>
ありがとうございます。
ちょっとわかりずらい設定でしたけど、いい気分で読み終えていただけたならよかった!
by リンさん (2016-10-06 18:02)
疑問だらけ…
1.心臓移植という重いテーマを「心の記憶」というストーリーにしているのに、「素敵なストーリー」とか「SFファンタジー」て、どうなんだろうか?
2.移植を受けるほうは「生きているって素晴らしい」という一方で、移植提供者のほうでは「生きてきて素晴らしかった」と言えるかどうか? 過去形になるんですけどね びみょーだなと
3.ミステリー?とかいうものでは無い…と思います だいぶ重いテーマを、ちょっとSF風にストーリーに、というのは「どうなのかな?」と
「夢」とか「虹j」とか、「命を引き継ぐ」とか、安易に書ける話では無いよーな??? 少なくとも、テーマが「臓器移植」をベースにしているので、
「いい気分で読み終えて」という気にはなれません
ゴミ捨ての時に、思い付いた「風景」からのストーリーみたいですけど・・・
「~きれいな虹が出ていました(笑)」じゃなくて、「~出ていました(苦笑)」
だと思うのです う~ん・・・ビミョーですね ホントに
読後感は、「ん、、、どうなんかなぁ ちょっと複雑だな」と
難しいですね、こういう話は SFとかファンタジー? う~ん… 最後の結びの部分で:「ちょっと重くない? 実は」と
お茶でも飲みながら、ゆっくり読めるストーリーでは無いと思いますが?
=批判しているわけでは無いんですけどね 単にビミョー…と
by 不思議発見 (2016-10-12 19:09)
<不思議発見さん>
コメントありがとうございます。
簡単に読めるブログ小説なのに、テーマが少し重かったと、私も思っておりました。
こういうご意見もあるのではないかと、思っていました。
ただ、感じ方はそれぞれなので、みなさんのコメントも、私は嬉しく受け止めています。
なるべく楽しい話を提供していきたいと思っていますので、また意見や感想などいただけたら嬉しいです。
ありがとうございました。
by リンさん (2016-10-13 21:02)