セイシツさん [公募]
仕方ないだろう。一夫多妻制は国の方針なんだから。
僕だって大変なんだ。四軒の家を行ったり来たり。
君をないがしろにしているわけじゃないんだ。
そもそも君は「セイシツ」なんだから、どーんと構えていればいいのさ。
夫はそう言って出て行った。三週間ぶりの我が家での滞在時間は、僅か35分だった。
結婚しない男女が増え、少子化がどうしようもなく深刻化した。
そこで国は、子どもの数を増やすために一部の富裕層に、一夫多妻制度を導入した。
古き日本の風習であった「側室」を持つことが認められた上に、側室に子どもが出来れば社会的地位が上がる。
当初は女性蔑視との批判も出たが、実際に子どもの数は増えたし、恋愛よりも側室という若い女も増えた。
やがて「セイシツ」「ソクシツ」などと、如何にも軽い呼び方をされ、その制度は社会に広まっていった。
「カンナの子どもが生まれた。祝いの品を持って行ってくれ」
夫からの短い連絡。
カンナというのは三人目のソクシツで、水商売上がりの若い女だ。
祝いの品など持って行きたくないが、それが習わしとなっている。
セイシツ、ソクシツ間の確執を和らげるために考えられたものだ。
セイシツご用達の店に行き、ベビー服に夫の苗字を刺繍してもらう。
それが祝いの品である。子どもを夫の子として認めた印だ。
そのまま病院に向かうと、カンナは「ヤッホー、セイシツさん」と、大きな胸を更に揺らして手を振った。
「女の子だそうで、おめでとうございます」
「ねえ、セイシツさん、赤ちゃん見た? あっくんにそっくりなんだよ」
あっくんというのは、夫の篤宏のことらしい。私より20歳も若いカンナに、鼻の下を伸ばす夫の顔が浮かぶ。
「ねえ、うちの子何人目?」
「5人目です。第1ソクシツと第2ソクシツとの間に、子どもが2人ずついますから」
「えっ、セイシツさんには子どもいないの?」
「ええ、結婚当初に婦人科系の病気を患って、子どもは諦めました」
「うわあ、かわいそう」
カンナは、憐れむような眼で私を見た。
子どもを諦めた夜、夫は君がいればそれでいいと、優しく抱きしめてくれた。
私は決して可哀想なんかじゃなかった。ふたりの暮らしは、充分に幸せだった。
忌々しいあの制度が出来るまでは。
木枯らしに背中を押されながら帰った。
私に子どもがいたら、夫はソクシツを持たなかっただろうか。
いや、それはない。夫の経済力なら、ソクシツを持たない方が非難される。
そういう世の中なのだ。
カンナが退院してまもなく、我が家にソクシツたちが集まることになった。
子ども同士の交流が目的だ。年に数回行われている。
異母兄弟である子どもたちは、別室で仲良く遊んでいるが、ソクシツたちは険悪だ。
「カンナさん、あなた出来ちゃったソクシツなんですって?」
「正式な契約もせずに妊娠するなんて、どうかと思うわ」
「別にいいじゃん。契約するつもりだったもん。順番が違っただけでしょ」
「ソクシツが増えたせいで、私たちのところに来る回数が減ったじゃないの」
「そうよ。うちの子はまだ幼稚園よ」
「私のところだって反抗期真っただ中よ。父親がいないと困るわ」
カンナがふっと肩をすくめた。
「回数が減ったのは、おばさんたちに飽きたからじゃないの? ねえ、あっくん」
「なんですって!」
怒鳴りあう女たちの間で、夫がオロオロしている。
赤ん坊が寝ているそばで、よくもくだらない痴話げんかが出来るものだ。
私はそんな騒動を尻目に、子どもたちのところへ行く。
「さあ、焼き立てのクッキーよ」
「わあ、おいしそう。セイシツのおばちゃん、ありがとう」
「好きなだけ食べなさいね」
「セイシツのおばちゃん、優しいから好き」
「ボクも好き」
私は、子どもたちを手名付ける。年老いたら面倒を看てもらうためだ。
夫なんて当てにならないし、欲深いソクシツたちなど、端から当てにしていない。
頼れるのは、未来を担う子どもたちだ。
「ボク、セイシツのおばちゃんがママならよかったな。全然怒らないしお小遣いくれるし」
「ボクも」「わたしも」
「じゃあ、おばさんが年を取ったら一緒に暮らしてね」
「うん、いいよ」
こういう特典がなかったら、やってられないわ。
*****
公募ガイド「TO-BE小説工房」の落選作です。
課題は「修羅場」でした。最近本当にレベルが高くて。
難しいな~
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僕だって大変なんだ。四軒の家を行ったり来たり。
君をないがしろにしているわけじゃないんだ。
そもそも君は「セイシツ」なんだから、どーんと構えていればいいのさ。
夫はそう言って出て行った。三週間ぶりの我が家での滞在時間は、僅か35分だった。
結婚しない男女が増え、少子化がどうしようもなく深刻化した。
そこで国は、子どもの数を増やすために一部の富裕層に、一夫多妻制度を導入した。
古き日本の風習であった「側室」を持つことが認められた上に、側室に子どもが出来れば社会的地位が上がる。
当初は女性蔑視との批判も出たが、実際に子どもの数は増えたし、恋愛よりも側室という若い女も増えた。
やがて「セイシツ」「ソクシツ」などと、如何にも軽い呼び方をされ、その制度は社会に広まっていった。
「カンナの子どもが生まれた。祝いの品を持って行ってくれ」
夫からの短い連絡。
カンナというのは三人目のソクシツで、水商売上がりの若い女だ。
祝いの品など持って行きたくないが、それが習わしとなっている。
セイシツ、ソクシツ間の確執を和らげるために考えられたものだ。
セイシツご用達の店に行き、ベビー服に夫の苗字を刺繍してもらう。
それが祝いの品である。子どもを夫の子として認めた印だ。
そのまま病院に向かうと、カンナは「ヤッホー、セイシツさん」と、大きな胸を更に揺らして手を振った。
「女の子だそうで、おめでとうございます」
「ねえ、セイシツさん、赤ちゃん見た? あっくんにそっくりなんだよ」
あっくんというのは、夫の篤宏のことらしい。私より20歳も若いカンナに、鼻の下を伸ばす夫の顔が浮かぶ。
「ねえ、うちの子何人目?」
「5人目です。第1ソクシツと第2ソクシツとの間に、子どもが2人ずついますから」
「えっ、セイシツさんには子どもいないの?」
「ええ、結婚当初に婦人科系の病気を患って、子どもは諦めました」
「うわあ、かわいそう」
カンナは、憐れむような眼で私を見た。
子どもを諦めた夜、夫は君がいればそれでいいと、優しく抱きしめてくれた。
私は決して可哀想なんかじゃなかった。ふたりの暮らしは、充分に幸せだった。
忌々しいあの制度が出来るまでは。
木枯らしに背中を押されながら帰った。
私に子どもがいたら、夫はソクシツを持たなかっただろうか。
いや、それはない。夫の経済力なら、ソクシツを持たない方が非難される。
そういう世の中なのだ。
カンナが退院してまもなく、我が家にソクシツたちが集まることになった。
子ども同士の交流が目的だ。年に数回行われている。
異母兄弟である子どもたちは、別室で仲良く遊んでいるが、ソクシツたちは険悪だ。
「カンナさん、あなた出来ちゃったソクシツなんですって?」
「正式な契約もせずに妊娠するなんて、どうかと思うわ」
「別にいいじゃん。契約するつもりだったもん。順番が違っただけでしょ」
「ソクシツが増えたせいで、私たちのところに来る回数が減ったじゃないの」
「そうよ。うちの子はまだ幼稚園よ」
「私のところだって反抗期真っただ中よ。父親がいないと困るわ」
カンナがふっと肩をすくめた。
「回数が減ったのは、おばさんたちに飽きたからじゃないの? ねえ、あっくん」
「なんですって!」
怒鳴りあう女たちの間で、夫がオロオロしている。
赤ん坊が寝ているそばで、よくもくだらない痴話げんかが出来るものだ。
私はそんな騒動を尻目に、子どもたちのところへ行く。
「さあ、焼き立てのクッキーよ」
「わあ、おいしそう。セイシツのおばちゃん、ありがとう」
「好きなだけ食べなさいね」
「セイシツのおばちゃん、優しいから好き」
「ボクも好き」
私は、子どもたちを手名付ける。年老いたら面倒を看てもらうためだ。
夫なんて当てにならないし、欲深いソクシツたちなど、端から当てにしていない。
頼れるのは、未来を担う子どもたちだ。
「ボク、セイシツのおばちゃんがママならよかったな。全然怒らないしお小遣いくれるし」
「ボクも」「わたしも」
「じゃあ、おばさんが年を取ったら一緒に暮らしてね」
「うん、いいよ」
こういう特典がなかったら、やってられないわ。
*****
公募ガイド「TO-BE小説工房」の落選作です。
課題は「修羅場」でした。最近本当にレベルが高くて。
難しいな~
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2019-04-09 22:16
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コメント(14)
面白かったです! ラストの子ども達が優しくて「修羅場」度が下がってしまったのでしょうか。あれはソクシツさんたちのバトルを見ながら妄想しているか、子ども達もマウンティングしあいギスギスしているかにした方がテーマには添ったと思います。
でも私は今くらいのビターさが好きです。修羅場になりきれない、りんさんの優しさが滲んでいて。
by 傍目八目 (2019-04-10 08:11)
大きな家族の物語ですね。子供を食べ物で釣っているわけではないでしょうが、遊びまわっている大旦那に家族を振り向かせるには、修羅場ではなく、優しい家庭的な味なんでしょうね。
子供に当たる父親ではなく、家族はこうした妻子たちとの総意で成り立っているのでしょうね。側室なんて言うと、何となく、王様のような大旦那を想像してしまいますが、家の事は妻に全面委任という、昔の父親像に通じるものがあると思います。男性に甘い時代ですね。
by 隆 (2019-04-10 14:27)
リンさん、こんばんは。
課題に添って、物語を書くって難しそう。
でも、ガッツリ“修羅場”ですよ、この物語・笑
セイシツさん、強か!
でも、そういう風にしたのは、この制度…というか
優柔不断っぽいだんなさんかも・・・^^;
by まるこ (2019-04-10 21:43)
これでもかっていうぐらい、セイシツとソクシツのゴテゴテドロドロを書けば良かったのではないでしょうか。
by 雫石鉄也 (2019-04-11 13:46)
一昔前に戻ったようなお話でやすね。
昔は制度化こそしてなかったけど、愛人さんを囲ってる男性って少なくなかったでやすよね。
マジな話、あっしはセイシツの子供でやす。
by ぼんぼちぼちぼち (2019-04-11 17:52)
リンさんさん おはようございます。
未来の物語ですが、時代劇の現代版ということでしょうね。一つの世界を体験させていただきました。
by SORI (2019-04-12 07:49)
時代劇でしか聞いたことのないセイシツやソクシツという
言葉が出てきてびっくり、それが現代の制度というのでまたびっくり
これだけで、十分修羅場ですよ。
リンさんの発想、相変わらず凄いところに飛んでいます。
公募小説難しいですね。めげずに頑張って下さい。
by dan (2019-04-12 11:51)
<傍目八目さん>
ありがとうございます。
おっしゃる通り、修羅場間薄かったかもしれませんね。
このテーマで5枚は難しいですね。
最優秀作読んで、感心しました。
数分のことをあんなふうに纏めるなんて。
by リンさん (2019-04-14 09:38)
<隆さん>
一部の富裕層とはいえ、堂々と愛人を囲えるわけですから、男性にとっては甘い世界ですね。
正室はあくまでも、賢くなければやっていけないのかもしれません。
by リンさん (2019-04-14 09:40)
<まるこさん>
ありがとうございます。
そうなんです。課題に合わせて、しかも5枚という制限。
しかもレベルが高くて難しいです。
子どもを増やすためとはいえ、割り切らないと辛い制度ですね。
by リンさん (2019-04-14 09:44)
<雫石鉄也さん>
ありがとうございます。
修羅場って言うと、そんな感じですよね。
きっとこの先、遺産を巡ってドロドロになるかもしれません。
by リンさん (2019-04-14 09:46)
<ぼんぼちぼちぼちさん>
ありがとうございます。
そうですね。それが男のステータスみたいなところありましたもんね。
国の制度とはいえ、全ての子どもを平等に育てるのは、かなりの財力が必要ですね。
by リンさん (2019-04-14 09:54)
<SORIさん>
ありがとうございます。
この制度を決めた人は、時代劇ファンだったのかもしれませんね。
by リンさん (2019-04-14 09:56)
<danさん>
ありがとうございます。
発想だけで突き進んでいるところがあるので、文章力を上げたいと思っています。
まだまだです。。。
by リンさん (2019-04-14 10:01)