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旅人とネコ

むかしむかし、ひとりの旅人が村を訪れた。
「一夜の宿をお貸し願えないでしょうか」
一軒一軒回ったが、どの家にも断られた。
「悪い盗賊が村を襲うんだ。今は知らねえ人を泊めたくねえ」
みな一様にそう言って、旅人を追い返した。
仕方がないので旅人は、村はずれのお堂の中で寝ることにした。
春と言えども夜はまだ寒く、膝を抱えて震えていた。

そこに一匹の黒いネコがやってきた。
「おお、ネコも寒かろう。どれ、懐にお入り」
ネコはニャーと鳴きながら、旅人の懐に入った。
ネコも温かい、旅人も温かい。これはいいと、旅人はネコを抱いて眠った。

夜中に気配を感じて目を覚ますと、大きな影が旅人に覆い被さろうとしている。
「さては村人が言っていた盗賊だな」
旅人は枕元の杖を掴むと、思い切り振り回した。
確かな手ごたえとともに、「ぎゃー」という叫び声。
仕留めたか、と思って目を凝らすと、ネコが倒れていた。
大きな影は、ろうそくの灯りに映しだされた、ネコの影だったのだ。
「おお、なんてことをしてしまったのだ。ごめんよ、ごめんよ」

旅人は、朝になってから大きな穴を掘り、死んでしまったネコを埋めた。
「せめてもの償いだ。立派な墓を作ってやろう」
旅人が手を合わせていると、村人が通りかかって話しかけた。
「何してるんだ?」
「無意味な殺生をしてしまいました。夜中に突然現れたので、杖を一振りしたら死んでしまいました。ああ、なんて罪深いことをしてしまったのでしょう」
「夜中に突然現れた? 杖で一振り? あんた凄いな。盗賊を一発でやっつけたのかい?」
「えっ? いえ……」
「そいつはすごい。旅のお方、腹へってませんか。ぜひうちに来て下せえ」
旅人は、「何か誤解してるなあ」と思いながらも、腹がへっていたのでついて行った。

噂を聞きつけた村人が、次々現れてご馳走を持ってきた。
旅人は昨日から何も食べていなかったので、夢中で食べた。
「旅のお方、どうかもう一晩泊まっていって下せえ」
「そうだ、そうだ。盗賊の仲間が仕返しに来たら大変だ」
旅人は、悪いなあと思いながらも、もう一晩泊まることにした。
風呂ももらい、ふかふかの布団で眠ることが出来た。

ふと気がつくと、布団の上がやけに重い。
目を開けると、5匹の黒いネコが腹の上に乗っていた。
「おまえたち、あのネコの仲間か?仕返しに来たのか?悪いことをしたなあ。本当にごめんよ。そうだ。夜食にもらった握り飯があるからお食べ。せめてもの罪滅ぼしだ」
ネコたちは、腹がへっていたのか夢中で食べた。
そして「もう許す」と言うように、旅人の布団の中に入ってきた。
「そうか、そうか。温かいか。朝までここにいてもいいぞ」

それからしばらくして、乱暴な足音とともに障子が開けられた。
「やい、金をよこせ。さもないと命はないぞ」
盗賊だ。よりによって旅人の寝床に盗賊がやってきた。
「ひええ」と布団の中で震えていたら、盗賊がガバッと布団を剥がした。
「ぎゃああああ」
叫び声を上げたのは盗賊の方で、どういうわけか何も取らずに一目散に逃げて行った。
「いったいどういうことだ?」
旅人は、5匹のネコを見て、「ああ、なるほど」と思った。

盗賊は、布団の中で光る10個の目が、恐ろしい化け物に見えたのだ。
おそらくもう、この村には来ないだろう。
「ありがとうよ。お前たちのおかげで助かった。私はじきに旅立つが、お前たちはこの家で飼ってもらえるように家主に頼もう。大事にするように言っておくから安心しなさい。何しろ私は、盗賊を二人もやっつけたことになっているからな」
旅人は高らかに笑った。
そして村人たちに惜しまれながら村を後にした。
もう二度と、ネコを傷つけないことを胸に誓いながら、旅人は歩き続けるのであった。



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ぼんぼちぼちぼち

日本昔ばなしでやってほしいくらいよく出来たお話しでやすね。
by ぼんぼちぼちぼち (2020-04-01 19:09) 

SORI

リンさんさん こんばんは
楽しく読ませていただきました。不思議と懐かしい物語の流れでした。
by SORI (2020-04-02 19:05) 

リンさん

<ぼんぼちぼちぼちさん>
ありがとうございます。
ああ、市原悦子さんに朗読してほしかったですね(笑)
by リンさん (2020-04-04 16:08) 

リンさん

<SORIさん>
ありがとうございます。
たまには昔話風にしてみました^^
by リンさん (2020-04-04 16:09) 

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