宮本商店の笹飾り

宮本商店でガムを買ったら、おつりと一緒に短冊を渡された。
「願い事を書いて、店先の笹に吊るしな」
「いらないよ」
「書きなよ。あんた小学生の頃、うちの笹に吊るした願い事が叶ったんだろう。万歳三唱しながら報告に来たじゃないか」
「いつの話？　おばちゃん、僕はもう高校生だよ」
僕は、ガムと小銭をポケットに入れて、短冊を置いて店を出た。
店先の笹飾り。小学生の僕は、何を願ったんだっけ？

宮本商店は、５年前にコンビニになったけど、僕らは今も宮本商店と呼んでいる。
近所のおばさんのたまり場だった店は、学生やトラックの運転手がたくさん来るようになった。

家に帰ると、中学生の妹が短冊に願い事を書いていた。
「お帰り。短冊、お兄ちゃんの分もあるよ」
「いらねえよ。そんなの書いてどうするんだよ」
「宮本商店の笹に飾るの。だって、お兄ちゃんの願い事、叶ったんでしょう」
「いつの話だよ」
僕はソファーに寝そべりながら考えた。
小学生の僕は、どんな願い事をしたんだっけ？
成績が急に上がった記憶はない。
初恋が実ったのは中２だし、懸賞が当たったこともない。

「書けた。お兄ちゃん、一緒に吊るしに行こう」
「やだよ。ひとりで行けよ」
「もう暗いもん」
台所から母が顔を出す。
「行ってあげなさい。女の子ひとりじゃ物騒よ」
僕は渋々立ち上がり、妹と一緒に家を出た。

田舎の道は真っ暗だ。
宮本商店の灯りだけが、砂漠のオアシスみたいに輝いて見える。
「おまえ、何を願ったの？」
「２５メートル泳げますように」
「は、まだ泳げないの？　だせえ」
「７月中には泳げるようになるよ。願いが叶うから」
妹は、真剣な顔で短冊を吊るした。
店の中を覗くと、おばちゃんはまだレジにいた。
笑顔だけど、何となく疲れているように見える。
客が帰ると、肩を落として腰をポンポンと叩いた。

「お兄ちゃん、宮本商店がコンビニになってよかったね。それまでこの町にコンビニなかったもんね」
妹の言葉に、僕はハッとした。思い出した。
小学校の時の願い事。

『宮本商店が、コンビニになりますように』だった。

それはたぶん、僕が短冊に書く前に決まっていたことなんだろう。
だけど願いが叶ったと思い込んで、万歳三唱をしたアホだった。
笹に吊るされた短冊の中に、やけに達筆なものがあった。
『いいアルバイトが見つかりますように　店主』

今度は僕が、おばちゃんの願いを叶えてやろうかな。

コメント 8

いえいえ、
もしかしたら、
主人公が短冊に書いた事が、
迷っていた店主さんの
決断の後押しをしたのかもしれません＾＾
誰かのたった一言が運命を変えて、
また新たな人生の始まりになる事も
ありますよね＾＾
主人公もバイトをする事で、
また何か新しい出会いがあるかもしれません＾＾

by 青山実花 (2023-07-07 08:30) 

いい話しでやすのぅ。
おにいちゃん、きっといいバイトくんになれやすね！
by ぼんぼちぼちぼち (2023-07-07 13:45) 

なるほど。田舎にコンビニがあると便利ですね。（田舎でもコンビニが欲しいですね。私は神戸の東灘という都会地に住んでますから、歩いて10分以内にローソン、セブンイレブン、ファミリーマートがありますからコンビニのありがたさは判りません）
と、同時に田舎のコンビニの経営の難しさも表現してるんですね。
by 雫石鉄也 (2023-07-07 14:24) 

リンさんさん　おはようございます。
温かな流れを感じる物語です。願い事を重い出汁のですね。
by SORI (2023-07-08 06:51) 

＜青山実花さん＞
ありがとうございます。
ああ、そういう見方もありますね。
きっとたくさん悩んで、一歩踏み出したのかも。
by リンさん (2023-07-13 22:18) 

＜ぼんぼちぼちぼちさん＞
ありがとうございます。
おばちゃんが楽できるように、お兄ちゃんに頑張ってもらいましょう＾＾
by リンさん (2023-07-13 22:21) 

＜雫石鉄也さん＞
ありがとうございます。
私はそこそこ田舎に住んでいますが、ラッキーなことに徒歩７分のところにセブンがあります。
他には何もありません。
田舎あるあるなのか、配達もしてくれる店です。
ありがたいです。
by リンさん (2023-07-13 22:26) 

＜ＳＯＲＩさん＞
ありがとうございます。
願いが叶って大騒ぎしたのに、どうして忘れちゃったんでしょうね。
小学生の願い事なんて、そんなものかもしれませんね。
by リンさん (2023-07-13 22:28)