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先祖代々のおひなさま

私の家には、立派なお雛様がありました。
先祖代々引き継いだ、7段飾りのお雛様です。
我が家は昔から女系家族で、なぜか一人娘しか生まれない家でした。
だから母も祖母も曾祖母も、婿を迎えて来たのです。
「あなたもお婿さんをもらって、この家とお雛様を守るのよ」
ずっとそう言われて育ったので、私もそう思っていました。

しかし突然異変が起きました。弟が生まれたのです。
両親も祖父母も大喜びです。毎日祭りのような騒ぎでした。
ピカピカの五月人形が飾られて、この家を継ぐのは弟だと言われました。

甘やかされて育った弟は、小学生になると「広い部屋が欲しい」と言い出しました。
両親は、奥の座敷を改装して、弟の部屋にすると言うのです。
「えっ、じゃあ、お雛様はどこに飾るの?」
「お雛様はもういいわ」
「だって、毎年出していたのに、お雛様が可哀想よ」
「いい加減にして。高校生にもなって何言ってるの」
程なくして、奥座敷は、我が家でいちばん立派な子ども部屋になりました。

私は納屋に行ってお雛様の箱を開けました。
「ごめんね。もう飾ってあげられないの。いつか大きな家に嫁いだら、迎えに来るわ」
そんな約束をかなえられないまま月日は流れ、私は東京で一人暮らしをしています。
家にはもう居場所がないので、滅多に帰りません。

そんなある日、母から電話が来ました。
弟が、20歳で結婚したというのです。
相手は25歳の水商売の女で、お腹に弟の子どもがいるというのです。
「突然お腹の大きな女を連れてきて、籍を入れたって言うのよ。財産目当てよ。騙されたのよ。あの子優しいから付け込まれたのよ」
母が寝込んでしまったので、一度家に帰ることにしました。

弟の隣に、腹の大きな女がいました。
「お義姉さん、よろしくで~す」
お世辞にも育ちがいいとは言えない人でしたが、母がいうような性悪にはみえません。
「あなた、予定日はいつなの?」
「あー、3月3日です」
「性別はわかってるの?」
「あー、女の子っぽいです。つーか、絶対女の子。だって予定日、桃の節句ですよ」
義妹は、可愛い顔で笑いました。
「だったらうちのお雛様を飾るといいわ。納屋に入ってるの。先祖代々伝わる7段飾りの立派なお雛様よ。よかったわ。女の子で」
弟が、ふふんと鼻で笑いました。
「誰が飾るかよ、あんな古臭いもの。今どき7段飾りなんてリサイクルショップにも売れないぜ。先祖代々かなんか知らねえけど、だいたいさ、何で死んだ人を敬わなきゃいけないわけ。あの納屋だってガラクタばっかだし、いっそ燃やしてあそこに車庫でも建てるかな。欲しい車があるんだ」
ひどい言いように、思わず手が出そうになったとき、ピシャリといい音がしました。
義妹が弟を思い切り平手打ちしたのです。
「先祖代々の何が悪いの? あんたが暮らす大きな家も広い庭も、先祖代々守ってきたものでしょうが。納屋を燃やして車庫を建てるだと? 車を買う金もどうせ親に出してもらうんでしょ。稼ぎもないくせに偉そうに言うな」
この人すごい。家でいちばん偉そうに分反り返っていた弟が「ごめん、ごめん」と謝っている。この人になら、お雛様を引き継げる。

春が来て、義妹は女の子を産みました。
初節句には、ふたりでお雛様を飾りました。
「部屋が狭くなる」と文句を言っていた弟も、見事なお雛様に圧倒されていました。
「お義姉さん、あたし、毎年飾るから」
義妹の言葉に、お雛様も嬉しそうです。よかった。本当によかった。

ところで、弟が思いのほか早く片付いてしまったので、母は私の縁談に精を出すようになりました。
「いいお婿さんを見つけて、やっぱりあなたに家を継いでほしいわ」
ウンザリしました。
「家もお雛様もいらない。もう引き継いじゃったもん」
うららかな春の午後、私はやっと自由になった気がしました。

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