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ぬか床LOVE

ヨネさんとルームシェアを始めて1年。
連れ合いを亡くし、子どもたちは好き勝手に生きている。
境遇が似ていたから意気投合して、一緒に暮らすことにしたんだ。
家賃も食費も光熱費も半分ずつ。
年金が出た日は贅沢したけど、基本的には質素な暮らしだ。
漬け物とみそ汁があればそれでいい。
何しろヨネさんのぬか漬けは最高だ。

楽しい日々は続かなかった。
ヨネさんは、心臓マヒでぽっくり逝っちゃったんだ。
ピンピンコロリがいいねって言ってたけどさ、早すぎるよ。

悲しむ間もなく、ヨネさんの息子がやってきて、金目の物を探し始めた。
宝石や通帳、ベッドの下に転がった100円玉も持って行った。
何だかね、あまりにも情がないよ。
「ちょっとあなたたち、ヨネさんのこと、聞きたくないの? この家でどんなふうに暮らしていたか、知りたくないの?」
「好きなように生きてたんでしょう。それでいいじゃないですか」
「慎ましい人だったよ。働き者できれい好きな人だったよ。お酒を飲むと、たまに寂しいってつぶやいてたよ」
「僕だっておふくろを放っておいたわけじゃないですよ。一緒に暮らそうって何度か声をかけたけど、独りのほうがいいって本人が言ったんです」
「嫁が迷惑そうな顔してたって、ヨネさん言ってたよ。泊りに行ったら物置部屋みたいなところに寝かされたってね」
「あなたに関係ないでしょう。うちにも事情があるんだよ」

息子は立ち上がった。
「ちょっと待って。ヨネさんのぬか漬けがあるよ。食べていくかい?」
「結構です」
「ぬか床、持っていくかい? ヨネさんが大事にしてたものだよ」
「いりませんよ。あんなデカい壺、置き場所がないし、妻が嫌がります」
「そう。ヨネさんの宝物なのにね。じゃあ、あたしがもらうね」
「どうぞ」
息子は帰った。もう会うことはないだろう。

あたしは、ヨネさんのぬか床をかき混ぜた。
毎日毎日、ヨネさんがかき混ぜていた大事なぬか床。
腕を伸ばして、底にあるビニール袋を取り出す。
「ああ、よく漬かっているね」
ぬか床の底に隠した札束。ざっと500万はあるね。
ヨネさん、あんたの息子、ぬか床いらないってさ。あたしにくれるってさ。

絶対あたしに触らせなかった、ヨネさんのぬか床。
あたしの予想は的中したね。
ああ、でもあの息子、ヨネさんのぬか漬けを少しでも懐かしがったら、宝物の正体を教えてあげたのに。
仕方ないね。ありがたく使わせてもらうよ。
冥途の土産に、海外旅行でも行こうかね。

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