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足跡 [ミステリー?]

目覚めてカーテンを開けると、まぶしいほどの銀世界。
いつものことだ。春が来るまで、雪が溶けることはない。
ふと見ると、門からドアまでまっすぐに足跡がついていた。
大きな男の靴跡だ。いったい誰のものだろう。

新聞も郵便も、門のポストに入れていく。
チャイムも鳴らさずドアの前まで来るのは、夫くらいしか思いつかない。
しかし夫は東京だ。雪を嫌い、冬は東京で暮らしている。
出会ったころは夢を語るジャーナリストだったが、私の両親の遺産が入った頃から仕事をしなくなった。

そんなわけで、この家には私しかいない。
ドアまで続いた足跡は、引き返した様子はない。足跡は、一方通行だ。
まさか、家の中に入って潜んでいる? 不審者だろうか。
恐る恐る、各部屋を覗いて回った。何の気配も感じなかった。
息を潜めても、物音すら聞こえない。
頼るような友達もいないし、東京の夫に言ったところで帰ってきてくれる可能性はゼロだ。
結局私は怯えたまま、1日を過ごした。

翌朝も、足跡はついていた。同じように門からドアまで。
しかし家に誰かがいる気配はまるでない。ドアにベルを取り付けてみたけれど、それが鳴ることはなかった。
ただ足跡だけが、朝になると門からドアまで続いているのだ。
翌日も、その翌日も、足跡はあった。

私はふと、違和感を覚えた。
同じなのだ。雪の深さ、照り返し、足跡の歩幅、何もかもが毎朝同じだ。
まるで同じ映像を繰り返し流しているようだ。
これは夢か。それとも私がおかしくなったのか。

数日が過ぎた朝、カーテンを開けると足跡がなかった。何だか胸騒ぎがした。
チャイムの音が鳴り響き、窓から外を見ると、ふたりの男が門の前に立っていた。
そのうちのひとりの男が、まっすぐにドアの方へ歩いてきた。
ザックザックと雪を踏む靴跡は、まさに毎朝見ていたものだ。
歩幅も同じ。
この男だったのか。険しい顔をしている。
いったい私をどうするつもりだろう。
あれは予知夢だったのだろうか。この男に襲われるという警告。

ドンドンドンと激しく扉を叩く。怖い、怖い。
私は上着を羽織って、裏口から逃げた。
しかしそこにはもうひとりの男がいて、私は腕を掴まれた。
男は私の名前を確認し、警察手帳を見せた。
「ご主人が、遺体で発見されました。事情を聴きたいので署までご同行ください」

ああ…。
私は、雪の上に崩れ落ちた。
この日を恐れていた。ずっとずっと恐れていた。

雪が嫌いと言って東京に行った夫には、女がいた。
だから殺してやった。あんたが嫌いな雪の中に埋めてやった。
春までは見つからないと思ったのに。
雪が私を守ってくれると思ったのに。

ふたりの刑事に支えられてふらふら歩く私の足跡は、消えそうなほどに小さかった。

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間違いさがし [ミステリー?]

雑誌の間違いさがし。
『ふたつの絵には、間違いが5つあります』
4つまでは簡単に見つけられる。
だけど最後のひとつが、なかなか見つからなかったりする。

わたしの人生の間違いさがし。
彼とわたしの間違いさがし。

1つめ・彼を愛したこと。
2つめ・彼に奥さんがいたこと。
3つめ・妻とは別れるという、彼の言葉を信じたこと。
4つめ・彼の車にわざとイヤリングを落としたこと。

5つめは…何だったかしら。5つめの間違いがわからない。
ああ、なんだろう。頭がうまく回らない。
思考が麻痺してるみたい。
だんだん意識が遠くなる。

『世田谷区○○アパートで、女性が腹などを刺されて死亡しました。容疑者の女は被害者と不倫関係にあった男の妻で…』

ああ、5つめの間違い、わかったわ。
彼の奥さんが、とても怖い人だったということ。
穏便に話しましょうって言いながら、隠したナイフでめった刺しだもの。

もしも生まれ変わったら、今度はわたし間違えないわ。
間違いさがしなんかしない人生を…
そんな人生、あるかしら?

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ミスターマロン [ミステリー?]

ミスターマロンは名探偵よ。
本名は栗林栗太郎。子供の頃はいがぐり頭で、ニックネームはもちろん栗ちゃん。
大好物は栗饅頭で、そのせいか体型は、栗というより洋梨かしら。
「くだらない紹介はやめてくれないか。ミススイートポテトくん」

ミススイートポテトは、優秀な助手である。
本名を薩摩紅子という。
大好物は大学イモで、おかげで体重は…イテ!
「くだらないこと言ってないで、事件ですよ」

依頼人は、ぶどう園を経営する武藤(38)。
朝ぶどう園に行くと、大量のぶどうが盗まれていたという。
「丁寧な仕事ぶりから見て、同業者だと思うんです。しかも近所の人ではないかと。警察沙汰にはしたくないので、探偵さんに犯人を捜していただきたいんです」
「ということは、犯人の目星がついているんですか?」
「はい」

容疑者は3人。
りんご農家の林田(50)。
梨園を経営する梨田(41)。
武藤のぶどう園でアルバイトをしていた峰田(25)。

犯行が行われたと思われる時刻は、午後11時。
その時間に、ぶどう園を出る車のライトを窓から見たという。
「てっきり道に迷った車がUターンしたのかと思ったんです。まさか泥棒だったとは」
マロンは、さっそく3人にアリバイを聞いた。

林田の証言
「僕は毎晩9時に寝るんだ。寝たら朝まで起きないよ。本当だよ。妻に聞いてみてよ」
「ええ。主人は確かに9時に寝たわ。そのあと出かけたかどうかはわからないわ。だって私も寝たら朝まで起きないもの。前にね、主人が夜中にこっそり女のところに行っていたことがあるのよ。あのときは、本当に離婚を考えたわ。」
「おいおい、そんな古い話やめてくれよ」
「それから私、寝るときに鍵を枕の下に置いて寝るようになったの」
「ほお、鍵をねえ」

梨田の証言
「僕はその時間、インターネットをしていたよ。最近はネットの注文が多いから、夜はノートパソコンをチェックしてるよ。ほら、きのうのメールだよ。お客様に注文の確認メールを送ったのが11時。家にいた証拠だよ」
「どれどれ、ちょっと拝見。幸水、豊水?梨の種類ですね。巨?これはなんです?」
「大きさですよ。特に大きい梨のことです」
「ほお、食べてみたいものですな」

峰田の証言
「僕は友達と飲んでいました。やっと就職が決まったお祝いに。夜中の1時ごろまで飲んでました。友達に聞いてみてくださいよ」
「はい、確かに峰田君と飲んでました。就職出来てすごく嬉しそうでした。1時ごろまで一緒でしたよ。あ、でも峰田君、彼女に電話するとか言って、一度席を外したな。10時ごろかな?酔っぱらってたからよく覚えてないけど。1時間くらいいなかったと思いますよ」
「ほお、1時間ねえ」

「うーん。難しいですね、ミスターマロン。林田には証人がいない。しかも鍵がなくても家を出ることはできるでしょう? 梨田は確かにインターネットをやっていたみたいだけど、今どきネットはどこでもできるわ。峰田には空白の1時間がある。手慣れた峰田なら1時間で犯行は可能じゃないかしら」

「いや、ミススイートポテトくん、この中で、犯行を行えるのは1人しかいないよ」
「え?じゃあ、もう犯人が?」
ミスターマロンには犯人がわかったようだ。
さて、優秀な諸君にもわかったかな?秋の味覚でも食べながら、考えてくれたまえ。

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お月見の写真で申し訳ない^^
そしていつもより話長くて申し訳ない。

<解決編>

「さあ、ミスターマロン、犯人は誰なんです?」
「犯人は、車を使って犯行を犯した。林田は車には乗れない。なぜなら奥さんが枕の下に置いて寝ているのは、車の鍵だからだ。夫を出かけさせないためには、車に乗れないようにするのが一番だからね」
「なるほど。家の鍵じゃなかったのね」
「それから、峰田は酒を飲んでいる。やっと就職が決まったのに、飲酒運転なんかするだろうか。現に彼は代行で帰ったと記録されている」
「そうよね」
「つまり犯人は残る一人、梨田だ。彼はノートパソコンを持って出かけた。そして犯行後に客にメールを打ったんだ」
「でも、なぜそんなことを?」
「注文票の不自然な〝巨″の文字。これは特大という意味ではない。巨峰の略だ。彼は梨しか作っていないのに、巨峰の注文を受けてしまった。どこかで仕入れようと思ったが値段が合わない。そこで、今回の犯行に及んだというわけだ」
「さすがですね。ミスターマロン」

梨田の家の倉庫には、きれいに箱詰めされたぶどうがあった。
「さて、どうしますか?武藤さん」
「私は、ぶどうさえ返ってくればいいんです。警察沙汰にはしません。それにしても丁寧な仕事だ。梨田さん、ぶどうを作ってみたらどうですか?私、協力しますよ」
「武藤さん、あんた、なんていい人なんだ」

これで一件落着。え?上手く行きすぎだって?まあまあ、情けは人のためならずっていうでしょ。

「やれやれ、事件も無事に解決したし、ミススイートポテトくん、栗饅頭でも買ってきてくれないか」
「ミスターマロン、またメタボになりますよ。それより、期間限定の紅芋タルトにしましょ」
「ミススイートポテトくん、また体重が…イテ!」

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君への手紙 [ミステリー?]

お元気ですか?
君に手紙を書くなんて初めてですね。驚いたかな。
僕は今、取材である島に来ています。詳細は教えられないけれど、日本の、どこか南の島とだけ書いておきます。
ここには電気がありません。住民は、文明とまったくかけ離れた生活をしています。
パソコンもタブレットも、スマホはおろか電話も使えない。連絡方法は、1日1度の郵便船だけです。信じられる?
コンビニもない。カラオケもない。テレビもない。

最初は耐えられなかった。辛かったです。
ヒマさえあればネットばかりやってた僕が、9時には寝ています。
この島に伝わる聖水を飲むと、本当にすっきり眠れるのです。
夜は真っ暗だけど、星がすごくきれいです。
朝はすっかり早起きです。朝の匂いってわかる?都会にいた頃は感じたことなかったけど。
ニワトリが生んだ卵を取に行くのは僕の仕事です。
この島には若い人がいないから、重宝されています。

そんなわけで、僕は元気です。
急にラインもメールも返せなくなったから、君が心配していると思って手紙を書きました。
取材が終わったら、また夜通しゲームやろうね。



暑中お見舞い申し上げます。2通目の手紙です。
東京の夏は相変らず蒸し暑いですか?僕は元気です。
きのうは夏祭りがありました。
普段は年寄りばかりなのに、祭りの夜だけは若者や子供がたくさんいました。
きっとどこかから遊びに来たのでしょう。
だけど翌朝には子供たちはいませんでした。きっと退屈で帰ってしまったのでしょう。
僕は帰ることはできません。取材だからね。
不思議なことに、ここの暮らしは僕に合っているかも…なんて思うこの頃です。
ゲームも、最近やりたいと思わなくなってきました。

秋には帰れると思います。
ここはカメラNGだから、スケッチしながらメモしています。
ノートは3冊になりました。
帰ったらデータを作るんだけど、パソコンの使い方忘れてないかな(笑)
もし忘れてたら君にも手伝ってもらうよ。よろしく。
では、お元気で。



お元気ですか?これは3通目の手紙だが、今までの手紙、ちゃんと届いたかな。
少し心配になってきた。
この島は、何だか変だ。
ある夜、なぜか眠れなくて夜中に外に出た。月のない夜は、本当に真っ暗だ。
だけどある一角に、灯りが煌々と点いていた。
海岸から少し高台にある樹木で覆われた建物。
立ち入り禁止のロープが張られ、土砂崩れの危険があるから近づくなと言われた場所だ。

それはランプや松明の灯りとは明らかに違う。電気の灯りだ。
こっそり入り窓から覗くと、作業服を着た男がひとり、居眠りをしていた。
何より驚いたのは、そこに大きなコンピューターがあったことだ。
かなり精密なコンピューターが、休むことなく稼働していた。
更に見ると、いくつかのロボットが充電器につながれていた。
それは、あのお祭りの時にいた子供と若者だった。

思えばこの島に来てから、僕は一度も夜中に目を覚ましたことがなかった。
毎晩出される聖水に、睡眠薬が入っていたのではないかと思う。
あの夜、僕は聖水を飲まなかった。虫が入ってしまったからだ。だから眠れなかった。
思えばこの島の住人達もどこかおかしい。いっしょに畑仕事をしていても、トイレに行くのを見たことがない。汗もかいていなかった気がする。
ロボットかもしれない。少し探ってみようと思う。

この手紙が、無事に君の元に届くかどうかわからない。郵便船の船乗りも本物かどうかわからない。
だけどどうか心配しないで。僕は必ず帰るから。

***

「彼から来た3通目の手紙です。治療は失敗です。彼が聖水と呼ぶ薬を飲むことによって、彼は理想の暮らしを作り出すことが出来ました。穏やかで静かな暮らしです。しかし薬を1日飲まなかっただけで、それは崩れてしまいました。また1からやり直しです。彼に手紙を書きました。これを渡して、部屋を移動させて下さい。今度は絶対成功させます」

『手紙読みました。そこは危険です。すぐに脱出してください。私の仲間を迎えにやるから』

彼はひどいネット依存症から、現実とネットの世界との区別がつかなくなった。
今は窓もない殺風景な病室にいる。この治療が上手く行ったら、彼と文明のない小さな島で暮らそうと思っている。ふたりだけで静かに、穏やかに。

****

暑い暑い暑い暑い(何回書くんじゃ)
あまりに暑くて、お話が思いつきません。ちょっと間が空いちゃった。スミマセン。
みなさん、熱中症に注意してね。水分取ってね。

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プラスチックの町 [ミステリー?]

町にプラスチック工場が出来たのは、ぼくが10歳のときだった。
田んぼと畑と寂れた商店街しかない町に出来た工場は、輝くテーマパークみたいに見えた。

専業主婦だった母さんは、プラスチック工場にパートで働きに出た。
母さんだけじゃない。町の主婦たちは、待ってましたとばかりに働きに出た。
みんな働き口を求めていたのだ。

9時から5時まで週5日、母さんは休まず働いた。
その分家事は多少手抜きになったけれど、母さんが生き生きとして楽しそうだったから僕と父さんは何も言わなかった。

食卓で母さんは、いつもプラスチック工場の話をした。
○○さんは仕事が遅いとか、○ラインが誤作動を起こしたとか、まるで興味のない話だったけど、母さんが楽しそうだったから僕たちはちゃんと耳を傾けた。

たまに厚化粧のおばさんは来て、母さんに化粧品を売りつけた。
ほとんど化粧をしなかった母さんが、きれいになるのは嬉しかった。だけどこのおばさんのような厚化粧はしないでくれと、子供心に僕は思った。

お金にも余裕が出来たのか、母さんはおしゃれになった。
職場の付き合いで夜遅く帰ることもあった。
そんなときは出前を取ったりして、それなりにわくわくした。
だけどその回数は日に日に増えて、ある日母さんは、とうとう帰って来なかった。

学校から帰ると、母さんの荷物が消えていた。服や通帳や化粧品。お気に入りのアクセサリーは持っていったのに、テーブルには結婚指輪が置いてあった。
プラスチック工場の主任と駆け落ちしたことは、町じゅうの噂になった。
「じきに帰ってくるさ。腹を痛めた子供を捨てられるはずがない」
父さんはそう言って酒をあおった。
だけど母さんは帰って来なかった。僕はあっさり捨てられたのだ。
父さんは日に日に酒の量が増え、酔うと決まってプラスチック工場の悪口を言った。
「あの工場さえなければ」

1年後、プラスチック工場は、火事で全焼した。
真夜中に何度も爆発が起こり、町じゅうが震える大惨事だった。
火事の原因は放火で、まもなく父さんが逮捕された。
父さんは馬鹿みたいにあっさり犯行を認めた。
事件がニュースで報道されたら、母さんが帰ってくるとでも思ったのだろうか。
結局母さんは帰って来なかった。両親を失くした僕は、遠くの町の施設に入った。
この町に何の未練もない。11年暮らした町を、振り返ることもしなかった。

18歳まで施設で暮らし、僕は大人になった。
父さんは、病気になって獄中で死んだ。母さんに逢いたい気持ちはすっかり失せた。
昔のことは忘れた。プラスチック工場の名前さえ忘れてしまった。


忘れたはずなのに、時おり大きな波のように僕を襲う。
燃えさかる炎、黒い煙、プラスチックが燃える独特な臭い。
そして、なかなか火が点かないライターを何度も擦った、親指の痛み。

プラスチック工場を恨んだのは僕だ。
事件を起こせば母さんが帰ると信じたのは僕だ。
消えることのない恐ろしい罪を犯したのは僕だ。

思い出さないのではなく、思い出せないのだ。
あの町のすべてが、パキパキと音を立てて崩れてしまう。
あの頃の父さんによく似た僕が、鏡に映っている。
まるで生きていないようだ。
プラスチックのコップを、夕焼けが照らしていた。
まるでプラスチックが燃えているように見えて、思わず目をそむけた。

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クウォーター [ミステリー?]

勉強に疲れて顔を上げると少女が見えた。夕暮れの図書館は、静寂に包まれている。
少女は、ブラインドから差し込む西陽を避けながら、ゆっくり近づいてきた。
空いている席などいくらでもあるのに、僕の前に座って静かに微笑んだ
つやのある黒い髪に透き通るような白い肌、瞳は深い海のような碧だ。
ハーフだろうか。
「クウォーターよ」
心を読んだように、少女が言った。
「陽が沈むわ」
窓の外が淡い藍色に染まると、閉館を告げるチャイムが鳴った。
席を立って並んで歩いていたはずなのに、外に出ると少女の姿は消えていた。

それから少女は、決まって夕暮れに現れた。勉強をするでもなく、ただ座って微笑んだ。
僕たちは、少しずつ話すようになった。
名前はエマ。僕と同じ17歳で学校へは行っていない。
多くを語らないが、いつもどこか淋しげだ。
僕は碧い瞳に見つめられるたびに、エマに魅かれていった。
告白したのも、夕暮れの図書館だった。
エマは静かに微笑みながら言った。
「今から母に会ってくれる?」
閉館のチャイムが流れる図書館で、僕はゆっくり頷いた。

エマの家は、図書館から少し離れた森の中にあった。
太陽も届かないような深い森は、日が暮れるとまるで闇の世界だ。
黒い壁と蔦で覆われたエマの家は、ただひとつの灯りも点いていなかった。
母親はいないのだろうか。
「いるわ」
エマが言った。また心を読まれた。

エマはドアを開けると、ランプを灯して中に入った。
「電気はつけないの?」
「母が嫌うから」
エマは頼りないランプの灯りで足元を照らしながら、奥の扉を開けた。
階段があった。しかも地下に続いている。
「地下室があるの?」
「ええ、母は光に当たるといけない病気なの」
逃げ出したい気持ちを抑えながら、エマの後に続いた。

肌寒い地下室には、黒い箱がひとつ。ちょうど人がひとり入れるくらいの箱。
映画で見た西洋の棺桶のようだ。
エマがふたを開けると、そこにはミイラのように痩せ細った女が寝ていた。
「母よ」エマが言った。
黒い服で全身を隠し、青白い顔をしている。しかも、棺桶のような箱で眠っている。
おまけに光を嫌うなんて、まるで…。
「吸血鬼よ」
エマが、また心を読んだ。

「おじいさまが吸血鬼だったの。母はハーフだから、半分は吸血鬼よ。定期的に生き血を飲まなければ死んでしまうわ。それなのに母は、それを拒んだ。あくまでも人間にこだわったのよ。それで、こんな姿になってしまったの」
ランプが妖しく揺れた。
いつの間にかエマが僕の背後にぴたりと寄り添っている。
声をあげる間も与えられないまま、エマが僕の首筋に歯をあてた。
血を吸われている。エマの喉がコクリと音を立てた。
痛みは感じない。むしろ不思議な心地よささえ感じた。
「母のようにはなりたくないの」エマが唇を離した。
「心配しないで。私はクウォーターだから、多くの生き血は必要ないの。ときどきこうして血を吸わせてくれれば、生き延びることができるわ」
エマはそう言って、唇についた血を細い指で拭った。
その仕草はため息が出るほど美しい。エマのためなら血を吸われたってかなわない。

「ありがとう」
エマが言った。また心を読まれた。そんなことはどうでもいいと、僕はエマを抱きしめた。

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夢を売る男 [ミステリー?]

私は昼間たっぷりと眠り、夜になると目を覚ます。
誰もが寝静まった真夜中、仕事に出かける。
人の夢の中に入り込むのが、私の仕事だ。
そしてその夢を、そっくり盗んでしまうのだ。
夢を見たような気がするけど憶えていない。そんなことがあるだろう。
それは私が、あなたの夢を盗んでいるからだ。

盗んだ夢をどうするか?
もちろん売る。買い手は、小説家や映画監督だ。
夢は面白い。奇想天外、何でもあり。SF、ファンタジー、ラブロマンス。
私が売った夢を元にした映画は次々に大ヒット。大きな賞も獲った。

さて、今日のターゲットはMだ。
Mはいつも、実に面白い夢を見る。Mの夢は人気があり、高額で買い取ってもらえる。
しかもMはホームレスだから、簡単に近づけるのだ。

私はMに近づき、いつものように夢の中に入った。
今日の夢はサスペンスのようだ。Mはナイフを持っている。誰かを殺す目的で歩いている。
道はまるでゲームのように、障害物だらけだ。
地下道、トンネル、崖の上、そして突然現れた山小屋みたいな家の前で立ち止まる。
いつの間にか激しい雨が降っている。
Mは不吉な笑いを浮かべて家の中に入る。すごい雨なのに、まるで濡れていない。

Mはベッドで寝ている誰かに向かって、ナイフを振りかざした。
「あっ」
私は思わず声を出してしまった。
なぜなら、ベッドに寝ていたのは、紛れもなくこの私だったのだ。
Mは、一瞬手を止めたが、再びナイフを振りかざした。
「やめろ!」
夢の中とはいえ、殺されるのは気分が悪い。タブーを破って叫んでしまった。
Mは振り返り、私のところに歩いてきた。

ナイフを私に向けながら、Mは不気味な顔で笑った。
「あんた、俺の夢でいくら稼いだんだ。この盗っ人が」
ナイフを私の胸に突き刺した。
夢だ。これは夢だ。死ぬわけがない。
信じられないほどの血が流れ、体中がしびれた。
死ぬわけない。これは夢なんだ。
「あんたは死ぬけど、俺は殺人者にはならない。夢の中の殺人は罪にはならないって教えてくれたんだよ。もうひとりのあんたが」
Mはそう言うと、突然消えた。
おそらく目が覚めたのだろう。しかし私は置き去りにされたままだ。
意識が遠のいてくる。夢なのに、私は死ぬのか。

ベッドを降りてもうひとりの私が近づいてきた。
「おまえはMに近づきすぎた。だからMの夢におまえ…つまり私が出てきたのだ。夢の中で私はMをそそのかした。おまえを殺すようにけしかけたんだ」
「なぜ…そ…んな…ことを…」
「決まってるだろう。私がおまえに取って代わる為だ。おっと、Mが完全に起きる前に、ここから出なくてはな」

もうひとりの私は、息も絶え絶えの私を残し、夢の中から出て行った。
闇の中で私は私の声を聞いた。
「この夢は、最高傑作になりそうだ」

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ショッピングモールでかくれんぼ [ミステリー?]

巨大ショッピングモールで、恋人の加奈とはぐれてしまった。
はぐれたというより、加奈が突然いなくなってしまったのだ。
捜していると、店内放送が僕の名前を呼んだ。

『お呼び出しを申し上げます。○○からお越しの山田さま、加奈さまからのご伝言をお預かりしています。1Fインフォメーションまでお越しください』

「すみません、山田です。加奈からの伝言をいただきに来ました」
「はい、山田さま、加奈さまからお手紙を預かっております。ここにいるから来てほしいとのことです」

受け取った手紙を開けると…

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???なんだ、これ?かくれんぼだって?
加奈はとってもイタズラ好きで、いつもこんな推理ゲームで僕を悩ませるんだ。
さあ、加奈はどこにいるのかな?
ねえ、みんなもいっしょに考えてくれるかな。

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<解答>

あ~!わかった!!
みんなもわかったかな。

カギは(きみオニ さがせ)だよ。
「きみオニ」は「きみ」を「に」つまり、「き」と「み」を「に」に変換するんだ。
「さがせ」は「さ」が「せ」。だから「さ」を「せ」に変換。
そしてもうひとつ。最後の「・・・かな」は名前じゃない。・・・(3つの・)をかな(仮名)に変換するんだ。
つまり、・=てん となる。

全て変換して読んでみよう。

『にしかんのにかい せいかてんのかどうせつ にてんめのほうせきてんにいるわ』
『西館の2階 生花店の角右折 2店めの宝石店にいるわ』

そういうことか。

僕はさっそく西館2階の宝石店に行った。
「加奈ちゃん、み~つけた」
「もう、山田くん遅いわ」
「ごめん、ごめん」
「ねえ、せっかくだから指輪でも見て行きましょう」
「え…?今日お金持ってないよ」
「見るだけよ。婚約指輪の下見よ」
「こ、婚約?」
「そうよ。そろそろプロポーズしてくれないと、また隠れちゃうわよ」
「加奈ちゃん…」
僕は加奈ちゃんの逆プロポーズみたいなセリフにドキドキしながらも、指輪の値段に驚いた。
高いなあ。今度は僕が隠れたくなった。

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赤い着物の女 [ミステリー?]

雪深い山のふもとに、男はひとりで暮らしていた。
静かな深夜である。扉を叩く音で男は目覚めた。
用心深く扉を開けると、若い女が今にも凍えそうに震えていた。
赤い着物に雪が降り積もり、髪もぐっしょりと濡れている。
「悪い男に追われています」
女はすがるような目で男を見た。

「それは大変だ」男は女を家に入れて火鉢にあたらせた。
「着物がびしょ濡れだ。奥の部屋に、死んだ女房の着物がある。着替えて来なさい」
女は何度も礼を言って立ち上がった。
それと同時に、ドンドンと乱暴に扉を叩く音がした。
「ああ、あの男が追って来たのかもしれません」
女は怯えて奥の部屋に隠れた。

隙間から覗くと、体格のいい厳つい顔の男が立っていた。
いざとなったら脅して追い返そうと、男は玄関先の鎌を握りしめた。
「夜分に申し訳ない。赤い着物の女がここに来ませんでしたか?」
顔に似合わず丁寧な物腰だ。鎌を放して扉を開けた。
「さあ、来ていないが…」
「そうですか。もし来ても、中に入れてはいけませんよ」
「なぜだ?」
「その女は恐ろしい殺人鬼です。あなたは人里離れたところに暮らしているから知らないかもしれませんが、何人もの村人が無残に殺されているのです」
男は思わず固唾をのんだ。
「私の身内もあの女に殺されたんですよ。剣で胸を一突きです。やっと捕まえたのに途中で逃げられました」

女は殺人鬼には見えない。しかしこの男も、悪い男には見えない。
この男の言うように女が殺人鬼なら、男も殺されてしまうだろう。
しかしこの厳つい男がとんでもない悪人なら、女はどんな目に遭うかわからない。
結局男は、「女はいない」と嘘をつき、厳つい男を帰した。

女がそろそろと襖を開けて出てきた。
「お着物、たくさんあるんですね。遠慮なくお借りしました」
若草色の着物も、女にとてもよく似合った。
女が男の横に座り、手拭いで髪を拭いた。
なまめかしい仕草だ。

「私が怖くありませんか?」
女がつぶやくように言った。
「怖い?なぜだ」
「さっきの男が言ったでしょう。私が殺人鬼だって」
女の髪のしずくが男の膝にぽたりと落ちた。
「私は誰も殺してませんよ。たまたま殺害現場の近くにいただけなんです。殺人鬼は赤い着物を着ていたそうです。そして私の着物も赤。それだけなんですよ。それなのにあの男、私を犯人と決め付けてひどいことを…」
女は泣きながら男に寄りそった。
「あんたには殺せないよ」
男が女の肩を抱いた。
「信じてくださるのね。嬉しい」
「信じるさ。あんたのようにか弱い女に、あんな大男が殺せるわけがない」
女の肩がぴくりと動いた。

「あの男は…身内が殺されたとしか言ってません。なぜ、大男だとわかるのです?」
女は這うように後ずさり、男から離れた。
そういえば、死んだ女房の着物がたくさんあるのに、この家には位牌も写真もない。
おかしい。
この男こそが殺人鬼ではないか。
女物の着物を着て、村で無差別に殺人を繰り返しているのではないか。

男が静かに立ち上がった。
「おれは赤い着物など着たことはない」
穏やかな笑みだった。女はいくらかほっとして、ぎこちない笑みを返した。
「返り血を浴びて、赤くなっただけだ」
男がにやりと笑った。
「凶器も剣ではない」
その手には、よく砥がれた鎌が光っていた。

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飲むな! [ミステリー?]

ひどく喉が渇いていた。
なぜこんなに渇いているのかわからないが、カラカラだった。

僕は公園を歩いていた。早朝で誰も歩いていない。
水飲み場を見つけて走る。
よかった。これで喉がうるおう。
蛇口をひねろうとして手が止まった。蛇口に札がかかっていたのだ。
『飲むな!』

飲むな?飲めない水なのか。汚染されているのかもしれない。
僕は諦めて家に帰った。
冷蔵庫を開けてみたが、中は空っぽだった。なぜだ?
仕方ないので水道の水を飲もうとした。
するとそこにも『飲むな!』の札がかかっていた。

どういうことだ? ここは僕の家だ。誰が札をかけたのだろう。
もしかしたら、この町の水道全てが飲めなくなっているということか?
とにかく喉がカラカラだ。コンビニで買ってこよう。
財布を探したが見つからない。
そんなことをしているあいだに、僕の喉は限界を迎えた。

近所に住む友達の家に走った。
ドンドンと扉を叩くと、迷惑そうに出てきた。
「何だよ。こんな朝っぱらから」
「水くれ!水を飲ませてくれ」
「冷蔵庫に入っているから勝手に飲めよ」
友達はそう言って布団にもぐりこんだ。
冷蔵庫を開けるとペットボトルの水が輝いていた。
手をのばして取ろうとしたら、蓋にまた札がかかっている。
『飲むな!』

「おい、この水、飲んでいいんだよな」
「飲みたきゃ飲めばいいだろう」
友達は面倒臭そうに言って再び寝た。
飲みたきゃ飲め…死んでもいいなら飲め…ということか?
もう限界だ。だけど死ぬのはいやだ。
テーブルに無造作に置かれた小銭を掴んだ。
「ちょっと借りるぞ」寝ている友達にそう言って外に飛び出した。
コンビニに入って水に手をのばした。

まただ!また『飲むな!』の札がかかっている。
全ての飲み物に、『飲むな!』の札がかかっている。
この店は、飲めない水を売っているのか。
そう叫びたかったが、喉が渇きすぎて声が出ない。
コンビニを飛び出すと向かいの奥さんがホースで水を撒いていた。
水だ、水だ、思わずホースに手をのばすと、そこにも『飲むな!』の文字が。
もうだめだ。僕はその場に倒れこんだ。

気が付いたら公園のベンチで寝ていた。
夕べ飲み過ぎて、こんなところで寝てしまったようだ。
喉がカラカラだ。だからあんな夢を見たのだろうか。
僕はのろのろ起き上がり、公園の水飲み場に向かった。
蛇口に手をのばすと、そこにはやはり、『飲むな!』の札がかかっていた。
ああ!何ということだ。夢じゃなかったのか。
僕は頭をかかえてその場にしゃがみ込んだ。
絶望感に心が張り裂けそうだ。もう一生水が飲めないのだろうか。

彼は気づいていなかった。
『飲むな!』の前に、小さく書かれた文字。
蛇口に口をつけて 飲むな!』

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