おじいちゃんの雲 [ファンタジー]
海の日の連休。海の日なのに、山にいる。
おじいちゃんのお葬式のため、ママの実家に来ている。
山以外何もない田舎。来たくなかった。
野球の試合があったのに。
5年生になって初めてレギュラーになれたのに。
*
葬式は、子供にとっては退屈なだけだった。
悟郎はずっと不機嫌だった。
いとこたちは、もう大きくて相手をしてくれない。
大人たちは昨夜から夜通し飲み、葬式の後でまた飲んでいた。
故人を偲び笑ったり歌ったり、葬式とは思えないほど盛り上がっている。
「おじいちゃん、賑やかなのが好きだったからね」
と母親は悟郎の隣を離れ、ビールを注いでまわったり、親戚達と肩を叩きあいながら笑ったりした。
父親は、とっくにつぶれて寝ている。
つまらない…
悟郎はひとり、縁側から外に出た。
夕方の山は、襲ってきそうなほど近くに見えた。
大きな木がお化けみたいに揺れた。
裏口の方から、トンと音が聞こえた。
悟郎がそっと覗くと、痩せたおじいさんが薪を割っていた。
手を止め、振り向いたおじいさんは、さっきまでさんざん写真で見ていた、悟郎のおじいちゃんだった。
幻を見ているのかと、目をこすっている悟郎に、おじいさんは笑いかけた。
「おお、悟郎か。大きくなったなあ」
「お、おじいちゃん…なんで?」
「家の中はうるさくてかなわん。だから外に出てきたんだよ。悟郎と同じだ」
「でも、おじいちゃんは賑やかなのが好きだって、ママが言ってたよ」
「限度があるだろう。あの連中は騒ぎすぎだ。
それに、ワシがいたら、悪口も言いにくかろう」
「おじいちゃんの悪口言う人なんて、ひとりもいないよ。
みんな、働き者でいい人だったって言ってたよ」
「そうかい、そうかい。
でも、悟郎には悪いことをしたな。せっかくレギュラーになったのに」
おじいさんは、優しい顔で言った。
悟郎はハッとした。おじいちゃんの悪口を言う人がいるとしたら、それは僕だ…と思った。
ずっと不機嫌だった。葬式なんてつまらないとずっと思っていた。
「それで悟郎はピッチャーかい?ショートかい?センターかい?」
「外野だよ」
「そうか、外野か。うん、大したもんだ」
悟郎は、小さい頃カブトムシを捕ってくれたおじいさんの笑顔を、急に思い出した。
「おじいちゃん、ありがとう」
おじいさんは、うんと頷き汗も出ていないのにタオルで顔を拭った。
「明日の朝、東の空を見てごらん」
おじいさんは、そう言うと静かに消えた。
「悟郎、こんなところにいたの?ヒマなら片づけを手伝ってちょうだい」
どうやらようやく、お開きになったようだ。
座敷に戻ると、おじいさんの写真が、さっきと同じ顔で笑っていた。
*
翌日、帰り支度を終えて外に出ると、悟郎は東の空を見上げた。
そこには、虹色に輝く雲があった。
「あら、雲の中に虹があるみたい。きれいね」
母や父や親戚達がいっせいに空を見上げた。
「あの雲は、おじいちゃんだよ。おじいちゃんが雲になったんだ」
「そうかもね…おじいちゃん、賑やかなのが好きだったから、雲になっても賑やかだわ」
母が言うと、みんなは頷いた。
「うるさくてかなわん」と言ったおじいさんを思い出して、悟郎は笑いそうになったけど、みんなが泣きそうな顔で空を見上げていたから、何も言わなかった。
やがて七色の雲が、他の雲に隠れてしまうまで、悟郎は空を見ていた。
彩雲っていうらしいですね。虹のような雲。
高速を走っているときに見つけて写真を撮ったのですが、車の中からの撮影なのでイマイチ。
横浜あたりでは、もっときれいに見えたらしいですね。
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おじいちゃんのお葬式のため、ママの実家に来ている。
山以外何もない田舎。来たくなかった。
野球の試合があったのに。
5年生になって初めてレギュラーになれたのに。
*
葬式は、子供にとっては退屈なだけだった。
悟郎はずっと不機嫌だった。
いとこたちは、もう大きくて相手をしてくれない。
大人たちは昨夜から夜通し飲み、葬式の後でまた飲んでいた。
故人を偲び笑ったり歌ったり、葬式とは思えないほど盛り上がっている。
「おじいちゃん、賑やかなのが好きだったからね」
と母親は悟郎の隣を離れ、ビールを注いでまわったり、親戚達と肩を叩きあいながら笑ったりした。
父親は、とっくにつぶれて寝ている。
つまらない…
悟郎はひとり、縁側から外に出た。
夕方の山は、襲ってきそうなほど近くに見えた。
大きな木がお化けみたいに揺れた。
裏口の方から、トンと音が聞こえた。
悟郎がそっと覗くと、痩せたおじいさんが薪を割っていた。
手を止め、振り向いたおじいさんは、さっきまでさんざん写真で見ていた、悟郎のおじいちゃんだった。
幻を見ているのかと、目をこすっている悟郎に、おじいさんは笑いかけた。
「おお、悟郎か。大きくなったなあ」
「お、おじいちゃん…なんで?」
「家の中はうるさくてかなわん。だから外に出てきたんだよ。悟郎と同じだ」
「でも、おじいちゃんは賑やかなのが好きだって、ママが言ってたよ」
「限度があるだろう。あの連中は騒ぎすぎだ。
それに、ワシがいたら、悪口も言いにくかろう」
「おじいちゃんの悪口言う人なんて、ひとりもいないよ。
みんな、働き者でいい人だったって言ってたよ」
「そうかい、そうかい。
でも、悟郎には悪いことをしたな。せっかくレギュラーになったのに」
おじいさんは、優しい顔で言った。
悟郎はハッとした。おじいちゃんの悪口を言う人がいるとしたら、それは僕だ…と思った。
ずっと不機嫌だった。葬式なんてつまらないとずっと思っていた。
「それで悟郎はピッチャーかい?ショートかい?センターかい?」
「外野だよ」
「そうか、外野か。うん、大したもんだ」
悟郎は、小さい頃カブトムシを捕ってくれたおじいさんの笑顔を、急に思い出した。
「おじいちゃん、ありがとう」
おじいさんは、うんと頷き汗も出ていないのにタオルで顔を拭った。
「明日の朝、東の空を見てごらん」
おじいさんは、そう言うと静かに消えた。
「悟郎、こんなところにいたの?ヒマなら片づけを手伝ってちょうだい」
どうやらようやく、お開きになったようだ。
座敷に戻ると、おじいさんの写真が、さっきと同じ顔で笑っていた。
*
翌日、帰り支度を終えて外に出ると、悟郎は東の空を見上げた。
そこには、虹色に輝く雲があった。
「あら、雲の中に虹があるみたい。きれいね」
母や父や親戚達がいっせいに空を見上げた。
「あの雲は、おじいちゃんだよ。おじいちゃんが雲になったんだ」
「そうかもね…おじいちゃん、賑やかなのが好きだったから、雲になっても賑やかだわ」
母が言うと、みんなは頷いた。
「うるさくてかなわん」と言ったおじいさんを思い出して、悟郎は笑いそうになったけど、みんなが泣きそうな顔で空を見上げていたから、何も言わなかった。
やがて七色の雲が、他の雲に隠れてしまうまで、悟郎は空を見ていた。
彩雲っていうらしいですね。虹のような雲。
高速を走っているときに見つけて写真を撮ったのですが、車の中からの撮影なのでイマイチ。
横浜あたりでは、もっときれいに見えたらしいですね。
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2010-07-20 17:37
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コメント(8)
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暑いですねえ。。。
夏といえば、怪談ですね。
怖い話かなあと思ってたら、
ほのぼのとした幽霊の話でほっとしました。
だけど、実際にボクがこんな感じで、死んだじいさんを目撃したら、
ビビりまくると思います!(笑)
by ヴァッキーノ (2010-07-20 18:51)
優しいお話ですねぇ
おじいちゃんの悪口を言うとしたら、それは僕だって、
気がつく少年の心がすげぇいいと思いました。
それからラストの雲をみんなが見上げるとこ!
素敵だなぁ!
by 矢菱虎犇 (2010-07-20 20:51)
<ヴァッキーノさん>
ほのぼの系にしました。
これは、あの虹色の雲から連想させて話を作ったんです。
だから悪い霊じゃダメだったんですよ。
天国にいけないからね(笑)
by リンさん (2010-07-20 23:46)
<矢菱さん>
ありがとうございます。
遠くにいるおじいさんのお葬式より、野球の方がいいというのは、子供にしてみれば無理もないことですよね。
旅先であの雲を見つけたときは、みんなでずっと空を見上げていました。
すごくきれいだったんですよ。
by リンさん (2010-07-20 23:51)
とってもいいお話ですね。
生前のやさしいおじいさんが目に浮かぶようです。
邪心悪心いっぱいの私には まぶしすぎるお話です。σ(^_^;
きれいな雲ですね。
ニュースで見ましたが、今の人もけっこう 空を見上げているんだな~。
by もぐら (2010-07-21 11:35)
< もぐらさん>
ありがとうございます。
あの雲、私は茨城で見ましたが、広い範囲で見られたようですね。
たまたまカメラを持っていて良かったです。
by リンさん (2010-07-21 13:30)
優しいお話ですね。素敵な雲の贈り物。
それに。。。写真の虹色の雲もきれいです。
なんだか、あったかい気持ちになりました。
ありがとう。。。
おじぃちゃんの優しい笑顔
私も。。。今もはっきりと思いだせます。
これは、一生の宝ですね。
このお話を読ませていただいて、気付いたんですけど
たしかに、小さい子供にとってお葬式って
退屈かもしれませんね。
おじぃちゃんのお葬式の時。。。
私は、おじぃちゃんは実は、生きてるかもしれない。。。と思っていて
退屈どころじゃなかったから。。。
改めて、「そうだよね。。。」なんて、思っちゃいました。(笑)
by 春待ち りこ (2010-12-30 17:40)
<りこさん>
さっそく読んでくれて、ありがとうございます。
海の日に出かけたときに、この雲を見つけて考えた話です。
りこさんとおじいさんの思い出には全くかないませんが、祖父との思い出があまりない私にとって、理想のおじいちゃん像なんです。
by リンさん (2010-12-31 06:53)