花火奉行 [コメディー]
初めて彼女の家に招かれたのは、猛暑が続く夏の夜だった。
彼女の父親は、どこかの大学教授で、厳しい人だと聞いていた。
「は、はじめまして…ユキコさんとおつきあいさせていただいてます、タナカと申します」
僕は1年間冷凍庫に入れっぱなしだったアイスのように固まっていた。
「タナカ君、堅苦しい挨拶はいい。外に出なさい」
「え…外?」
外に出てどうするんだ。まさかいきなり殴られるとか…
広い庭に出ると、真ん中に白いテーブルがあり、その上に蚊取り線香・蝋燭・ライター・そして大量の花火が置いてあった。
「タナカ君、花火は好きかね?」
「あ…はい!子供の頃はよくやりました」
「タナカ君、花火を子供のものと決め付けるのはよくないな。風のない暑い夏の夜、花火以外にやることがあるかね?」
「はあ、おっしゃるとおりです」
「わかったらバケツに水を入れてきなさい」
僕がバケツに水を入れて戻ると、みんなが着実に準備を進めていた。
母親が蚊取り線香に火をつけ、四隅に置いた。
父親が大きな蝋燭に火をつけた。真剣な顔が炎に照らされた。
「さあ、はじめよう」
父親が言うと、みんなが花火を手に取った。
「タナカ君、君も花火を持ちなさい」
「はい」
僕は遠慮がちに線香花火に手をのばした。
「こら!線香花火は最後だ!そんなことも知らんのか!」
「す、すみません」
「お父さん、仕方ないわよ。タナカ君は初めてなんだから」
ユキコが「ススキ花火から始めましょう」と、先っぽにひらひらが付いた花火を渡してくれた。
みんなが適当な距離を取り、輪になって花火に火をつけた。
「タナカ君、次の花火を用意しなさい。終わってしまうだろう」
見ると、みんな右手に次の花火を持っていた。
そうして火を絶やさぬように次々に火をつけていった。流れ作業のようで、少しも楽しくない。
僕はちょっとおどけて、花火を回してみた。
「ほら、きれいだよ」
「こら!花火で遊ぶな!」
途端に父親に怒られた。
ひと通り終わると、次は筒の花火を取り出した。
父親が慎重に花火を地面に置くと、みんなはきっちり測ったように3メートルほど後ろに下がった。
「よし、つけるぞ」
父親が筒の花火に火をつけ、すごい速さでみんなのところまで下がった。
筒から炎が勢いよく吹き出した。
父親が「うん」と頷き、母親、ユキコ、妹も「うん」と頷いた。
わけがわからないが、僕も「うん」と頷いた。
「次は僕が火をつけましょう」
そう言ってライターに伸ばした手を叩かれた。
「ふざけるな!タナカ君、筒に火をつけるなんて10年早いよ。
私だって先代からお許しが出たのは40を過ぎてからだ」
「えええ~…」
派手な花火が終わると、残るのは線香花火だけだ。
みんなは、こじんまりと丸くなり、しゃがんで線香花火に火をつけた。
頼りない光が、チリチリと踊り、やがて小さな玉になってぽとりと落ちた。
静まりかえった雰囲気に耐え切れず、
「何か地味っすね」と笑いかけて頬が引きつった。
みんなが落ちた玉を見つめて泣いていたのだ。
静かできれいな涙だった。
何かつらい思い出でもあるのだろうか。
僕も思わずもらい泣きをした。
「さあ、終わろう」
父親が、何もなかったように立ち上がった。
「滞りなく済んでよかったわ」
と母親が立ち上がり、「いい花火だったわ」とユキコと妹が立ち上がった。
僕も立ち上がって家に入ろうとしたら、母親に止められた。
「タナカ君、いちばん下っ端が後片付けをすることになっているのよ」
「え?下っ端…?」
「火の始末をきちんとしてね」
ユキコがバケツを僕に渡した。
え~…?バケツを持った僕に、父親がとどめをさした。
「タナカ君、片づけが終わったら帰っていいよ」
えええ~??
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彼女の父親は、どこかの大学教授で、厳しい人だと聞いていた。
「は、はじめまして…ユキコさんとおつきあいさせていただいてます、タナカと申します」
僕は1年間冷凍庫に入れっぱなしだったアイスのように固まっていた。
「タナカ君、堅苦しい挨拶はいい。外に出なさい」
「え…外?」
外に出てどうするんだ。まさかいきなり殴られるとか…
広い庭に出ると、真ん中に白いテーブルがあり、その上に蚊取り線香・蝋燭・ライター・そして大量の花火が置いてあった。
「タナカ君、花火は好きかね?」
「あ…はい!子供の頃はよくやりました」
「タナカ君、花火を子供のものと決め付けるのはよくないな。風のない暑い夏の夜、花火以外にやることがあるかね?」
「はあ、おっしゃるとおりです」
「わかったらバケツに水を入れてきなさい」
僕がバケツに水を入れて戻ると、みんなが着実に準備を進めていた。
母親が蚊取り線香に火をつけ、四隅に置いた。
父親が大きな蝋燭に火をつけた。真剣な顔が炎に照らされた。
「さあ、はじめよう」
父親が言うと、みんなが花火を手に取った。
「タナカ君、君も花火を持ちなさい」
「はい」
僕は遠慮がちに線香花火に手をのばした。
「こら!線香花火は最後だ!そんなことも知らんのか!」
「す、すみません」
「お父さん、仕方ないわよ。タナカ君は初めてなんだから」
ユキコが「ススキ花火から始めましょう」と、先っぽにひらひらが付いた花火を渡してくれた。
みんなが適当な距離を取り、輪になって花火に火をつけた。
「タナカ君、次の花火を用意しなさい。終わってしまうだろう」
見ると、みんな右手に次の花火を持っていた。
そうして火を絶やさぬように次々に火をつけていった。流れ作業のようで、少しも楽しくない。
僕はちょっとおどけて、花火を回してみた。
「ほら、きれいだよ」
「こら!花火で遊ぶな!」
途端に父親に怒られた。
ひと通り終わると、次は筒の花火を取り出した。
父親が慎重に花火を地面に置くと、みんなはきっちり測ったように3メートルほど後ろに下がった。
「よし、つけるぞ」
父親が筒の花火に火をつけ、すごい速さでみんなのところまで下がった。
筒から炎が勢いよく吹き出した。
父親が「うん」と頷き、母親、ユキコ、妹も「うん」と頷いた。
わけがわからないが、僕も「うん」と頷いた。
「次は僕が火をつけましょう」
そう言ってライターに伸ばした手を叩かれた。
「ふざけるな!タナカ君、筒に火をつけるなんて10年早いよ。
私だって先代からお許しが出たのは40を過ぎてからだ」
「えええ~…」
派手な花火が終わると、残るのは線香花火だけだ。
みんなは、こじんまりと丸くなり、しゃがんで線香花火に火をつけた。
頼りない光が、チリチリと踊り、やがて小さな玉になってぽとりと落ちた。
静まりかえった雰囲気に耐え切れず、
「何か地味っすね」と笑いかけて頬が引きつった。
みんなが落ちた玉を見つめて泣いていたのだ。
静かできれいな涙だった。
何かつらい思い出でもあるのだろうか。
僕も思わずもらい泣きをした。
「さあ、終わろう」
父親が、何もなかったように立ち上がった。
「滞りなく済んでよかったわ」
と母親が立ち上がり、「いい花火だったわ」とユキコと妹が立ち上がった。
僕も立ち上がって家に入ろうとしたら、母親に止められた。
「タナカ君、いちばん下っ端が後片付けをすることになっているのよ」
「え?下っ端…?」
「火の始末をきちんとしてね」
ユキコがバケツを僕に渡した。
え~…?バケツを持った僕に、父親がとどめをさした。
「タナカ君、片づけが終わったら帰っていいよ」
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2010-07-29 21:02
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コメント(10)
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こんばんは~。
花火のフルコースですね。
なんだかありそうなお話でコワイ・・・。
あ、でも線香花火はわかる気がします。
泣かないけどね(^^ゞ
でも写真の花火 なんてツッコミどころ満載なんでしょう・・・。
ぜひ 花火後の感想を聞かせてくださいね(^o^)/
by もぐら (2010-07-29 23:17)
タイトルが決まってますね!
花火と鍋奉行を結びつけるっていう発想がスゴイです。
それにしても、この花火の画像・・・・・・。
ボクももぐらさんと同じ意見です(笑)
カレーの匂いの花火って。。。
ちなみに、今夜はカレーです。
by ヴァッキーノ (2010-07-30 19:39)
花火のしきたりって確かに家々でありそうですね。
うちに出入りするからは花火のしきたりをまず知りなさいみたいな。
花火って視覚的にももちろんキレイだし、そこをみんな求めるんだろうけど、あの煙を上げて燃える花火の火薬が鼻にツンとくるのが僕は好きです。
線香花火の、松葉の雫って感じの儚い火花も好きだなぁ~
読んでて久しぶりに花火をやりたくなっちゃいました。
あ、僕は今日のお昼、夏野菜カレーを食べました。
by 矢菱虎犇 (2010-07-30 20:38)
< もぐらさん>
写真の花火に食いつくなんて、さすがもぐらさん。
これ、実家の父にもらったんです。
近々やる予定。私も気になります(笑)
by リンさん (2010-07-31 23:34)
<ヴァッキーノさん>
ありがとうございます。
おっしゃるとおり、鍋奉行の花火版です。
ヴァッキーノさんもカレーでしたか。
我が家もカレーでした。
夏はご飯をナンに変えて食べることが多いです。
ビールに合うのよ^^
by リンさん (2010-07-31 23:38)
<矢菱さん>
花火をテーマに、いい話を書こうと思ったのですが、気づいたらこんな話になってました。
花火のしきたりは、あまり厳しいと楽しくないですね。
私は両手に花火を持って、振り回すのが好きです。
線香花火の儚い感じもいいですね。
by リンさん (2010-07-31 23:46)
花火奉行・・!
怖いよう。花火は好きなように楽しみたいなぁ。
片づけが終わったら帰っていいよなんて、お父さんの評価はいまいちだったようで、ユキコさんとの今後は大丈夫なのかしら・・。
もう何年も花火していないなあ・・。久し振りにやってみたいです。
by あきえもん (2010-07-31 23:48)
花火奉行、着想が素晴しいです!
線香花火で泣くなんて、ちょっと不気味(笑)
しかし、あれはなぜ奉行なんだろ、家老や代官じゃいけないんですか?
カレー花火ってどういうこと? ライスの上に普通に盛り付けるような絵ですな??
by 銀河径一郎 (2010-08-01 19:13)
< あきえもんさん>
きっと、この家のしきたりでは、何度かいっしょに花火をした後、ようやく家に入れてもらえるんじゃないでしょうか。
タナカ君には、頑張ってほしいですね。
by リンさん (2010-08-01 21:31)
<銀河佳一郎さん>
ありがとうございます。
ふふ、確かに鍋奉行とネーミングした人、見事ですよね。
花火の画像に食いつく人が多くて、驚いています。
早くやらなくちゃ(^0^)
by リンさん (2010-08-01 21:44)