雲、作ります [ファンタジー]
私の仕事は、雲職人である。
文字通り、雲を作るのが仕事だ。
依頼があれば、どんな雲だって作る。
「ソフトクリームの雲を作って!」
幼い女の子からの依頼だ。
「不死鳥が羽根を広げたような、美しい雲を作ってちょうだい」
年配のご婦人からの依頼だ。
「空を裂いて突き進む、飛行機雲を作ってくれ」
中間管理職のサラリーマンからの依頼だ。
いろいろな依頼がある。ケーキ・お花・動物…形あるものは何でも作る。
ある日、ひとりの女が訪ねてきた。
若く美しい女だが、表情は暗かった。
「雲を作ってほしいの」
「はい、どのような形にしますか?」
「何でもできるの?」
「形があるものなら何でも出来ますよ」
女はバッグから1枚の写真を取り出してテーブルに置いた。
笑顔の男性が写っていた。
「この人の雲を作ってほしいの」
人間の形を作るのは珍しいことではなかった。
「失礼ですが、この方は承知されていますか?
勝手に作るのは違法となっておりますが」
「承知も何も、彼はこの世にいないわ」
女はわっと泣き出した。写真の彼は、女の死んだ恋人だったのだ。
私は彼の雲を作った。
「期限は3年間です。途中で解約はできませんが、よろしいですか?」
「もちろんいいわ。永久に一緒にいたいくらいだわ」
女は喜んで家に帰った。
女の頭上には、常に死んだ恋人の雲が浮かんでいた。
その雲は、彼女を強い日差しから守り、時には乾いた心を雨で潤した。
女は、幸せだった。
ところが…
1年も経たないうちに、女が再び訪ねて来た。
「この雲を消してほしいの」
女はまるで邪魔者のように、雲を指さした。
「期限はまだ残っておりますが…」
「もう、うんざりなの。いつまでも過去に縛られて生きていくのは嫌なの」
どうやら新しい恋人が出来たらしい。
「途中解約は出来ないと申し上げましたよね」
「わかっているけど、お願い、何とかして」
「仕方がありませんね。特別処置をしましょう。
この薬を雲にかけてください。1週間ほどで雲は消えます。
ただし、新しい薬なので、副作用の確認が出来ていません。それでもよろしいですか?」
「けっこうよ。ありがとう」
女は喜んで帰って行った。
そんなものさ…と私はつぶやいた。
1週間後、再び女が訪ねて来た。
ひどくやつれて、真っ赤な目をしていた。
「いったいどうしたのです?」
「どうもこうもないわ。この1週間、彼の雲がずうっと泣くの。
消さないでくれ…忘れないでくれ…挙句の果てに、薄情者って私をなじるし、新しい彼と会おうものなら大変!竜巻を起こすって脅かすのよ。
雲はようやく消えたけど、彼とはダメになるし、結局私一人ぼっちよ」
女は恋人が死んだときより、ずっと悲しそうな顔だった。
あの薬は、まだまだ改良の余地があるな。
彼女には気の毒なことをしてしまった。
心変わりは、罪ではないのに…
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文字通り、雲を作るのが仕事だ。
依頼があれば、どんな雲だって作る。
「ソフトクリームの雲を作って!」
幼い女の子からの依頼だ。
「不死鳥が羽根を広げたような、美しい雲を作ってちょうだい」
年配のご婦人からの依頼だ。
「空を裂いて突き進む、飛行機雲を作ってくれ」
中間管理職のサラリーマンからの依頼だ。
いろいろな依頼がある。ケーキ・お花・動物…形あるものは何でも作る。
ある日、ひとりの女が訪ねてきた。
若く美しい女だが、表情は暗かった。
「雲を作ってほしいの」
「はい、どのような形にしますか?」
「何でもできるの?」
「形があるものなら何でも出来ますよ」
女はバッグから1枚の写真を取り出してテーブルに置いた。
笑顔の男性が写っていた。
「この人の雲を作ってほしいの」
人間の形を作るのは珍しいことではなかった。
「失礼ですが、この方は承知されていますか?
勝手に作るのは違法となっておりますが」
「承知も何も、彼はこの世にいないわ」
女はわっと泣き出した。写真の彼は、女の死んだ恋人だったのだ。
私は彼の雲を作った。
「期限は3年間です。途中で解約はできませんが、よろしいですか?」
「もちろんいいわ。永久に一緒にいたいくらいだわ」
女は喜んで家に帰った。
女の頭上には、常に死んだ恋人の雲が浮かんでいた。
その雲は、彼女を強い日差しから守り、時には乾いた心を雨で潤した。
女は、幸せだった。
ところが…
1年も経たないうちに、女が再び訪ねて来た。
「この雲を消してほしいの」
女はまるで邪魔者のように、雲を指さした。
「期限はまだ残っておりますが…」
「もう、うんざりなの。いつまでも過去に縛られて生きていくのは嫌なの」
どうやら新しい恋人が出来たらしい。
「途中解約は出来ないと申し上げましたよね」
「わかっているけど、お願い、何とかして」
「仕方がありませんね。特別処置をしましょう。
この薬を雲にかけてください。1週間ほどで雲は消えます。
ただし、新しい薬なので、副作用の確認が出来ていません。それでもよろしいですか?」
「けっこうよ。ありがとう」
女は喜んで帰って行った。
そんなものさ…と私はつぶやいた。
1週間後、再び女が訪ねて来た。
ひどくやつれて、真っ赤な目をしていた。
「いったいどうしたのです?」
「どうもこうもないわ。この1週間、彼の雲がずうっと泣くの。
消さないでくれ…忘れないでくれ…挙句の果てに、薄情者って私をなじるし、新しい彼と会おうものなら大変!竜巻を起こすって脅かすのよ。
雲はようやく消えたけど、彼とはダメになるし、結局私一人ぼっちよ」
女は恋人が死んだときより、ずっと悲しそうな顔だった。
あの薬は、まだまだ改良の余地があるな。
彼女には気の毒なことをしてしまった。
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2010-08-09 12:03
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コメント(12)
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雲を作る職人なんてホントにファンタジーですねぇ~
夏のモクモクと沸き起こる入道雲の勇壮な姿を見ていると、
なんか人格みたいなもんを感じてしまいますねぇ。
それにしても『女心と秋の雲』ですねぇ~
違うか!
by 矢菱虎犇 (2010-08-09 18:30)
私だったら何の雲を作ってもらおうかな~。
3年間の期限付きか・・。小動物的な雲がいいかな~ペットみたいで。
by あきえもん (2010-08-09 21:04)
< 矢菱さん>
私も入道雲とか見て、いろいろ空想するのが好きな子供でした。
これは、雲が羽根を広げた鳥みたいに見えたときに思いついた話です。
『女心と秋の雲』上手い事言いますね~^^
by リンさん (2010-08-10 20:42)
<あきえもんさん>
ペット代わりの雲なら楽しくていいですね。
エサも要らないし。
人間の雲はやめておいた方がいいですね(笑)
by リンさん (2010-08-10 20:45)
いいなあ、雲職人w
短期間であるなら、自分の雲を作ってみたいです。
客観的に自分を見つめる、いい材料になりそう。
しかし、3年も上に浮かんでいるとなるとうっとうしいですよね。
第一、怖いですw
私がいつも思うのは、
雲に寝転がって移動したいという事なので、
それを作ってもらおうかなあ・・・・・・。
by 愛輝 (2010-08-10 23:21)
< 愛輝さん>
毎日、こう暑いと、専用の雲が欲しくなりますよね。
かき氷の雲とかいいけど、夏限定ですね。
雲に乗りたいって、私も思ったことあります。
ドラえもんにもありましたよね。雲がためガスだっけ。
by リンさん (2010-08-11 11:15)
雲職人が居たら面白いですね!
雲は眺めてると少しずつ形が変わって想像がふくらみますよね。
昔は見ていたのに、最近はじっと眺めることがなかったと気づきます。
久しぶりに雲を観察してみようかなと!
by 銀河径一郎 (2010-08-11 22:14)
<銀河径一郎さん>
私も子供の頃は飽きずにずっと雲を見てました。
面白い形の雲は、雲職人が作っているかもしれませんよ(笑)
by リンさん (2010-08-12 19:59)
カメラをはじめて買った時、ボクは雲の写真ばかり撮ってたんです。
雲って、なんか絵になる感じがして。
でも、実際はボクの心の中でだけそう思ってるのであって、だれも雲の写真なんか見たくもありませんでした。
でも、雲を作るっていう商売は、ウケそうですね。
蜘蛛だと、ダメでしょうけど(笑)
by ヴァッキーノ (2010-08-15 09:05)
< ヴァッキーノさん>
曇の写真ですか。いいですね~。
まっすぐ伸びた飛行機雲とか、撮ってみたいと思いますよ。
確かに蜘蛛は…勘弁してください!!(笑)
by リンさん (2010-08-15 14:35)
>心変わりは、罪ではないのに…
最後の言葉が心に残りますね^^
心変りがあるから 人を好きになったり
忘れることができたりできるものですものねー
大事なことでもありますよね^^
by めりー (2010-08-15 21:21)
<めりーさん>
ありがとうございます。
思い出は心の中にしまって、形にしない方がいいのかもしれませんね。
by リンさん (2010-08-16 23:22)