おとといきやがれ! [コメディー]
いつものように公園でたこ焼きを売っていると、ひとりの男がやってきた。
「どうも。先日は失礼いたしました」
誰だ?知らない男だ。
「…といっても、お会いするのは2日後ですが」
「何言ってんの?」
「2日後、あなたと私はちょっとしたことで諍いをおこします。あなたが私の肩に掴みかかってくるのですが、私は柔道3段を取得しておりますので、逆にあなたを投げ飛ばします。あなたは倒れながら『覚えてろよ』といいます。私が『もちろん忘れませんよ』と言うと、あなたはますます怒って砂を投げつけて言ったのです。
『おとといきやがれ』と…。
だから私は、自分の特殊能力を駆使してタイムワープしたのです。2日前、つまり、おとといに」
「お前、頭おかしいんじゃねえの」
「いえ、いたって正常でございます。私は考えたのです。あなたが何故私を2日前に呼んだのかを。ずばり、あなたは柔道の受け身を習いたいのですね」
「習いたくねーよ」
「しかし私に投げられたあなたは、立ち上がることが出来なくなります。おそらく骨にヒビが入ったか、骨折でしょう。そうなると入院ということになりますが、それでもいいですか?ずいぶん不安定な仕事をなさっているようですが、保険証はあるのでしょうか」
「そんな心配をしてくれるんなら、あんたが俺を投げなきゃいいんじゃねえの」
「そうはいきません。歴史は変えられません。歴史を変えない最良の方法が、あなたに受け身を覚えてもらうことなのです」
「ああ、わかったわかった。やればいいんだろう。どうせ俺の人生全てが受け身だ」
「上手いことをおっしゃる。ざぶとんがあれば差し上げたいくらいです」
「いらねーよ」
「ところでいつからこの商売を?」
「さあ?忘れたな。これでも昔はちゃんとした会社員だったんだぜ」
「たこ焼きは儲かりますか?」
「べつに。売り上げのほとんどは上に持っていかれるしな」
「上とは?」
「別にいいだろ。早くやろうぜ、受け身」
俺は、男に受け身を習った。どうやらすごく筋がいいらしい。
そういえば、ガキのころに合気道を少しだけかじったことがあるのを思い出した。
「すばらしい、のみこみが早いですね。どうです?私に投げられても、もう痛くないでしょう?」
「本当だ、痛くねえ」
「それはよかったです。これで心置きなく投げ飛ばすことが出来ます」
では2日後に…と言って男は煙のように消えた。
*
2日後、いつものようにたこ焼きを売っていた。
何も起こらず、客もほとんど来ないまま、午後になった。
あの男は現れない。平和な午後だ。
男の代りに現れたのは、強面のやくざだった。
「兄ちゃん、たこ焼きくれや。思いっきり粉っぽくしてくれや」
「はい、ヤクミはどうします?」
「とびきり旨いヤクミを頼む」
俺は、たこ焼きの粉の袋に手をつっこんで、底に貼りついたクスリを取り出し、二重にした箱の下に入れた。
そう、俺はヤクの売人だ。合言葉を知ってる客にだけ売る。
客はやくざばかりじゃない。最近は普通のサラリーマンや主婦もいる。
「毎度ありがとうございます」
と金を受け取り袋を渡した時だった。
どこからともなく数人の男が現れた。間違いなく刑事だ。
刑事はやくざを羽交い絞めにして、クスリを奪った。
ヤバい!
俺はたこ焼きの粉をまき散らし、刑事が怯んだ隙に逃げた。
逃げた俺の前に、ひとりの男が立ちはだかった。
間違いない、2日前に俺に受け身を教えたあの男だ。
「どけ!」と俺は奴の肩を掴んだ。しかし逆にその手を取られ、思い切り投げ飛ばされた。
「てめえ…」
「言ったでしょ。柔道3段なんですよ。それにしても見事な受け身でした。今度はちゃんと立てますね。何しろ容疑者に骨折されたら、後が厄介なんですよ」
「覚えてろよ」
「もちろん覚えていますよ。もう会うのは3度目ですから」
俺は、手錠をかけられた拳を握りしめた。
ちくしょう!おとといきやがれ…。
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「どうも。先日は失礼いたしました」
誰だ?知らない男だ。
「…といっても、お会いするのは2日後ですが」
「何言ってんの?」
「2日後、あなたと私はちょっとしたことで諍いをおこします。あなたが私の肩に掴みかかってくるのですが、私は柔道3段を取得しておりますので、逆にあなたを投げ飛ばします。あなたは倒れながら『覚えてろよ』といいます。私が『もちろん忘れませんよ』と言うと、あなたはますます怒って砂を投げつけて言ったのです。
『おとといきやがれ』と…。
だから私は、自分の特殊能力を駆使してタイムワープしたのです。2日前、つまり、おとといに」
「お前、頭おかしいんじゃねえの」
「いえ、いたって正常でございます。私は考えたのです。あなたが何故私を2日前に呼んだのかを。ずばり、あなたは柔道の受け身を習いたいのですね」
「習いたくねーよ」
「しかし私に投げられたあなたは、立ち上がることが出来なくなります。おそらく骨にヒビが入ったか、骨折でしょう。そうなると入院ということになりますが、それでもいいですか?ずいぶん不安定な仕事をなさっているようですが、保険証はあるのでしょうか」
「そんな心配をしてくれるんなら、あんたが俺を投げなきゃいいんじゃねえの」
「そうはいきません。歴史は変えられません。歴史を変えない最良の方法が、あなたに受け身を覚えてもらうことなのです」
「ああ、わかったわかった。やればいいんだろう。どうせ俺の人生全てが受け身だ」
「上手いことをおっしゃる。ざぶとんがあれば差し上げたいくらいです」
「いらねーよ」
「ところでいつからこの商売を?」
「さあ?忘れたな。これでも昔はちゃんとした会社員だったんだぜ」
「たこ焼きは儲かりますか?」
「べつに。売り上げのほとんどは上に持っていかれるしな」
「上とは?」
「別にいいだろ。早くやろうぜ、受け身」
俺は、男に受け身を習った。どうやらすごく筋がいいらしい。
そういえば、ガキのころに合気道を少しだけかじったことがあるのを思い出した。
「すばらしい、のみこみが早いですね。どうです?私に投げられても、もう痛くないでしょう?」
「本当だ、痛くねえ」
「それはよかったです。これで心置きなく投げ飛ばすことが出来ます」
では2日後に…と言って男は煙のように消えた。
*
2日後、いつものようにたこ焼きを売っていた。
何も起こらず、客もほとんど来ないまま、午後になった。
あの男は現れない。平和な午後だ。
男の代りに現れたのは、強面のやくざだった。
「兄ちゃん、たこ焼きくれや。思いっきり粉っぽくしてくれや」
「はい、ヤクミはどうします?」
「とびきり旨いヤクミを頼む」
俺は、たこ焼きの粉の袋に手をつっこんで、底に貼りついたクスリを取り出し、二重にした箱の下に入れた。
そう、俺はヤクの売人だ。合言葉を知ってる客にだけ売る。
客はやくざばかりじゃない。最近は普通のサラリーマンや主婦もいる。
「毎度ありがとうございます」
と金を受け取り袋を渡した時だった。
どこからともなく数人の男が現れた。間違いなく刑事だ。
刑事はやくざを羽交い絞めにして、クスリを奪った。
ヤバい!
俺はたこ焼きの粉をまき散らし、刑事が怯んだ隙に逃げた。
逃げた俺の前に、ひとりの男が立ちはだかった。
間違いない、2日前に俺に受け身を教えたあの男だ。
「どけ!」と俺は奴の肩を掴んだ。しかし逆にその手を取られ、思い切り投げ飛ばされた。
「てめえ…」
「言ったでしょ。柔道3段なんですよ。それにしても見事な受け身でした。今度はちゃんと立てますね。何しろ容疑者に骨折されたら、後が厄介なんですよ」
「覚えてろよ」
「もちろん覚えていますよ。もう会うのは3度目ですから」
俺は、手錠をかけられた拳を握りしめた。
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2011-02-11 21:33
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コメント(18)
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受け身だけに、落とし所がよろしいようで。
by 浅葱 (2011-02-11 22:23)
ヤクの売人とデカだったのですね。
見事などんでん返しです。
「おとといきやがれ」だけで、なかなかおもしろい、時間SFに仕立てましたね。今回も満足しました。
by 雫石鉄也 (2011-02-12 09:28)
いやあ、今回は男おりんさん全開っすねえ!
ガツンとくるSFと、たこやき屋っていう組み合わせ。
うまいです。
まさにショートショート。
読んでいて気持ちいい文章でした。
by ヴァッキーノ (2011-02-12 10:31)
あー、いかんいかん。
どこか突っ込み所を探しながら読んで行くクセが付いてしまってるようです。
いくつか疑問に思ったところがラストでちゃんと解決されていました。
設定もなかなか面白いですよね。
これからはもっとお話を楽しむ姿勢で読んで行きたいと思います。
by 海野久実 (2011-02-12 11:08)
<浅葱さん>
お後がよろしいようで…
ざぶとん下さい(笑)
by リンさん (2011-02-12 17:40)
<雫石鉄也さん>
ありがとうございます。
「おとといきやがれ」を真に受けて、本当に2日前にいく変な男の話を書こうと思っているうちに、この設定を思いつきました。
満足したと言っていただけて、嬉しいです^^
by リンさん (2011-02-12 17:54)
<ヴァッキーノさん>
ありがとうございます。
男目線で文章を書くのって楽しいですよね。
たこ焼き屋という職業を思いついてから、たこ焼き→粉→クスリ…という設定を思いつきました。
こういうのを書くのは珍しいです。
by リンさん (2011-02-12 17:57)
<海野久実さん>
ありがとうございます。
ふふ…海野さんのコメント、けっこうドキドキします(笑)
これは前半、暴力団であることを想像させないように書きました。
「昔はサラリーマン、今はしがないチンピラだ」というセリフをあとから抜いたりしました。
ショートは難しいですね。。。^^
by リンさん (2011-02-12 18:04)
スカーッと楽しいお話ですね。「おとといきやがれ」でタイムトラベル。
ホントにおとといに戻ったのですね。
公園でいつものようにたこ焼き屋を売るで、妙にのどかな雰囲気が。
それが、薬の売人とは。。。
いつもながらのりんさんワールド。楽しかったで~す。
by haru (2011-02-12 18:35)
「商売」という単語がなぜか気になったものの、読めない展開。
ヤクザが出てきたから、この人に難癖付けられて投げられるのか? と思いきや・・・・・・
すごいです! 何だかとっても刑事さんがイケメンみたいに思えてきましたw
by 愛輝 (2011-02-12 21:08)
意外な展開に引き込まれやした\(◎o◎)/
ヤクの売人だったとは・・・
by ぼんぼちぼちぼち (2011-02-12 21:46)
りんさんにはめずらしく(?)男臭いアクション物ですね。
でも 特殊能力の優しい人だと思ったら 刑事さん。
優しいんだか 冷たいんだか(ーー;)。
今の世相を反映した作品ですね。
by もぐら (2011-02-12 23:33)
すごいです!!!
「おとといきやがれ」
本当に来ちゃうんですね。
もう、見事すぎて。。。感動です。
しかも、この短さで。。。お話がちゃんと出来ている。
前から、才能の人だと思ってましたが
これは。。。
(・・*)。。oO(想像中)
今から、サインをねだっておいたほうがよさそうです。
リンさん。。。有名になっても
お友達でいてください!!!ヨロピク(^^)v
by 春待ち りこ (2011-02-13 09:32)
<haruさん>
ありがとうございます。
おとといに戻るっていうのは、すぐに思いついたのですが、そのあとの設定には悩みました。
>りんさんワールド…そんなふうに言っていただけて嬉しいです。
by リンさん (2011-02-13 18:01)
<愛輝さん>
今回は意外性を楽しんでいただきました。
礼儀正しい刑事さん。きっとイケメンでしょうね^^
by リンさん (2011-02-13 18:04)
<ぼんぼちぼちぼちさん>
ありがとうございます。
ヤクの売人と刑事だと、悟られないように話を進めました。
楽しんでもらえてよかったです^^
by リンさん (2011-02-13 18:09)
<もぐらさん>
そうなんですよ。
私にしては珍しいですよね。
だから、どんなコメントが来るかドキドキだったんです。
刑事さんのクールぶりは…ひょっとして宇宙人かも、と思ってくれてもいいです(笑)
by リンさん (2011-02-13 18:12)
<りこさん>
ありがとうございます。
いつも褒めてくれて本当に嬉しいです。
>有名になったら?
ないない!!こちらこそヨロシクです^^
by リンさん (2011-02-13 18:14)