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天才小説家の憂鬱 [コメディー]

<その1>
私は天才小説家である。
神に選ばれた小説家なのだ。
天から降ってくる言葉が、この右手に宿る。
いざ、神の言葉を書きとめよう。
さあ、紙とペンを我に与えよ。
さあ早く。私の右手にペンを。早くペンを…

「あの客、まだいるの?」
「はい。こだわりがあるみたいで、さっきから何本も試しているんです。
万年筆を…」

「あの、お客様。気に入ったものは見つかりましたか?」
「いや、どれもうまくかけないのだ。せっかく右手に宿った神の言葉が、書けないのだ」
「あの…もしかしてお客様、左利きでは?」
「はっ、そうだった…」

<その2>
私は天才小説家である。
美しい女を見ると、創作意欲が増す。
おや、カウンターに美しい女がひとり。どれ、話しかけてみよう。
「お嬢さん、マティーニをご馳走させて下さい」
「いただくわ」
「あなたは美しい。あなたを主人公にした小説を書きたいのですが、よろしいですか?」
「ええ、いいわ。私のこと知りたい?」
「はい。あなたのことを知って、ぜひ小説にしたいのです」

「私は、静岡にある半島で、踊り子をしていたの。そこで学生さんと知り合って…」
ん?伊豆の踊子か?川端先生がすでに書いているぞ。
「うそうそ。ほんまはうち、大阪生まれやねん。四姉妹の三女でな、姉さんが見合い結婚させようとするねん」
ん?細雪か?これは、谷崎先生がすでに書いている。
「うそよ。本当は私、猫なの。名前はまだなくて…」
な…夏目先生?
「うふふ、うそよ。私は孤児院で育ったの」
そうそう、そういう話がいいんだ。
「子供のころは赤毛でソバカスがあったの。それで偏屈なおばさんに引き取られて…」
赤毛のアン?日本人じゃないのか?モンゴメリ先生もビックリだぞ。
「うそよ。本当は貴族の娘でね、南北戦争ですべてを失ったわ。だけど強く生きようと誓ったの」
風と共に去りぬ…作者は誰だ?
ああ、それよりこの女は何者だ?私をからかっているのか?
「タイタニックが沈んだときは大変だったわ」
まだ続くのか?

<その3>
私は天才小説家である。
小説の構想はもう出来ている。出だしはこうだ。
『むかしむかしあるところに、おじいさんとおばあさんがおりました』
なに?昔のおとぎ話かって?いやちがう。
おとぎ話は現実味がなくて好きではない。たとえばおばあさんは川から流れてきた桃を拾って切るが、桃が簡単に切れるか?大きな種があるんだぞ。
そこで私は考えた。
桃の代わりに、玉ねぎを拾うことにしたんだ。玉ねぎならスパッと切れるだろう。

『おばあさんが玉ねぎを切ると、中から男の子が泣きながら生まれました。
おばあさんも泣いています。芝刈りから帰ったおじいさんも泣いています。親子三人は、ポロポロポロポロ泣き続けました』

どうだ。感動巨編だぞ。
玉ねぎが目に染みて泣いてるんだろうって?
違うさ。この短い文章の中に、出生の秘密や、高齢社会の問題点を織り込んであるんだ。
どうだ、泣けるだろう。

あ、ペンが書けなくなった。新しい万年筆を買いに行こう。(その1に戻る)

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コメント 14

矢菱虎犇

ついのべみたいな小ネタを次々!バリエーションがいろいろで楽しませていただきましたぁ
ボクのツボは最初のかなぁ。
ボクもけっこう道具にこだわるんです。
キーボードは親指シフト専用キーボードだったりとか。
開発されなくなったら文字が打てなくなっちゃうだろうなぁ・・・
りんさんも何か文章書くときのこだわりってあります?
by 矢菱虎犇 (2011-04-04 20:41) 

雫石鉄也

なんか不条理で不思議な作品ですね。
by 雫石鉄也 (2011-04-04 21:36) 

愛輝

小説家気分が楽しいというのは同意できますけども。
なんだか、この人の場合は知識はあるのだけど、
道具にすら駄目出しされているようで、ちょっとだけ同情しました。
by 愛輝 (2011-04-04 22:52) 

haru

あれれ?これってエンドレスストーリーですよね。
>あ、ペンが書けなくなった。新しい万年筆を買いに行こう。(その1に戻る)

<その1>に戻ると、またお話が始まり、<その3>にくると(その1に戻る)
うぅう~アワ((゚゚дд゚゚ ))ワワ!! りんさん、どこまで行っても終わりませんよ(笑い)
by haru (2011-04-05 10:18) 

もぐら

まさに天才。
いえ この小説家ではなく りんさんが。
その2 の掛け合いのようなテンポが好きです。

by もぐら (2011-04-05 17:42) 

ヴァッキーノ

100人の中にいる小説家 和田周作かと思いましたよ(笑)

雅楽でいうところの序・破・急ですね。
こういう一面をチラっと見せたりするから、ボクはビビるんです。
おりんさんは、きっとこの中の誰にも当てはまらない
天才小説家なんです。
by ヴァッキーノ (2011-04-05 21:39) 

海野久実

「その1に戻る」じゃなくて「続く」にしてほしかったですね。
面白いですね。
小ネタ満載で、ちゃんとオチが付いてまとまったり、どんでん返しの連続だったり、昔話へのダメだしだったり、めまぐるしくて飽きさせません。
こういう乗りで単行本1冊分ぐらい休みなしで読めそうです。
by 海野久実 (2011-04-05 22:46) 

リンさん

<矢菱さん>
ありがとうございます。
そうですか。そんなキーボードがあるんですか。
私は道具にこだわりはないですね。
前は、ノートに小説を書くときは縦書きと決めていたのですが、今は気にしてませんよ^^
by リンさん (2011-04-06 18:57) 

リンさん

<雫石鉄也さん>
ありがとうございます。
書いているうちに面白くなって、その3まで書いちゃいました。
by リンさん (2011-04-06 19:00) 

リンさん

<愛輝さん>
そうですね。
だいたい自分を天才っていうあたりが、もう駄目ですね^^
by リンさん (2011-04-06 19:01) 

リンさん

<haruさん>
そうなんです。エンドレスなんです。
24時間営業ですよ(笑)
by リンさん (2011-04-06 19:07) 

リンさん

<もぐらさん>
きゃ~!ありがとうございます。
そうなんです。私は天才小説家…
なんて言うと、この人と同じになっちゃう^^

その2は、この女性の方が、上手な文章書けそうですよね(笑)
by リンさん (2011-04-06 19:13) 

リンさん

<ヴァッキーノさん>
和田周作さんって、あのエロい作家ですよね。
賞を獲ってるだけすごいですけどね^^

いやあ、そんなに褒めてもらえるなんて嬉しいですね。
勘違いしそうです(笑)
by リンさん (2011-04-06 19:16) 

リンさん

<海野久実さん>
ありがとうございます。
こういう事を考えていると、すごく楽しいんです。
きっとひとりで笑ってて、まわりから気持ち悪いと思われてるかも^^
また続きを書いてみますね。
by リンさん (2011-04-06 19:18) 

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