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晴れた日、犬を飼う [短編]

金木犀が穏やかに香る、晴れた午後だった。
妻が突然思いついたように言った。
「犬を買いに行きましょう」
「犬?」
「そう、犬。こんな晴れた日は、犬を買うのにぴったりよ」

私は、なぜ妻がそんなことを言い出したのか考えた。なぜなら、妻は犬が苦手なのだ。
理由はひとつしか思いつかない。
ひとり娘のアキが、結婚して家を出たからだ。
アキは、親の反対を押し切って15歳年上のバツイチ男と結婚した。
妻が敷いたレールを思い切り外れて、家出のような形で出て行った。
妻はそれが許せない。
アキがずっと飼いたがっていた犬を、アキのいない家で飼う。
ちょっとした当てつけだ。ささやかな復讐だ。
だけどそれで妻の気が晴れるなら、私は喜んで犬を買おう。

アキの結婚に対して私は、中立の立場にいる。
なぜならアキの結婚相手は私の会社の部下だからだ。つまりふたりを引き合わせたのは私だ。だから妻は時として私にもつらく当たる。
「犬を飼ったら楽しそうだな」
「あら、今の暮らしがそんなにつまらないの?」
…こんなふうに、嫌味を言ったりするのだ。

ペットショップには、子犬たちがじゃれあいながら可愛さをアピールしていた。
チワワ、トイプードル、コーギー、ミチチュアダックスフンド…
「可愛いわね。大きい犬は怖いけど、小さい犬なら大丈夫だわ」
私たちはじっくり吟味して、3匹の犬をケージから出してもらった。
「まあ、どの子も可愛いわ。とても決められない。ねえ、どうする?」
妻は代わる代わる犬の背中を撫でながら、困ったような顔をした。
「それなら、名前を呼んで反応した犬にしたらどうかな?」
「名前?名前なんてまだ決めていないわ」
「僕は決めているよ」
そう言って私は、犬に向かって名前を呼んだ。
「アキ」
妻は一瞬顔を曇らせ、「アキ?」と怒ったような声を出した。
「なんでアキなのよ」
「いや…。今日が秋晴れだからさ。深い意味なんかないよ」
私はもう一度「アキ!」と呼んだ。
その声に反応したのか、1匹の柴犬がシッポを振ってこちらに来た。
「アキ」と私がもう一度呼ぶと、柴犬は嬉しそうに私の指をなめた。
柴犬は、不機嫌そうだった妻の足もとにじゃれついた。
「あらいやだ。うちのアキよりよっぽど可愛いわね」
妻はそう言って苦笑いをした。
柴犬は、その日からうちの家族になった。

「アキ、今忙しいのよ。あとで遊んであげるわ」
「アキったら、いい加減にしてちょうだい。この毛布はかじっちゃだめよ」
「よしよし。アキはおりこうさんね」
妻が、毎日楽しそうだ。ふさぎ込むこともなくなった。
私は、頃合いを見て切り出した。
「アキがその姿を見たら驚くだろうな。ああ、人間のアキの方だが」
「そりゃそうよ。まさか私が犬を飼うなんて夢にも思ってないでしょう」
「どうだろう。アキとアキを対面させてみたら?」
妻は私の提案に、意外にもあっさり「そうね」と言った。
「いいのか?」
「いいも何も、どうせこそこそ連絡取り合ってるんでしょう」
妻の嫌味が、いくぶん柔らかくなった気がした。

そして娘のアキが半年ぶりに帰ってきたのは、秋桜がかすかに揺れる小春日和の午後だった。
「ねえあなた。さっきね、アキって呼んだら、ふたり同時に振り向くのよ。その顔がそっくりなの。目がまんまるでね」
妻は楽しそうに笑って、娘の好きな栗ご飯を作り始めた。

晴れた日、私たちは犬を飼った。
それは、娘の代りなどではない。大切な家族になった。

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川越敏司

ほほう。ちょっと勝負に出たって感じですね。群像あたりにでも出すのでしょうか?なかなか素敵なお話です。
りんさんは、オチの利いたお話も得意ですが、掌編の方もいけますね。いや、むしろこっちの方が好きかもです。

ゲージ>ケージですね
by 川越敏司 (2011-10-03 21:23) 

矢菱虎犇

ホント、台風が過ぎ去ったと思ったら、一気に秋ですねぇ。
自転車通勤の道中、キンモクセイの香りに包まれております。
それにあっちにもこっちにも彼岸花が。いや実にさわやかです。
そんな季節にぴったりの、金木犀に始まり秋桜に栗ごはん!まさに秋づくしのお話ですね!
ここはやっぱり犬は柴犬でなく秋田犬で・・・(アキれてやってください)
by 矢菱虎犇 (2011-10-03 21:58) 

ヴァッキーノ

おっとっと。
偶然にも、ボクも今、自分のブログに犬のお話を
書いたところだったんです!
スゴイ!
気が合いますなあ。
ちなみに、キンモクセイって
ボクの地元では、バキュームカーの
ニオイ消しのニオイだったんです。
だから、トラウマで、
あのニオイを嗅ぐと、
バキュームカーを思い出します。(笑)
by ヴァッキーノ (2011-10-03 23:35) 

海野久実

いいですねー
オチのきいた小説ばかり読んでいると、ちょっと文学的な作品も読んでみたくなったりするんですよね。
川端康成や庄野潤三の掌編小説をよく読みました。
りんさんの場合、りんさんだけで両方を楽しめるんですからねー(笑)
by 海野久実 (2011-10-04 20:16) 

海野久実

ヴァッキーノさん、そうそう、僕も高校の頃、トイレの芳香剤がキンモクセイだったんです。
だからずっとあんまり好きな香りじゃなかったんですよね、本物のキンモクセイでも。
最近はやっとその呪縛から解き放たれて、街にあふれる香り、ふと夜に開いた窓辺から香るキンモクセイを楽しめるようになりました。
芳香剤メーカーはキンモクセイを使うなー!(笑)
by 海野久実 (2011-10-04 21:46) 

リンさん

<川越さん>
ありがとうございます。
私はブログをアップするときに、同じような話が続かないように気をつけています。飽きられないように…^^
こういう何気ない話を書いたときは、反応が気になりますが、気に入ってもらえてよかったです。

>ケージ…あとで直しておきます。ご指摘感謝です^^
by リンさん (2011-10-05 23:26) 

リンさん

<矢菱さん>
すっかり秋ですね。
今日なんて冬みたいに寒かったですよ~^^;
ああ、秋田犬にすればバッチリでしたね。
さすが矢菱さん。山田く~ん、矢菱さんに座布団持ってきて~^^
by リンさん (2011-10-05 23:29) 

リンさん

<ヴァッキーノさん>
ヴァッキーノさんのシュールな犬も面白かったですぅ^^
それにしても、金木犀=バキュームカーだなんて!!
あんなに甘くていい香りなのに。
…おっと、海野さんまでトイレに金木犀でしたか。
そういうことってありますね。
私はラベンダーがそんな感じです。
by リンさん (2011-10-05 23:39) 

リンさん

<海野久実さん>
ありがとうございます。
私も東野圭吾とかの、どんでん返し小説を読んだ後は角田光代などを読みたくなります。
私も飽きられないように、いろいろ変えています^^
by リンさん (2011-10-05 23:42) 

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