贖罪の教室 [ミステリー?]
10年目のクラス会は、参加者がわずか10人の寂しいものだった。
盛り上がらずに終わった宴会は、ひどく後味が悪かった。
幹事を押し付けられた私と田沢は、うなだれながら会場を後にした。
「仕方ないよ。あんなことがあったんだもん」
私が言うと、田沢は口元だけで情けなく笑った。
あんなこと…。それは、この町を揺るがした連続殺人事件だ。
加害者も、4人の被害者も私たちのクラスメイトだった。
加害者の森田は、中学の時のいじめの復讐をしたと供述した。
私たちのクラスにいじめがあったという認識は全くなかった。
あの4人がいじめをしていたなんて信じられない。
そもそも森田というクラスメイトを、私は殆ど憶えていない。
被害者の4人は友達だった。高校は違ったけれど、連絡を取り合いたまに会っていた。
大学の夏休みには、5人で一緒にアルバイトをした。何かの研究所の手伝いだった。
あのアルバイトの数か月後に事件は起きた。
友だちが次々に殺されていった。得体のしれない恐怖に、私は怯えた。
「学校へ行ってみない?」と田沢が言った。
「せっかくふたりで幹事をやったんだし、このまま解散じゃ寂しいだろ」
「うん。そうだね。2次会に行く雰囲気じゃなかったしね。学校行ってみようか」
私たちは、懐かしい中学校に足を運んだ。
野球部の声がグランドに響いて活気があったが、どことなく警戒をゆるめていない雰囲気があった。
職員室も、3年前の殺人事件をいまだに引きずる重い雰囲気が残っていた。私たちを知る先生はいなかったが、挨拶をして教室を覗いた。
西日が当たる教室は、10年前とさほど変わっていなかった。
「懐かしい。私の席ここだったわ」
イスに座ると、あの頃の教室の活気がよみがえる気がした。
いじめなどなかった。楽しいクラスだった…と思う。
「ねえ、田沢君の席はどこだった?」
「君の前だよ」
田沢は静かに前の席に座った。
「そうだっけ?あんまり憶えてないな」
田沢の背中を見ていると、何となく妙な感じがした。
「ねえ田沢君、私どうしても信じられないの。私たちのクラスにいじめがあったなんて。あの4人…殺された4人と私は、幼稚園からずっと一緒の友達だったの。彼らがいじめをしていたなんて、信じられない」
田沢は、ゆっくり振り向いて言った。
「いじめはあったよ。そして君も、いじめた側の人間だよ」
「…田沢君、何言ってるの?私は森田君のことなんて殆ど憶えていないのよ」
「森田じゃないよ。君たちがいじめていたのは、この僕だ」
「え…?」
「森田は、いじめの首謀者。君たちのリーダーだ。森田は実に陰湿で卑劣だったよ」
「訳がわからないわ」
田沢は、すべて自分が仕組んだことだと言った。
3年前、私たちを研究所のアルバイトに誘ったのは田沢だった。研究者は田沢とその父親だった。
そこで私たちは記憶を消された。森田と一緒に田沢をいじめていた記憶だ。
「そして僕は、君以外の4人に別の記憶をインプットした。森田をいじめていた記憶だ」
と田沢は、卑屈な笑顔を見せた。
そして田沢は、森田を同じように誘い、今度は自分がいじめを受けていたという記憶を埋め込んだ。殺したくなるほどの、ひどいいじめを受けていた記憶だ。
凶暴で非情な森田は、田沢の思惑通りに4人を殺した。
田沢の復讐は、こうして幕を閉じたのだ。
「私を殺さなかったのは…なぜ?」
震えながら私は聞いた。
「君をターゲットに入れなかったのは、君が本当は優しい人だと思ったからだ。首筋からシャツの中にシャーペンの芯を入れたり、ノートに落書きをしたりしたよね。だけど君はいつも辛そうだった。汚い言葉が書かれたノートの最後に、『ごめんね』と小さく書いたのを僕は知っていた。だから君だけは許したんだ」
気づけば私は泣いていた。記憶はないが、自分のやったことは容易に想像ができた。
仲間外れにされるのが嫌で、そんなことをしたのだ。私は、そういう人間だ。
「今僕が言ったことを、消すことはできるよ。あの研究所でね。どうする?」
田沢の言葉に、私は泣きながら首を振った。
「そうか」と言って田沢が出て行った後も、私は泣き続けた。
田沢に対する贖罪の涙なのか、4人の死の真相を知った悲しみの涙なのか、私にはわからなかった。
夕陽に赤く染まる教室が、すべてを知っているように歪んで見えた。
田沢が自ら命を絶ったのは、それから数日後のことだった。
森田の死刑が確定した夜だった。
最初からそのつもりだったのか、罪の意識に耐えられなかったのかわからない。
ただ、私は思う。
辛くて悲しい記憶を持ったまま、私は生きていくのだろう。これからもずっと…。
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盛り上がらずに終わった宴会は、ひどく後味が悪かった。
幹事を押し付けられた私と田沢は、うなだれながら会場を後にした。
「仕方ないよ。あんなことがあったんだもん」
私が言うと、田沢は口元だけで情けなく笑った。
あんなこと…。それは、この町を揺るがした連続殺人事件だ。
加害者も、4人の被害者も私たちのクラスメイトだった。
加害者の森田は、中学の時のいじめの復讐をしたと供述した。
私たちのクラスにいじめがあったという認識は全くなかった。
あの4人がいじめをしていたなんて信じられない。
そもそも森田というクラスメイトを、私は殆ど憶えていない。
被害者の4人は友達だった。高校は違ったけれど、連絡を取り合いたまに会っていた。
大学の夏休みには、5人で一緒にアルバイトをした。何かの研究所の手伝いだった。
あのアルバイトの数か月後に事件は起きた。
友だちが次々に殺されていった。得体のしれない恐怖に、私は怯えた。
「学校へ行ってみない?」と田沢が言った。
「せっかくふたりで幹事をやったんだし、このまま解散じゃ寂しいだろ」
「うん。そうだね。2次会に行く雰囲気じゃなかったしね。学校行ってみようか」
私たちは、懐かしい中学校に足を運んだ。
野球部の声がグランドに響いて活気があったが、どことなく警戒をゆるめていない雰囲気があった。
職員室も、3年前の殺人事件をいまだに引きずる重い雰囲気が残っていた。私たちを知る先生はいなかったが、挨拶をして教室を覗いた。
西日が当たる教室は、10年前とさほど変わっていなかった。
「懐かしい。私の席ここだったわ」
イスに座ると、あの頃の教室の活気がよみがえる気がした。
いじめなどなかった。楽しいクラスだった…と思う。
「ねえ、田沢君の席はどこだった?」
「君の前だよ」
田沢は静かに前の席に座った。
「そうだっけ?あんまり憶えてないな」
田沢の背中を見ていると、何となく妙な感じがした。
「ねえ田沢君、私どうしても信じられないの。私たちのクラスにいじめがあったなんて。あの4人…殺された4人と私は、幼稚園からずっと一緒の友達だったの。彼らがいじめをしていたなんて、信じられない」
田沢は、ゆっくり振り向いて言った。
「いじめはあったよ。そして君も、いじめた側の人間だよ」
「…田沢君、何言ってるの?私は森田君のことなんて殆ど憶えていないのよ」
「森田じゃないよ。君たちがいじめていたのは、この僕だ」
「え…?」
「森田は、いじめの首謀者。君たちのリーダーだ。森田は実に陰湿で卑劣だったよ」
「訳がわからないわ」
田沢は、すべて自分が仕組んだことだと言った。
3年前、私たちを研究所のアルバイトに誘ったのは田沢だった。研究者は田沢とその父親だった。
そこで私たちは記憶を消された。森田と一緒に田沢をいじめていた記憶だ。
「そして僕は、君以外の4人に別の記憶をインプットした。森田をいじめていた記憶だ」
と田沢は、卑屈な笑顔を見せた。
そして田沢は、森田を同じように誘い、今度は自分がいじめを受けていたという記憶を埋め込んだ。殺したくなるほどの、ひどいいじめを受けていた記憶だ。
凶暴で非情な森田は、田沢の思惑通りに4人を殺した。
田沢の復讐は、こうして幕を閉じたのだ。
「私を殺さなかったのは…なぜ?」
震えながら私は聞いた。
「君をターゲットに入れなかったのは、君が本当は優しい人だと思ったからだ。首筋からシャツの中にシャーペンの芯を入れたり、ノートに落書きをしたりしたよね。だけど君はいつも辛そうだった。汚い言葉が書かれたノートの最後に、『ごめんね』と小さく書いたのを僕は知っていた。だから君だけは許したんだ」
気づけば私は泣いていた。記憶はないが、自分のやったことは容易に想像ができた。
仲間外れにされるのが嫌で、そんなことをしたのだ。私は、そういう人間だ。
「今僕が言ったことを、消すことはできるよ。あの研究所でね。どうする?」
田沢の言葉に、私は泣きながら首を振った。
「そうか」と言って田沢が出て行った後も、私は泣き続けた。
田沢に対する贖罪の涙なのか、4人の死の真相を知った悲しみの涙なのか、私にはわからなかった。
夕陽に赤く染まる教室が、すべてを知っているように歪んで見えた。
田沢が自ら命を絶ったのは、それから数日後のことだった。
森田の死刑が確定した夜だった。
最初からそのつもりだったのか、罪の意識に耐えられなかったのかわからない。
ただ、私は思う。
辛くて悲しい記憶を持ったまま、私は生きていくのだろう。これからもずっと…。
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2011-11-07 16:44
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コメント(14)
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ほおほお、SFのようなサスペンスですね。
しかし、なぜ田沢は学校に行って、犯行を自白しようとしたんでしょうね?
手紙とかメールではなく。私のことが好きだったんでしょうか?
by 川越敏司 (2011-11-07 17:41)
このお話は、もっとページ数が欲しいですね。
短編か、書き方によっては長編にでもなりそうなアイデアですよね。
人の記憶を消したり違う記憶を植えつけられるとしたら、いじめられた復讐にそれをどう利用するかは、作者によってかなりいろいろあると思いますね。
いじめていた奴らに反対にいじめられていたと言う記憶を植えつけて、自分を一生頭の上がらない怖い存在にしてしまうとか?
また、いじめていた記憶をなくして、親友だったと言う記憶に置き変えて一生仲よく友達づきあいをするとか。
田沢はやっぱり私が好きだったんだと思います。
by 海野久実 (2011-11-07 19:28)
うわー、これは辛いです。
誰も知らなくても自分だけは知っている。
最高に手の込んだ復讐ですね。
by 浅葱 (2011-11-07 21:50)
「いじめ」って、いじめられる本人にしか苦しさはわからなくって、いじめる側は「あそび」くらいにしか思ってないんじゃないかと思うことがあります。
ボクは弱い人間なので、田沢さんの立場にだったら、自分のいじめられた記憶だけ消しちゃうだろうなぁ(爆)
by 矢菱虎犇 (2011-11-08 03:13)
真実とは違う記憶に
殺されていく。。。
なんとも恐ろしいお話ですね。
でも、本当に怖いのは
全てを知って。。。
この世に一人だけ残されて
それでも生きていかなければならない。。。主人公
それが一番、酷い復讐なのかもしれませんね。
ずっと、背負って行くんですよね。。。
(・・*)。。oO(想像中)
私には、耐え切れそうにないなぁ。。。やっぱり。。。
なかなか、読み応えがありました。
楽しみました。ありがとっ♪
by 春待ち りこ (2011-11-08 20:21)
<川越さん>
田沢はやっぱり学校で言いたかったんだと思います。
彼女を幹事にしたのも田沢なのです。
最初から彼女に聞いてほしかったんだと思います。
好きだったから…かもしれませんね。
by リンさん (2011-11-09 15:44)
<海野久実さん>
おっしゃるとおり、これをショートにするのはとても難しかったです。
ラストも2通り考えていたんです。
田沢が自殺するラストと、嫌な記憶を消した明るい田沢と私が再開するラスト。書き終わればこれでよかったような気がします。
機会があったら長編で書き直してみたいです。
by リンさん (2011-11-09 15:48)
<浅葱さん>
そうですね。
こんな復讐、怖すぎますね。
暗い話は滅多に書かないのですが、これは書いてるうちにどんどん暗くなっちゃった。
私生活で何かあったわけではありませんよ(笑)
by リンさん (2011-11-09 15:51)
<矢菱さん>
そうなんですよ。田沢が自分の記憶を消せばよかったんですよね。
そしたら誰も傷つかないのにね。
だけどやっぱり許せなかったんでしょうね。
by リンさん (2011-11-09 15:54)
<りこさん>
きっと田沢は彼女に告白した後、いっしょに記憶を消してもらうつもりだったんです。
だけど彼女が首を振ったので、田沢も記憶を消さなかったんです。
残された者がいちばん辛いのは、確かにそうですね。
by リンさん (2011-11-09 15:57)
この作品はいろんな展開への種になりそうですね。
うん。悲しいお話だ。
by もぐら (2011-11-09 16:01)
文章だけでなく、映像や舞台で見てみたいストーリーですね。
いじめ。残念ながら、いつの時代にも存在してしまう人間の行為だと思います。その中でも、ノートの片隅の小さな「ごめんね」は、田沢を救っていたのかもしれませんね。
by かよ湖 (2011-11-10 00:37)
<もぐらさん>
そうですね。ラストを変えると違う話になりそうです。
テーマがちょっと重かったですね^^;
by リンさん (2011-11-10 19:24)
<かよ湖さん>
きっと仲間外れにされたくなくて、いやいやイジメをしている人って多いんじゃないかと思います。
ノートのごめんねがなかったら、もっと悲惨な話でしたね。
by リンさん (2011-11-10 19:27)