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新しい季節が始まる [男と女ストーリー]

阿佐ヶ谷さんと僕は、同じ高校を受験した。

僕たちは、テストの成績で競い合っていた。
僕が1番の時は、阿佐ヶ谷さんが2番。
阿佐ヶ谷さんが1番の時は僕が2番。

卒業式の日、阿佐ヶ谷さんが僕に言った。
「11対7」
「はっ?」
「1位を取った数。あたしが11回で、渋谷が7回」
「へえ…」
「あたしの勝ちよ」
阿佐ヶ谷さんは、それだけ言って背を向けた。
「高校でも頑張ろうね」と僕が言うと、Vサインを返した。
阿佐ヶ谷さんのスカートは、他の女子より少し長い。
勝気なうしろ姿に、春の埃が舞いあがった。

僕たちの受験は、明暗を分けた。
僕が合格して、阿佐ヶ谷さんが不合格だった。

信じられないのは僕だけではなく、学校の先生も驚いていた。
彼女の統計によると、僕より頭がいいはずなのに。
その日の体調や運もあるかもしれない。本番に弱いタイプなのかもしれない。
阿佐ヶ谷さんがどれだけ落ち込んでいるか、想像すると僕も辛かった。

そんな中学最後の春休み、阿佐ヶ谷さんが突然訪ねてきた。
「あたしコーヒーダメだから、紅茶かホットミルクにして」
と言いながら、上り込んできた。

「あたし、M高に行くことにしたの」
「へえ」
「別に落ち込んでないよ。M高、学費免除だし、制服も可愛いし。高校生になったらスカート短くするんだ。あたし、けっこう足細いよ」

「それを言いに来たの?わざわざ家まで」
「ちがうよ。バレンタインのお返しもらいに来たの。今日はホワイトデーでしょ」
「え?阿佐ヶ谷さん、チョコくれたっけ?」
「あげたじゃん。塾の帰りにチロルチョコ1個」
「ええ~!あれって、ただのおやつじゃないの?お返しって言われても…煎餅でいい?」
「お煎餅なんかいらない」
「じゃあ、買ってこようか、コンビニで」
「いらない」
「じゃあ…どうしよう…」
「いっしょにプリクラ撮って」
「プリクラ?」
「高校別になっちゃったし、もう会うこともないかもしれないでしょ」
よく見ると、阿佐ヶ谷さんはちょっとおしゃれをしていた。

僕たちは、駅前のゲームセンターへ行った。
ふたりとも、こういう場所は慣れていなくてプリクラも初めてだったから、ずいぶんと失敗した。
かなり引きつった顔だったけど、阿佐ヶ谷さんは満足そうにそれを持って帰った。
「ありがと。渋谷のおかげで楽しい3年間だったよ」
初めて見るような、阿佐ヶ谷さんの笑顔だった。
何か言おうと思ったけど、言えなかった。
阿佐ヶ谷さんと別れた後、胸が締め付けられるように痛かった。

その気持ちが「恋」であることを、僕は3年後に知ることになる。
同じ大学のキャンパスで再開した阿佐ヶ谷さんは、ちっとも変っていなかった。
「M高、1番で卒業したよ」
「さすが阿佐ヶ谷さんだね。やっぱりすごいや」
阿佐ヶ谷さんは、手帳からあの日撮ったプリクラを取り出した。
「これのおかげで頑張れた」
そう言った阿佐ヶ谷さんの笑顔は、また僕の胸を締め付けた。
「また撮ろうね、プリクラ」
そう言って手を振った彼女のスカートは、やっぱり他の女子たちよりも長かった。

あの頃より少し成長した僕は、阿佐ヶ谷さんの手を掴んで思わず抱き寄せた。
「これからは一緒に頑張ろう」
阿佐ヶ谷さんは、目を丸くしながら頷いた。
「よ…よろしくお願いします」
新しい季節が、また始まった。

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海野久実

いいですよー、これ。
って何度も同じことを言ってるみたいですが、今回も言わせていただきます。
短く簡潔な文章、必要最小限の描写で、登場人物の性格がくっきり浮かび上がりますね。
阿佐ヶ谷さんのちょっと変わった、サバサバした性格。
優しすぎる主人公。
最後のセリフは、女の子っぽくなった阿佐ヶ谷さんが見えました。

いいですねー
胸をキュンキュンさせましたよ。


前の作品で書き忘れた事が。

>メールは天まで届くだろうか

この書き出しはとてもいいですね。
映画のファーストシーンで、キャンドルの光に照らされた主人公の映像にかぶさるこのナレーション。
そう言う感じがしました。
この書き出しを使って、作品を書いてみたい!(またですか)
前にも雫石さんの作品の「雪が降ってきた」と言う書き出しが気に入って、一つ書いてしまった僕です。
by 海野久実 (2012-03-15 00:37) 

春待ち りこ

うわぁ~。。。
ロマンスですね。胸キュンものです。
阿佐ヶ谷さんのキャラがとってもたってます。
お見事!!!
もう、私の中で。。。動き出しちゃいましたよ。

素敵な大学生活が始まる予感。。。

あぁ。。。春ですね。( *´pq`)クスッ
楽しみました。ありがとっ♪
by 春待ち りこ (2012-03-15 00:40) 

junjun

今の時期にぴったりの作品ですね!!
リンさんのさくっと読めるいろんなお話に
いつも癒されています。ありがとうございます。
by junjun (2012-03-15 11:03) 

雫石鉄也

私のようなおじさんが読んでも、キュンとなるかわいいお話ですね。
手のひらにそっと乗せて、大事に大事にしたいお話です。
by 雫石鉄也 (2012-03-15 13:17) 

haru

胸キュンの青春かぁ~
私にもあったかなあ。。。なんて思ってみましたが。
何もない!ウッソ(アレコレ探す)やっぱり(ヾノ・∀・`)ナイナイ
昔すぎて忘れたのか。。。イヤ、本当に無い!
あれば、お話かけたかも?[+д+]/ ムリダーヨ!
by haru (2012-03-15 15:57) 

矢菱虎犇

勉強熱心だけどオクテな二人のぎごちなさってのが琴線に触れますなぁ~
チロルチョコとかプリクラとか小道具がいいっすねぇ~
アッ
そーか、ホワイトデーだったんだ。すっかり忘れちまってたあ。
マズイ~
by 矢菱虎犇 (2012-03-16 04:52) 

もぐら

時間の流れの中で二人の時間が点で重なりやがてひとつになる。
描かれていない別々の時間も感じることができてステキでした。

会えない時間が~愛育てるのさ~♪ってね。
あ、言うと思った?
by もぐら (2012-03-16 16:54) 

リンさん

<海野久実さん>
ありがとうございます。
そんなふうに言ってもらえて嬉しいです^^
ラストはどうするか、けっこう悩みました。
甘酸っぱい別れのまま終わるか、再会した阿佐ヶ谷さんがすごい美人になっていたとか…
いろいろ考えてこれにしました^^

>メールは天まで届くだろうか
私も気に入ってます。
どうぞ、使ってください。楽しみにしています。
by リンさん (2012-03-16 18:45) 

リンさん

<りこさん>
ありがとうございます。
胸キュンしてくれました?
阿佐ヶ谷さんが、りこさんの中でどんなふうに動き出したのかな。^^
いろんなことが始まる春ですね。
ふたりはきっと、いろんな意味で競い合うのでしょうね^^
by リンさん (2012-03-16 18:47) 

リンさん

<junjunさん>
ありがとうございます。
junjunさんのブログ、コメント欄が閉じられていたので、こちらでコメするね。
うちの娘も同じです。
朝は毎日戦争みたい。
子供って、起こしてあげてるのに、なんでキレるのかしら(笑)
by リンさん (2012-03-16 18:50) 

リンさん

<雫石鉄也さん>
ありがとうございます。
書いてる方も、結構なおばさんですから(笑)
>手のひらにそっとのせて…なんて素敵な褒め言葉。
嬉しいです。
by リンさん (2012-03-16 18:52) 

リンさん

<haruさん>
これを読んで胸キュンしたら、haruさんも青春真っ最中ですよ^^
私は未だに少女漫画を読んでキュンキュンしてます。
by リンさん (2012-03-16 18:54) 

リンさん

<矢菱さん>
そうなんですよ。
勉強ばっかりしてきた真面目なふたり。
当然同じ高校へ行くと思ったら別々になっちゃって、初めて自分の気持ちに気づいたんですね。

ホワイトデー、忘れちゃまずいっすよ(笑)
by リンさん (2012-03-16 18:56) 

リンさん

<もぐらさん>
3年経っても変わっていないふたり…っていうのがいいでしょう?
このラストは、いろいろ考えたんですよ。

目をつぶれば君がいる~♪ ですね^^
by リンさん (2012-03-16 18:59) 

九子

こういう恋がしてみたかったなあ。( ^-^)
by 九子 (2012-03-17 22:57) 

リンさん

<九子さん>
可愛いですよね。
いいなあ。。。若い子は(笑)
by リンさん (2012-03-18 10:33) 

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