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地球を捨てた日 [SF]


もうすぐ七夕だ、と老人は言った。
狭い酒場で隣に座った80を過ぎの老人だ。

「タナバタって何ですか?」
僕の問いかけに、老人は答えなかった。

七夕の日には地球が見える、と老人は言った。
ひとりごとなのか、それとも僕に話しかけているのか。

「地球って何ですか?」
僕が聞くと、老人はようやくこちらに顔を向けた。
「地球を知らないのか」
「はい」
「嘆かわしい。地球も知らずに生きているとは」
怒っているような、悲しいような顔だった。

「地球は、我々の故郷だ。おまえのルーツも地球にある」
「そうなんですか?それは、どこにあるんですか?」
「今はもうない。汚れて誰も住めなくなって、消えちまった。七夕の夜にだけ亡霊のように現れるのさ」
老人は、何杯目かのウイスキーを飲み干して、店を出て行った。

人工的にできた小さな星で、僕は生まれた。
この星しか知らない。宇宙の事なんて、何も知らない。
いくつかの文献を調べてみたが、地球に関することは一切載っていなかった。
だけど、7月7日が七夕だと母が教えてくれた。

地球が見てみたい。とにかく行ってみよう。
この星で一番高い塔に、僕は登った。
ガラスのドームから空を見上げると、真っ暗な空に青い美しい星が浮かんでいた。
誰にも聞かなくても、それが地球だとわかった。
初めて見るのに懐かしい。
行ってみたい…と僕は思った。

**

ふたたび酒場で老人と会った。老人は僕のことなど憶えていないようだった。
「地球を見ました」と話しかけると、老人は驚いて僕を見た。
「お前、地球を知っているのか」
「七夕の夜に見ました。青くて美しい星でしょう?」
老人は、あきらかに狼狽している。グラスを持つ手が震え、額に汗をかいている。
「あれは幻だ。忘れなさい」
出ていく老人を、僕は追いかけた。
「どうしてですか?あなたが言ったんですよ。地球は我々の故郷だと」

老人は、諦めたようにため息をついて店に戻った。
店の客は僕たちだけ。バーテンダーは機械だ。
誰も聞いていないのに、老人はやけに小さな声で話し始めた。
「あの日はかなり酔っていた。酔っていたとはいえ、余計なことを言った」

「ずっと昔、私は地球に住んでいた。まだ小さな子供だった。私の父は科学者で、地球の寿命があとわずかであることを知った。
父は、住めそうな星を見つけて、人間が暮らせる設備を整えた。核シェルターで囲まれた安全な星を作った。移住を考えたのだ。
しかしその星に移れる人数は限られている。
父は自分の家族と、優秀な科学者の仲間だけを連れて行った。
私たちは地球を捨てたのだ。滅亡する地球の悲鳴に耳をふさぎ、この星に移り住んだのだ」
老人は目をしょぼしょぼさせた。涙をこらえているようにも見えた。

「地球は色を失っていった。見ていられないほどに汚れてしまった。
1年が過ぎた七夕の夜、私は短冊に願い事を書いた。私の国の風習だ。星が願いをかなえてくれると本気で信じていた。私は『地球の友達に会えますように』と書いた。
そうしたらその夜、真っ暗だった空に地球が現れた。
色を失ったはずなのに、青い美しい星が現れたのだ」
「願いがかなったんですね」
「いや違う。そんなはずはない。幻だ。
その地球の幻を見た大人たちは、ひどく嘆いた。地球を捨てて自分たちだけ逃げたことを後悔したんだ。
塞ぎ込んで心を病んだもの。自ら命を絶ったもの。みんな罪悪感に支配された。
そこで我々は、地球のすべてを忘れることにしたのだ」

老人は、「だからお前も忘れろ」と言った。
機械のバーテンダーが、閉店を告げた。老人は、誰にも言うなと念を押して帰った。
僕はもう一度塔に登った。
あれが幻だなんて思えないが、青い星はもう見えなかった。

***

地球・7月7日
「ねえママ、あそこに見える光る星は何?」
「ああ、あれはね、ずっと昔…地球が何かで汚染されていたころ、地球を離れた人たちが作った星なのよ。地球はそのあと奇跡的に回復したんだけど、あの星に行った人たちは地球との接触を拒否して静かに暮らしているのよ」
「ふうん」
「あの星には、ママのおじいちゃんの友達もいるんですって」
「へえ。あの星からも地球が見えるのかな?」
「そうね。きっと見えるわ。だって今日は七夕だもの」

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矢菱虎犇

そっか~もうすぐ七夕ですねぇ。
ロマンチックなお話かな?と思っていたら、地球の未来を憂えるお話でしたネ。いろんな趣向できますなぁ。
で、ボクは思わずこのお話の地球を『女』に置き換えてビビってしまいました。昔すてた女が奇跡的に生き返ってじっと見つめる・・・ウウ、怖い。

by 矢菱虎犇 (2012-07-05 05:09) 

dan

素敵な発想と意外な展開、リンさんにはいつもびっくりです。
科学的なニオイがするのにロマンチックで、うら悲しくて、希望も
あって。大人も子供も楽しめるお話ですね。
by dan (2012-07-05 10:58) 

haru

大作ですね。読んでいて色々考えさせられました。
読み応えのある文章使いに、驚きのオチ。
なぜか、悲しみが滲んできます。
地球は蘇ったのですね。(^▽^)
by haru (2012-07-05 18:46) 

海野久実

いつも素敵なお話をありがとうございます。
これはharuさんが朗読した、ヴァッキーノさん、虎菱さん、ぼく、りこさんの酒場シリーズの中に入れてもいいような感じですね。

傑作の予感に満ちたいいお話です。
SFと言うなら、もう少し科学的な背景を書きこむか、いっその事、もっともっとファンタジーに近づけるか、どちらかの方がいいような気がしました。

あと、脇役のキャラとして、機械のバーテンを愛嬌のあるロボットにしてもいいかなーなんて、例によって人の作品でいろいろ妄想しちゃいます。
by 海野久実 (2012-07-05 22:48) 

ヴァッキーノ

海野さんと同じこと考えてました。
>酒場シリーズ
なるほど、そうですよね。
そうそう。
酒を飲みながら会話する。
ゴドーを待ちながらのラストのような感じ。
by ヴァッキーノ (2012-07-06 18:16) 

リンさん

<矢菱さん>
七夕ですね~。
ああ、なるほど。女に置き換えたら怖いですね。
まるでお岩さんみたいです。
ホラーになっちゃう(笑)
by リンさん (2012-07-07 10:25) 

リンさん

<danさん>
ありがとうございます。
SFは、あんまり得意じゃないんですけど、褒めてもらえて嬉しいです。
七夕とSFを結び付けるのが好きなんです。
星の世界って、まさにロマンと科学ですものね^^
by リンさん (2012-07-07 10:28) 

リンさん

<haruさん>
ありがとうございます。
地球がどうやって蘇ったかとか、何に汚染されたとか、専門的なことは省いています^^;
あまり知識がないので…^^

ちょっと切なさを感じていただけたら嬉しいです。ありがとう^^
by リンさん (2012-07-07 10:31) 

リンさん

<海野久実さん>
ありがとうございます。
あの酒場シリーズに入れていただけるなんて光栄です。

なるほど。もう少し長くするなら、この星の文明とかにも触れたいですね。バーテンダーがロボット。
スターウォーズみたいに、いろいろ登場させると面白いですね。
いつもアイデアをありがとうございます。
by リンさん (2012-07-07 10:35) 

リンさん

<ヴァッキーノさん>
酒場シリーズは、みんなお洒落ですよね。
ここは、せいぜい5人くらいしか座れない小さな酒場を想定しました。
老人はいつも一人で飲んでいるんですね。
だからついつい独り言のように地球の話をしちゃったんです。
by リンさん (2012-07-07 10:38) 

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