誘拐された夜：りんのショートストーリー：SSブログ

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誘拐された夜　[ミステリー？] [編集]

老人ホームで介護の仕事をすることになった。
初めて担当になった吉田さんは、物静かなおじいさんだ。
ひとりでは歩けない、まだらボケのおじいさんだ。
「あんた新顔だね」と笑った顔を見て、どこかで会った…と思った。

あれは、１５年前の夜だ。僕は１０歳だった。
塾の帰りに、通りかかった車に無理やり乗せられた。
いわゆる誘拐だ。
「塾の帰りか」と男が言った。思ったより優しい声だった。
顔はよく見えなかったけど、自分の父親よりはずっと年上だと思った。

「おじさん。塾に行ってる子供がみんな金持ちだと思ったら大間違いだよ」
「そうなのか？」
「うん。僕の家は貧乏だよ。ママがいつも火の車だって言ってるもん」
「ふうん。でも坊やは金持ちの学校に行ってるんだろう」
「一応私立に行ってるけど、おかげでパパは小遣いゼロさ。タバコもやめさせられたよ」
「可哀そうだな。君のパパ」
「うん。だからね、僕を誘拐しても無駄だよ」
「そうかい」
「僕は公立でよかったんだ。でもママが、いい学校行けばいい人生が送れるってさ。ホントかな」
「まあ、一理あるな。おじさんは家が貧乏で高校へ行けなかったからな。やっと勤めた会社もつぶれちまって、借金作って女房子供に逃げられてさ、ろくな人生じゃないよ」
「だからって誘拐はダメでしょ」
「そうだな。じゃあやめよう」

おじさんは、僕の家の手前で車を停めた。
ドアを開けて「勉強頑張れよ」と笑った。ちょうど街灯の下で、顔が見えた。
知らないおじさんなのに、懐かしいような優しい笑顔だった。

その時の笑顔と、このおじいさんの笑顔がとても似ていると思った。
今にして思えば不思議だ。
あれは、本当に誘拐だったのだろうか。
なぜ僕の家を知っていたのだろうか。
僕は、どうしてちっとも怖くなかったのだろうか。

「あんた、ユウキって言うのかい？」
僕の胸の名札を見て、吉田さんが言った。
「孫と同じ名前だな」
「…お孫さん、いるんですか？」
「ああ、一度しか会ったことないけどな」
吉田さんは、遠い目をした。

「離婚して会えなくなっちまった娘の子供だ。こっそり顔だけ見るつもりだったが、真っ暗な道をひとりで歩いていたから可哀そうになって車に乗せたんだ。まるで誘拐だな」
ハハっと吉田さんは笑った。
「あの子も、もう中学生になったかな」
吉田さんの時間は、僕らよりもゆっくり流れるようだ。

あなたの孫は、残念ながらあまりいい大学へは行けませんでした。
だけど、ちゃんと働いていますよ、おじいさん。
僕は、吉田さんの手をしっかりと握った。

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2013-02-05 17:37 nice!(6) コメント(9) トラックバック(0)

nice! 6

グシュン。。。哀しいね。自分の本当のおじいさんだったんだね。
一目孫の顔が見たかっただけだったとは。
りんさんの手にかかると、優しいミステリーになりますね。ステキ！
by haru (2013-02-05 19:22)

誘拐のお話かと思ったら、なんともハートウォーミングなお話へとシフトチェンジしていく～
いつもながら語りの巧みさに感心しきりっす。
なんとなくボクのイメージ世界では、このおじいさんを演じているのは橋爪功です。子供は、う～ん･･･えなりかずき！こんとんじゃのいこー！
by 矢菱虎犇 (2013-02-06 04:59)