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彼女の充電 [公募]

柏木さんはロボットかもしれない。オフィスで、そんな噂が流れている。
バカバカしいと思いながら、僕はちょっと信じていた。
整いすぎた美しい顔、乱れない髪、正確で素早い仕事。必要最低限のことしか話さず常に無表情。まばたきをしないと言う人もいれば、トイレにも行かないと言う女子社員もいた。

「え?柏木さんですか?そういえば、コーヒーもお茶も飲まないですね」
梨乃が唐揚げを豪快に口に運びながら言った。
「お昼休みも一人でどこかへ行ってるみたいですよ。どこに行ってるんでしょうね」
「充電でもしてるのかな」

実はそれも噂になっていた。柏木さんは能力が高すぎるから、途中で充電しないと動かなくなってしまうとか。
「先輩、柏木さんのことが好きなんですか?」
僕が「ちょっと気になってる」と答えたら、梨乃は少し不機嫌な顔をした。

梨乃は柏木さんと同じ派遣社員で、この春から僕の職場に来た。
気が合うのでよくランチを共にする。梨乃はこの店の唐揚げ定食が好きで、僕の知る限りそれしか食べない。
大食いの梨乃は、山盛りの唐揚げをぺろりと食べる。いい子だと思うけど恋愛感情はない。だからランチは誘うけどディナーには誘わない。ディナーに誘うなら、やっぱり柏木さんがいい。知的で物静かな美人は、僕の理想だ。

数日後、営業先から戻る途中で柏木さんを見た。ちょうどお昼休みだ。後をつけてみようと思った。ちょっとした好奇心だ。
歩く姿も美しい。くびれたウエストからヒップのラインが実に美しい。まっすぐ前を向いて振り向きもしない。
柏木さんは、OLが好みそうなランチの店をするりと通り過ぎ、裏通りに入った。
そこは夜になると賑やかなネオン街になるが、昼間は息をしていないように静かだ。

柏木さんは細長いビルに入った。もちろんやっている店などない。カツカツとハイヒールの音が地下へと響いて行った。扉が開いてしまる音。どこかの部屋に入ったようだ。

僕はそろそろと階段を降りてみた。扉を開けると静まり返った薄暗い部屋だ。やけにがらんとしている。目を凝らすと機械のようなものが見える。何色かもわからない絨毯が敷かれ、ソファーがひとつ置かれている。
柏木さんの白い足が見えた。ソファーにもたれるように倒れている。
「か…柏木さん?」
声をかけたが返事はない。まるで生きていないように動かない。そう、電池が切れた機械のようだ。はっと思った。壁際に置いてあるあの機械で、充電するつもりだったのに、間に合わなくて事切れたのか…。
僕は、柏木さんの背中に手を回した。どこかに差込口があるのだろうか。白いブラウスに手が触れた時、彼女はゆっくり目を開けた。
「何をしているんですか?」
「うわ」っと思わず飛び上がった。
「ご、ごめん。変なことをするつもりじゃなかったんだ。じゅ…充電を…」
しどろもどろの僕に、柏木さんは静かにまばたきをした。
「私、ロボットじゃありません」
大粒の涙が頬を伝った。
「職場のみなさんに噂されているのは知っています。無表情で感情がないみたいだと」
「君が、か…完璧すぎるからじゃないかな」
「私、完璧じゃありません。人が苦手なんです。上手く話せないんです。お昼休みに、こうしてひとりにならないと、午後から仕事が出来ないんです。ここでひとりになることが、私の充電なんです」
泣きながら訴える彼女に、僕はただただ謝ってビルを出た。情けない自己嫌悪に陥った。後から思えば、あの機械はただのカラオケではなかったか。

午後になり、柏木さんは何もなかったように仕事をした。僕にはもう、彼女がロボットには見えなかった。

「柏木さんはロボットじゃなかったよ」
翌日、いつもの店で梨乃に言った。
「だってさ、彼女泣いたんだよ。ロボットは泣いたりしないだろう」
「最近のロボットは精密ですよ。人間と同じような思考回路のロボットもいるんですよ」
「彼女は人間だよ。だけど僕には合わないな」
「先輩。唐揚げ遅いですね」
「梨乃の方が気を遣わなくていいや」
さりげない告白に、梨乃は答えなかった。急に黙って、動きが止まってしまったのだ。
「梨乃?」呼びかけてもまるで反応がない。店の主人が慌てて唐揚げを運んできた。
「ああ、間に合わなかったね、充電」
そう言って梨乃の口に唐揚げを押し込むと、途端に梨乃は動きだし、口をもぐもぐさせた。
「あれ?何の話でしたっけ?ああそうだ。つまり、ロボットは意外と身近にいるということですよ」
「…うん。知ってる」

********

公募ガイドの『小説の虎の穴』でボツだった作品です。
テーマは、2段落ち。
ちょっとひねりすぎたかも。。。


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コメント 14

矢菱虎犇

お~
手がこんでるう。
ボクは唐揚げばかりってところでピンときて、ボク的に最善と思う展開になったのでメッチャうれしかったです。つまりボクはこういうひねりかた、大好物です。2段オチのお手本のような作品だと思うなあ。
プラス、唐揚げで充電するロボットってのがけっこうツボです。ポパイのほうれんそう的な。
by 矢菱虎犇 (2013-02-14 02:42) 

海野久実

ふむ、この作品が入選してもおかしくないと思います。
選者の好みや、同時に投稿されたほかの作品のレベルがどうかというところなんでしょうね。
まあ、運も実力のうちですか。
平渡さんのおっしゃる
>2段目のオチは少し無理やり感があったかも
というのもわかりますが、このままでいいような気もするものの、唐揚げを分解して電気エネルギーを発生させて充電をするシステムを採用したロボットだとかなんとか、理屈付けがあった方が良かったのか、そこは迷うところですね。
by 海野久実 (2013-02-14 15:46) 

dan

私は面白いと思うけどやっぱり難しいのでしょうね。
「小説の実験」最優秀おめでとうございました。
今日読ませていただきました。リンさんさすがです。
by dan (2013-02-14 22:40) 

もぐら

なんで入選しないんでしょうね~。
2段落ちの作品って難しいですよね。

あ、でも題で少し先が読めちゃうからでしょうか。
題が「彼女の秘密」とかシンプルなほうが・・・。
うーん。
難しいのですね。

あ、Happy St.Valentine's Day!
by もぐら (2013-02-14 23:28) 

雫石鉄也

2段おちという課題としては、大変良くできた話だと思います。
ただSFとしては少々弱いですね。
海野さんはさすがです。
SFは科学を素にした架空のお話と仮定しましょう。
科学を素にしたのがSFです。
魔法を素にしたら、SFではなくファンタジーです。
では、科学と魔法はどう違うのか。科学は普遍的に実証可能なモノです。
例えばコイルに物理的な力を加えると電気が起きます。これが発電機の原理ですが、水力や原子力で発電機を回して電気を起こしているのですが、何が、いつ、だれが、これをやっても電気は起きます。これが科学です。
修業をつんだ高僧しかできないとか、新月の夜でないとできないというのは
魔法です。
で、この話の場合、唐揚げの構成分子に発電素子があるという設定をでっちあげるのです。架空でいいですから、理屈を考え、なるほど唐揚げには発電素子が含まれて、特殊なレセプターを装備しているロボットが口から食べれば充電できると、読者を納得させればいいわけです。これをきちんと現実の科学理論に基づいてやれば、いわゆるハードSFとなります。
ワンピースの悪魔の実のように、電気の実の唐揚げならファンタジーになります。
by 雫石鉄也 (2013-02-15 14:33) 

かよ湖

面白かったです。
私は2段目のオチも最後まで分からなかったので、やられた~!と思いました。唐揚げが燃料なのね、と単純に思えました。
これで入選しないとはレベル高いですね。

by かよ湖 (2013-02-15 22:46) 

リンさん

<矢菱さん>
からあげでピンときましたか。
さすがですね。
普通の女の子の方がロボットだったら面白いかな~と思ったんです。
自分的にはけっこう自信があったんですけどね^^
by リンさん (2013-02-16 23:02) 

リンさん

<海野久実さん>
ありがとうございます。
最優秀の作品は、サラッとした二段落ちだったんです。
あまりひねらない方が良かったのかもしれません。
これは5枚という枚数制限があるので、科学的な説明は難しいですね。
でも、なるほどと思いました。さすがですね。
by リンさん (2013-02-16 23:10) 

リンさん

<danさん>
小説の実験、読んでいただいたんですね。
ありがとうございます。
賞をいただくと、やっぱり励みになります。
次こそは、こちらでも頑張りたいです。
by リンさん (2013-02-16 23:13) 

リンさん

<もぐらさん>
あ、なるほど。タイトルですか。
そういうこともあったかも…。
あとは、もう少しわかりやすいテーマの方が良かったのかもしれません。
難しいですね。
by リンさん (2013-02-16 23:20) 

リンさん

<雫石鉄也さん>
ありがとうございます。
私の中でSFは、何でもアリみたいに思ってた部分がありました。
詳しい説明ありがとうございます。
そうですよね。科学ですものね。
この場合は、枚数制限があるので科学的な説明を入れるのは難しいから、ファンタジーという事にします。
それで、また懲りずにSFを書いてみました。
ご指導お願いします^^
by リンさん (2013-02-16 23:27) 

リンさん

<かよ湖さん>
ありがとうございます。
入選は難しいですね。今度こそは!と思いながら毎回出してます。
3月号では、「小説の実験」で賞がもらえたのでめっちゃ嬉しかったです。
よかったら読んで下さいね。
by リンさん (2013-02-16 23:31) 

pegasuswhite

柏木さん。。。いじらしい人(^^)
作品、面白いですわw
こういうものなんだか好きです。私には到底書けないジャンルと作風ですね。楽しかったです。

当初の大盛りのところで「出たな唐揚げロボット!」と笑って見ていましたけど、まさか本気で………(笑)
そしてカラオケボックスでの「充電しなければ!」で笑いました。
楽しめました。ありがとうございます。

by pegasuswhite (2013-02-19 22:38) 

リンさん

<pegasuswhite さん>
コメントありがとうございます。
楽しんでいただけて良かったです。
pegasuswhite さんも小説を書いているんでしょうか。
今度読んでみたいです。
今後ともよろしくお願いします。
by リンさん (2013-02-20 17:10) 

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