小春日和 [短編]
お昼休みになると、晴子が長財布を持って誘いに来る。
晴子は安くてお得な店を探すことに、日々全力を注いでいる。
「小春ちゃんって、秋に生まれたのに何で小春なの?」
ハンバーグを切り分けながら晴子が言った。
「小春日和に生まれたからよ」
「小春日和って秋なの?春じゃないんだ~」
「晩秋なのに春みたいに暖かい日を言うのよ」
晴子はふ~んと気のない返事をしてハンバーグを口に入れた。
晴子の興味は、小春日和より目の前のハンバーグに移っている。
いつもそうだ。晴子はあまり人の話を聞かない。
「このソース、味が薄いなあ。あたしコッテリ系が好きなんだけど。小春ちゃんは?」
私は「どっちでもいい」とそっけなく答えた。どうせ話は続かない。
知性も教養も品もない晴子と、私はどうして毎日ランチを共にしているのだろう。
よく動く晴子の口を見ながら、ときどき意地悪な気持ちになってしまう。
中途採用で入った会社に晴子はいた。
人付き合いが苦手な私に、同じ年で名前も似ていると、晴子はいつも話しかけてきた。
「ランチ行かない?おいしいお店があるよ」
最初に誘いに応じてしまったのが運のつき。いつしか、毎日ランチを共にするのが当たり前になっていた。
「小春ちゃん、悪いんだけど千円貸して。明日のお給料日に絶対返すから」
「え?また?」
「ホントにごめん」
晴子が手を合わせた。仕方がないので財布から千円を取り出して渡した。
晴子はどうやら金にだらしないようで、月末になるといつもこうだ。
思い切りうんざりした顔をしても、少しも感じ取ってくれない晴子に苛つく。
「明日からお弁当にしようよ。毎月お金が足りなくなるならランチ代を削りましょう」
私の提案に、晴子は下を向いた。
「お弁当なんて…お母さん作ってくれるかな」
「何言ってるの?23にもなって。自分で作るのよ」
「いやあ…自信ないなあ」
「いいから、明日からお弁当よ」
グズグズ言っている晴子に背を向け、私は歩き出した。
翌日、晴子は弁当を作ってこなかった。
「起きられなかった~」とエヘヘと笑った。
私はその日、会議室で弁当を食べた。久々に晴子と別々の昼休みだ。
お弁当組の先輩OLたちが入ってきた。
「あれ、石川さん珍しいね。お弁当なの?」
「あ、はい」
「今日はパー子と一緒じゃないんだ」
「パー子?」
「小山晴子よ。あいつ仕事遅いし空気読めないからパー子って呼ばれてるのよ」
「パー子のくせに男ウケがいいから、結構モテてるの。ムカつくよね」
「お金貸してって言われない?」
「はあ…でも、お給料日にちゃんと返してくれるし」
「同僚に借金するってどうよ?ふつう親とかに頼まない?」
「きっと親にも見放されてんのよ」
「ああ、やだやだ」
「だから私たち、仕事以外でパー子と話さないの。石川さんもこっちに入りなよ」
「そうよ。パー子の相手なんかしなくていいから」
何だかひどく気分が悪かった。その後も先輩たちは、同僚の悪口や噂話に花を咲かせた。
せっかくのお弁当がちっとも美味しくなかった。
どうでもいい晴子のバカバカしい話の方がよほどマシだと思った。
「私、銀行に行くので」と言って席を立った。
きっとこの後この人たちは、私の悪口も言うんだろうな、と思った。
外に出ると、近くのベンチで晴子が寒そうに身を縮めてコーヒーを飲んでいた。
「何してるの?」
話しかけると、晴子は少しぎこちない笑顔を見せた。
「パン買って食べてた。ひとりで店入ってもつまらないから」
そうか。晴子は、あの会議室でお弁当を食べるのが嫌だったんだと気づいた。
晴子がポケットから千円を取り出した。
「これ、ありがとう。今銀行行ってきたから」
千円を受け取って、となりに座った。
「いつもごめんね。あたし、給料のほとんどを家に入れてるんだ。お父さんがリストラされちゃってさ、けっこう大変みたいなの」
「そうなんだ」
「あ、でもランチ代だけは確保してるから…たまに、足りなくなるけど…」
いつになく弱々しい晴子に、私は寄り添った。
「明日からまたランチしよう。私も安い店探すから」
晴子は嬉しそうに頷いた。
「小春ちゃん温かいね。こういうのを小春日和っていうのかな」
「バカだね。今日は寒いよ」
この関係がずっと続くのか…と私はうんざりしながらも、どこかホッとしていた。
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晴子は安くてお得な店を探すことに、日々全力を注いでいる。
「小春ちゃんって、秋に生まれたのに何で小春なの?」
ハンバーグを切り分けながら晴子が言った。
「小春日和に生まれたからよ」
「小春日和って秋なの?春じゃないんだ~」
「晩秋なのに春みたいに暖かい日を言うのよ」
晴子はふ~んと気のない返事をしてハンバーグを口に入れた。
晴子の興味は、小春日和より目の前のハンバーグに移っている。
いつもそうだ。晴子はあまり人の話を聞かない。
「このソース、味が薄いなあ。あたしコッテリ系が好きなんだけど。小春ちゃんは?」
私は「どっちでもいい」とそっけなく答えた。どうせ話は続かない。
知性も教養も品もない晴子と、私はどうして毎日ランチを共にしているのだろう。
よく動く晴子の口を見ながら、ときどき意地悪な気持ちになってしまう。
中途採用で入った会社に晴子はいた。
人付き合いが苦手な私に、同じ年で名前も似ていると、晴子はいつも話しかけてきた。
「ランチ行かない?おいしいお店があるよ」
最初に誘いに応じてしまったのが運のつき。いつしか、毎日ランチを共にするのが当たり前になっていた。
「小春ちゃん、悪いんだけど千円貸して。明日のお給料日に絶対返すから」
「え?また?」
「ホントにごめん」
晴子が手を合わせた。仕方がないので財布から千円を取り出して渡した。
晴子はどうやら金にだらしないようで、月末になるといつもこうだ。
思い切りうんざりした顔をしても、少しも感じ取ってくれない晴子に苛つく。
「明日からお弁当にしようよ。毎月お金が足りなくなるならランチ代を削りましょう」
私の提案に、晴子は下を向いた。
「お弁当なんて…お母さん作ってくれるかな」
「何言ってるの?23にもなって。自分で作るのよ」
「いやあ…自信ないなあ」
「いいから、明日からお弁当よ」
グズグズ言っている晴子に背を向け、私は歩き出した。
翌日、晴子は弁当を作ってこなかった。
「起きられなかった~」とエヘヘと笑った。
私はその日、会議室で弁当を食べた。久々に晴子と別々の昼休みだ。
お弁当組の先輩OLたちが入ってきた。
「あれ、石川さん珍しいね。お弁当なの?」
「あ、はい」
「今日はパー子と一緒じゃないんだ」
「パー子?」
「小山晴子よ。あいつ仕事遅いし空気読めないからパー子って呼ばれてるのよ」
「パー子のくせに男ウケがいいから、結構モテてるの。ムカつくよね」
「お金貸してって言われない?」
「はあ…でも、お給料日にちゃんと返してくれるし」
「同僚に借金するってどうよ?ふつう親とかに頼まない?」
「きっと親にも見放されてんのよ」
「ああ、やだやだ」
「だから私たち、仕事以外でパー子と話さないの。石川さんもこっちに入りなよ」
「そうよ。パー子の相手なんかしなくていいから」
何だかひどく気分が悪かった。その後も先輩たちは、同僚の悪口や噂話に花を咲かせた。
せっかくのお弁当がちっとも美味しくなかった。
どうでもいい晴子のバカバカしい話の方がよほどマシだと思った。
「私、銀行に行くので」と言って席を立った。
きっとこの後この人たちは、私の悪口も言うんだろうな、と思った。
外に出ると、近くのベンチで晴子が寒そうに身を縮めてコーヒーを飲んでいた。
「何してるの?」
話しかけると、晴子は少しぎこちない笑顔を見せた。
「パン買って食べてた。ひとりで店入ってもつまらないから」
そうか。晴子は、あの会議室でお弁当を食べるのが嫌だったんだと気づいた。
晴子がポケットから千円を取り出した。
「これ、ありがとう。今銀行行ってきたから」
千円を受け取って、となりに座った。
「いつもごめんね。あたし、給料のほとんどを家に入れてるんだ。お父さんがリストラされちゃってさ、けっこう大変みたいなの」
「そうなんだ」
「あ、でもランチ代だけは確保してるから…たまに、足りなくなるけど…」
いつになく弱々しい晴子に、私は寄り添った。
「明日からまたランチしよう。私も安い店探すから」
晴子は嬉しそうに頷いた。
「小春ちゃん温かいね。こういうのを小春日和っていうのかな」
「バカだね。今日は寒いよ」
この関係がずっと続くのか…と私はうんざりしながらも、どこかホッとしていた。
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2013-11-25 18:10
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コメント(16)
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リンさんさん こんばんは
小春日和な温かいストーリでした。
by SORI (2013-11-25 20:28)
良いお話。ジンワリ。
by さきしなのてるりん (2013-11-25 21:31)
わかる。わかる。
まさにシンクロ。
陰口に負けない強い心を。。。
by MIHO (2013-11-26 12:48)
>そうか。晴子は、あの会議室でお弁当を食べるのが嫌だったんだと気づいた。
>「いつもごめんね。あたし、給料のほとんどを家に入れてるんだ。お父さんがリストラされちゃってさ、けっこう大変みたいなの」
晴子ちゃんもかわいそうだったんですね(/ _ ; )
小春ちゃん、付き合ってあげて下さい(*^_^*)
by なつかえで (2013-11-26 14:27)
仕事もできず空気も読めない、けどけっこうかわいい女の子。
男子はそういう子が好きですよ(笑)
晴子ちゃんが小春ちゃんに感じた小春日和。
ほっこりしましたが、ちょっとまだこの二人の行く末が心配。
もうちょっと読みたい気がします。
by 海野久実 (2013-11-26 17:27)
嫌だ、と思う時もあるけど気になる、小春さんと晴子さん
二人の関係が最後には温かく伝わってきてよかったです
大昔の職場のお弁当の時間を思い出しました。
by dan (2013-11-28 12:00)
いい子ですねえ。小春ちゃん。
ホレてしまうではありませんか。
どうも、わたし、りんさんの筆先の魔法にかかったようです。
by 雫石鉄也 (2013-11-28 14:21)
お給料の殆どを家に入れてる晴子ちゃんは偉いと思いやした(◎o◎)
by ぼんぼちぼちぼち (2013-11-28 17:07)
<SORIさん>
ありがとうございます。
ほっこりしていただけた嬉しいです。
by リンさん (2013-11-28 17:51)
<さぎしなのてるりんさん>
ありがとうございます。
こういう真逆なふたりの方が、上手くいくのかもしれませんね。
by リンさん (2013-11-28 17:54)
<MIHOさん>
ありがとうございます。
きっとどこでもありますよね。
人の悪口聞きながらお弁当は食べたくないわ~
by リンさん (2013-11-28 17:56)
<なつかえでさん>
ありがとうございます。
そうなんです。晴子ちゃんも頑張ってるんですね。
きっとこれからも、この関係は続くと思いますよ^^
by リンさん (2013-11-28 17:57)
<海野久実さん>
あはは^^そうですか。
確かにデキる女より可愛いかもしれませんね。
このふたり、何だかんだ言いながら、この関係を続けそうです。
私も見守っていこうかな^^
by リンさん (2013-11-28 17:59)
<danさん>
ありがとうございます。
いいところも悪いところも受け入れるのが友達ですね。
わたしも、みんなで食べたお弁当タイムを思い出しながら書きました。
by リンさん (2013-11-28 18:02)
<雫石鉄也さん>
ありがとうございます。
小春ちゃんは、一見ちょっと冷めてる無愛想な子ですが、本当は優しいんです。好きになってくれて嬉しいです^^
by リンさん (2013-11-28 18:04)
<ぼんぼちぼちぼちさん>
ありがとうございます。
晴子ちゃんえらいですね。
私にはとても無理でした(笑)
by リンさん (2013-11-28 18:05)