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アナログ先生 [公募]

次はアナログ先生の授業だ。
「やった、寝られる」と誰かが言った。

入学と同時に、EPATというタブレットを与えられる。授業はモニターを通じて行われ、呑み込みの早い生徒は先に進み、苦手な生徒は理解できるまで繰り返し見る。
自分のペースで勉強ができ、落ちこぼれをなくすことを目的に取り入れられたシステムだ。テストも課題もモニターを通じて行われる。
先生たちは、より良いカリキュラムを作ることに忙しい。
だから直接先生とふれあうのは、月に一度の集会と、年に数回のレクリエーションだけだ。

しかしごくまれに、毎回教室に来て教壇に立つ先生がいる。私たちはその先生を、アナログ先生と呼んでいる。

アナログ先生は、いつも分厚いカバンを持って、くたびれたスーツを着ている。黒板に、チョークという粉っぽい筆記具で字を書く。生徒の顔を見ながら話し、時々質問し、時々ウケないジョークを言う。

「さあ、授業を始めましょう」
ほとんどの生徒が聞いていない。寝ているか、モニターで違う授業をやっているか、音楽の課題をダウンロードしていた。今月の課題は、没後百年を迎えるマイケルなんとかというアメリカのミュージシャンだ。

私はアナログ先生の授業が好きだ。黒板を走るチョークの音も好きだし、チョークで白くなった手をパンと叩くしぐさも好きだった。

先生は、黒板に大きく作家の名前を書いた。昭和後期から平成にかけて活躍した有名な小説家だ。
「この人の小説を読んだことがある人」
先生の問いかけに、手を挙げたのは私だけだ。みんな聞いていない。
それでもアナログ先生は満足そうに「そうか、読んだか」と笑顔を見せた。

先生はカバンから厚い紙の本を出した。あの作家の代表作だ。
本はかなり古かったが大切に扱われていたようで傷はなかった。
「うわ、紙の本だ」「重そう」
今ではすっかり珍しくなった紙の本に、数人が興味を示した。
「これは、私のひいおじいさんの本です」
アナログ先生が頁をめくって見せると、「すげえ」と歓声があがった。

紙の本の製造が廃止になって、どのくらい経つのだろう。私が生まれた時にはすでに、古美術ストアーでしか見かけなかった。貴重な本は博物館かコレクターが所有している。

今では小指の爪ほどのICチップに読みたい本を入力する。それをヘッドフォンに挿入して音声で聞くのが主流だ。視力の低下が社会問題となり、今の形になったらしい。
聞いたら消去。つまらなかったら途中で消去。私たちは簡単に本を捨てる。それに比べて、百年経っても大切にされている紙の本は、なんて価値があるのだろう。

アナログ先生が、紙の本とICブックとの違いを黒板に書き出したころには、みんなすっかり興味を失いモニターに顔を戻していた。
「他に違いがわかる人はいますか?」
先生の質問に手を挙げるのは私一人だ。
「値段が違います」
「そうだね。値段が違うね。紙の本はICブックに比べて高いよね。リーズナブルにたくさんの本が読めて、君たちは幸せだと思う。だけどね、値段と一緒に、本の価値も下がってしまったんじゃないかと、時々私は寂しくなるんだよ」
先生は、うつむきながら言って、紙の本を愛おしそうに撫でた。
チャイムが鳴り、授業の終わりを告げるアナウンスが流れた。

休み時間は、目の保護のために全員がケアルームへ移動する。私はモニターを見ていないのでケアする必要がない。
「先生、黒板消すの手伝ってあげる」
「おや、いつも悪いね」
 私は、黒板消しが割と得意だった。
「紙の本が好きかね?」
 先生の問いかけに、私は手を動かしながら「はい」と答えた。
「じゃあ、この本を君にあげよう」
 思わず手を止めた。先生が本を差し出した。
「え? だって、大切な本でしょう?」
「最後まで私の授業を聞いてくれたお礼だよ」
私は、チョークの粉で白くなった手をスカートの裾で拭いて、その本を受け取った。

「ありがとう先生。大切にします。でも、最後ってどういう意味?」
「今日が最後の授業だったんだよ。定年でね」
先生は静かに教室を見渡した。活気ある教室を思い出しているのか、懐かしそうに目を細めた。

私は黒板に、チョークで大きく字を書いた。
『先生ありがとう 大好き!』
アナログ先生は、照れたように頭をかいて、ゆっくりと教室を出て行った。
紙の本は、陽だまりみたいな匂いがした。

******

公募ガイド「小説の虎の穴」で落選だったものです。
テーマは「近未来」
やっぱりSFはまだまだ、ということでしょうか。
…っていうか、これってSF?

ブログ仲間の川越さんが、佳作に入っていました。
おめでとうございます^^
私も頑張ります!
最近、虎の穴のテーマが難しいんですよね。
今トライしているのは「変わった小説」
すご~く苦労しています。でも絶対に書き上げてやる!!

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SORI

リンさんさん こんばんは
すばらしいSFストーリーだと思います。ちょっ怖い近未来ですね。世界はどこに向かっていくのでしょうね。
by SORI (2013-12-09 18:44) 

川越敏司

りんさん、こんばんは!

読みました。わたしの感想では、逆にこの作品を読んだ手触りは「近未来」より「もっと未来のSF」という感じですね。

アイザック・アシモフのショートショートにも似た感じのものがあります。やはり未来の教育を扱ったもので、ふだんは自宅でオンラインで授業を受けているのが、久々にスクーリングでリアルにクラスメートで会うと。。。というお話でした。

あいかわらず、「アナログ先生」などのネーミングセンスがいいですね!

この作品を読んでちょっとだけ残念だったのは、作中で話題になった本のタイトルが最後まで明かされないことです。

それがもしこの作品のオチにぴったりくる本だったら、きっとこの作品は入選していたのではないかと思いました。

わたしはこれ以降はお休みしているので、誌面に名前が出ることはありませんが、またりんさんのご活躍をお聞きするのを楽しみにしています。

by 川越敏司 (2013-12-09 19:01) 

華月麗唖

今回は、残念でしたね。
私は、虎は18回から応募していますが、今回で5連敗。
さすがに落ち込み気味です。(^^;; とまうしたら、りんさんみたく上手く書けるのかな。
「変わった小説」、私は先月に完成させて、今月頭に応募して来ました。
少し、急ぎすぎたかな。「変わった小説」の
二作目も出そうかな、と考えていますが、なかなか難しいですね。
ラノベのコンテストも始まるみたいてますが、りんさんは応募しますか?


by 華月麗唖 (2013-12-09 20:32) 

華月麗唖

わっ。(>_<)
ごめんなさい。
スマホにまだ慣れてなくて、変換ミス沢山していまいました。
読みづらくて、すみません。
by 華月麗唖 (2013-12-09 20:50) 

こっちゃん

私は紙派なんです。(笑)

今個人的趣味で、昭和に発行された本をコレクションしています。
あの質感は、タブレットでは味わえない。

またお邪魔します。




by こっちゃん (2013-12-09 20:51) 

海野久実

なかなかいい雰囲気の作品ですね。
舞台設定とか登場人物とか、とっても好きです。
結末が少々物足りなかったかもしれませんね。
川越さんのおっしゃるように紙の本が伏線になっていて、意外な結末に結びつく感じだと良いと思います。

今回は僕は出していませんでした。
次回、次々回は出しましたよ。
どうなることやら。
「変わった小説」もきっと出すと思います。

by 海野久実 (2013-12-09 20:59) 

雫石鉄也

最後まで素直に読まされました。さすがは、りんさんの文章力です。
これ、近未来SFとして書かれたのですか。
だったら少々残念です。
このままですと、近未来の学校風景をスケッチしただけです。作者が何をいいたい作品なのかわかりません。
主人公はアナログ派らしいということは判りますが、それだけでは弱いです。デジタル社会を賞賛する、またデジタル社会を批判する、そこになんらかの作者のいいたいこと、テーマを書くべきではないですか。
SFの大きな機能のひとつに、文明批評があります。ブラッドベリの「華氏451」は、個人が自由に読書することができなくなった社会の怖さを表現して、自由に読書して思考することの大切さをブラッドベリは訴えているのです。クラークの「幼年期の終わり」は、人類を遥かに凌駕する存在が人類にコンタクトしてきたら、という設定で、人類がどう変わるかを描いています。「虎の穴」の選者の清水義範さんは、こういうSFの基本を最も忠実に考えた柴野拓美さん主宰の「宇宙塵」出身ですから、そのあたりをきちんと見られるのでしょう。
by 雫石鉄也 (2013-12-10 14:04) 

さきしなのてるりん

書評を読むと、なるほどと思わされますが
出なければ何がいけないと詰め寄りたくなります。
by さきしなのてるりん (2013-12-10 15:50) 

リンさん

<SORIさん>
ありがとうございます。
未来はこうならないように、本を大切にしたいですね。
by リンさん (2013-12-11 16:30) 

リンさん

<川越さん>
ありがとうございます。
そうですね。近未来というのが、どのくらいの未来か悩みました。
100年先の話なんですけど、微妙なところでしょうか。

ここにでてくる作家は、村上春樹さんを想定しています。
タイトルまでは思いつかなかったですね。
なるほど、そういうオチの付け方もありましたね。
勉強になりました。

しばらくお休みですか。
私はとりあえず、全部出しています^^
とりあえずね…^^
by リンさん (2013-12-11 16:35) 

リンさん

<華月麗唖さん>
ありがとうございます。
私はほぼ毎回出していますが、落選の方が多いです。
最近のテーマ難しいですよね。
「変わった小説」 もう出したんですか。
よく思いつきましたね。
私は今執筆中。難しいです。

華月さんのブログ、たまにお邪魔しています。
メンバーじゃないとコメントできないみたいだったので、読み逃げで失礼^^
真摯に作品作りに向き合っていらっしゃるので、きっといい結果が出ると思いますよ。
お互い頑張りましょうね。

スマホ…いいなあ~
私はまだガラケーです。
by リンさん (2013-12-11 16:50) 

リンさん

<こっちゃんさん>
私も紙派です。
こっちゃんさんのような本好きの方がいる限り、紙の本はなくなりませんよ。
きっと^^
by リンさん (2013-12-11 16:52) 

リンさん

<海野久実さん>
ありがとうございます。
ちょっとノスタルジックな雰囲気にしてみましたが、SFとしてはちょっとダメでしたね^^;
意外な結末は、どうも思いつきませんでした。
難しいですね。
by リンさん (2013-12-11 16:58) 

リンさん

<雫石鉄也さん>
ありがとうございます。
雫石さんのコメント、大変勉強になりました。
SFというのは、ただ未来のことを想像して書くだけではダメなのですね。
紙の本の良さを再発見して、残していくことを誓うとか、そういう方向にした方がよかったかもしれませんね。
いつもありがとうございます。
またいろいろ教えてください。
by リンさん (2013-12-11 17:07) 

リンさん

<さぎしなのてるりんさん>
ありがとうございます。
SFは難しいですよ~。
まだまだ勉強中です。
by リンさん (2013-12-11 17:09) 

麻乃あぐり

こんばんは、リンさん♪

見事に近未来感が表現されていました。
なんか、今の延長線上に実際ありそうな
未来で、ちょっと怖かったですね(苦笑)。

ほんとにそれでいいの? という現代への問いかけが
物語におり込まれているようで、紙の本を大切にしようと思いました♪
by 麻乃あぐり (2013-12-13 01:42) 

リンさん

<麻乃あぐりさん>
ありがとうございます。
SFを書くときは、本当にドキドキするんですよ。
これでいいのかなって^^

あぐりさんに褒めていただけてホッとしました~^^
私も紙の本、大切にしたいです。
by リンさん (2013-12-13 18:05) 

かよ湖

お久しぶりです。でも、いつも読んではいますよ。
「アナログ」という言葉自体を最近聞かなくなった気がします。紙の本も黒板にチョークも、いつかは「懐かしい」ものに変わっていくのかもしれませんね。
私はまだまだ、本は紙・音楽はCDです。
by かよ湖 (2013-12-15 01:42) 

リンさん

<かよ湖さん>
お久しぶりです^^
ありがとうございます。

そうですね。いつかネットですべての勉強ができて、学校もなくなっちゃうかも。
そんな寂しいことにならないようにしたいですね。
私も紙の本とCDです。いまだにガラケーだし^^
by リンさん (2013-12-16 17:50) 

Nabe

私も、アナログ先生の方が
好きです!
by Nabe (2014-09-29 00:59) 

リンさん

<nabeさん>
ありがとうございます。
私はだんぜん紙の本が好きです。

ところで、nabeさんのブログに飛べないのですが、よかったらURL教えてください。
by リンさん (2014-10-02 17:09) 

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