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タイムカプセル [公募]

小学校の校庭は、思っていたより小さく感じた。
校庭が狭くなったのはなく、私が大人になったからだ。
12月の風に、校庭の土が舞う。マフラーを巻き直して時計を見る。
「遅い……」

小学校の卒業後に、四人でタイムカプセルを埋めた。
大切なものを持ち寄って、校庭の隅に埋めた。
美咲と聡とキンジと私は、休み時間も放課後も、飽きるほど一緒にいた。
キンジだけが渾名で、いつも本ばかり読んでいたから二宮金次郎に因んで付けられた。

小学校が廃校になることを知り、急きょタイムカプセルを掘ることになった。
集まるのは、ずいぶん久しぶりだ。
ずっと終わらないと信じていた友情関係は、中学生になった途端にあっさり崩れた。
美咲と聡が付き合い始めたのだ。
四人の間に恋愛というものが存在するということを、受け入れられず戸惑った。

ある日美咲は目を輝かせて言った。
「ねえ、佳織ちゃんとキンジも付き合えばいいのに。そうすればダブルデートできるよ」
何気なく言った言葉は、ひどく不快だった。
「やめてよ、誰がキンジとなんか付き合うか」
すぐ後ろにキンジがいるとは知らずに、私は大声で言った。
キンジは聞こえなかった振りで通り過ぎたが、その日を境に私を避けるようになった。
そして私たちは、そのまま中学を卒業して、それぞれ別の高校へ進んだ。
結局、友情は続かないということだ。

校庭の遊具は、思い出の宝庫だ。ジャングルジム、うんてい、すべり台。
聡は誰より運動が得意だった。美咲はちょっと怖がりだった。
キンジはいつも順番を譲ってくれて、私はいつも笑っていた。
10分後に、ようやくスコップを持った聡と美咲が来た。
ふたりは高校進学を機に別れたが、成人式で再会してまた付き合いだした。
「やっと来たな。腐れ縁カップルが」
「相変わらず口が悪いな。佳織は」
「6年ぶりね。佳織ちゃん、成人式来なかったから」
「ヒマな学生と違って、働いているもんで」
「マジで口悪い。ところで、場所憶えてる?」
鉄棒から西に30歩、そこから南に40歩、せーので右を向いて真正面に見える桜の木の下に埋める。それが、みんなで決めた場所だ。

私たちは、12歳の歩幅を考慮して歩いた。
桜の木が同じ場所に在ったことに感謝して、木の下を掘った。
意外と深く掘っていたことに驚きながら、銀色の缶を掘り出した。
それは、9年分の錆をまといながらも、ちゃんと私たちを待っていた。

「開けるか」
「ねえ、キンジの分はどうする?」
「お家に届けてあげようか」
「エロ写真とかだったらどうする?」
「キンジに限ってそれはない……たぶん」
私たちは、ここにいないキンジのことで笑いあった。
聡が、ゆっくり蓋を開ける。それぞれの名前が書かれた封筒が、4つあった。

何のことはない。当時好きだったアイドルの写真や、百点のテスト、お気に入りのシュシュなどが出てきた。
聡はJリーガーのカード、美咲は自分が書いたポエムに赤面した。
「キンジの開ける?」
「じゃあ、聡が開けてよ。それでもしもエロ写真だったらそのまま埋めよう」
「よし」とキンジの封筒を開けた聡の表情が変わり、一枚の紙を私に差し出した。
「手紙だ。佳織宛の手紙」
「えっ、あたし?」
飾り気のない便箋に「佳織へ」と癖のある文字で書かれた手紙だった。

『佳織へ  僕の性格からして、絶対に言えない言葉をここに残します。僕は佳織が好きです。ずっと好きでした。この先いろんな人と出会うと思うけど、この気持ちを忘れたくないのです。タイムカプセルを開けて君がこれを読んだとき、お願いだから「キモイ」とか言わないで欲しい。もっとも、そういうのも佳織らしくて好きだけどね。 キンジより』

文字が滲んで、泣いていることに気づいた。キンジの気持ちなど、考えたこともなかった。
キンジは、17歳の夏に事故で逝ってしまった。
一緒にタイムカプセルを開けることは出来ない。
何も知らずにキンジを傷つけた中学生の私。
もう謝ることも出来ない。

「雪だ」と美咲が手のひらをかざす。
晴れた空に雪が舞う。遠い昔、小学校の帰り道にも、こんなふうに雪が降った。
「風花だよ。晴れた空から雪が降ることを、風花って言うんだ」
そう教えてくれたのは、キンジだった。
物知りで優しくて照れ屋のキンジを、私たちはずっと忘れない。

3人で空を仰いだ。
「ありがとう。キモイなんて言わないよ。キンジは大切な友達なんだから」
空に向かって手を振ると、いつの間にか雪もやんだ。

*****

公募ガイド「TO-BE小説工房」で、選外佳作でした。
課題は「風花」
こんなきれいな課題が出ると、なんだか身構えてしまいますね。
いい話を書かなきゃ、みたいな。
なかなか書けなくて、ギリギリで出した作品でした。
今月の課題の「鮎」も、なかなかに難しいです。


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まるこ

リンさん、こんばんは。

タイムカプセル。この言葉を聞くだけでも戻れない時間を懐かしむ感じがなんだか切なくて。
その上、この物語の結末。。。
涙腺ゆるんじゃったよー。
でもキンジの思いだけでも、伝わって良かったなって思います。
by まるこ (2018-02-10 23:33) 

SORI

リンさんさん おはようございます。
こんな形で淡い恋心を知ったのですね。でも、その時には彼が亡くなっていたなんて寂しすぎます。人の死だけは元に戻らないけれども思い出だけは強く刻まれたようです。
by SORI (2018-02-12 07:20) 

えもとえい

こんにちは!
今回のTO-BEは特にレベルが高かったですね。
佳作・選外佳作のどれもが優秀作として紙面に掲載されても納得できる作品ばかりでした。
身構えると言えば、次々回の『穴』もショートショートの傑作中の傑作である星新一氏の代表作を連想させるお題でつい肩に力が入ります(^_^;)
ホラー、シュール、本格SFといつも以上に個性あふれる作品が集まりそうで楽しみです。
りんさんの『タイムカプセル』も時を超えて声が届くお話ですね。変わっていく関係、変わらない友情、タイムカプセルに封印された想いが風花にからめてせつなくも前向きに描かれていて感動しました。
by えもとえい (2018-02-12 13:53) 

ぼんぼちぼちぼち

涙ぐんじゃいやした。
まだ大人になれてない思春期の頃って 無意識に友達を傷つけたりしちゃうんでやすよね(◎o◎)b
by ぼんぼちぼちぼち (2018-02-12 21:33) 

dan

風花という課題からは一見遠い感じのする作品ですが
とてもいい。清々しい切ない恋に風花がぴったりです。
なんで最優秀でないのかなあ。
いつも楽しみにしています。頑張ってください。

by dan (2018-02-13 10:40) 

雫石鉄也

たいへん、良かったです。
感動しました。
by 雫石鉄也 (2018-02-13 14:03) 

リンさん

<まるこさん>
ありがとうございます。
きっと誰でも一度くらいは、タイムカプセル埋めた経験があるんじゃないでしょうか。
開けるときに、友人がこの世にいないのは、とても悲しいことですね。
by リンさん (2018-02-15 21:06) 

リンさん

<SORIさん>
ありがとうございます。
小学生の頃は、男女関係なく遊んでいても、大人になるにつれて意識してしまうものですね。
せめて楽しい思い出が残せてよかったです。
by リンさん (2018-02-15 21:08) 

リンさん

<えもとえいさん>
ありがとうございます。
阿刀田先生も「レベルが高い」と書かれていましたね。
課題が文学的だったからでしょうか。
本当にいい作品ばかりでしたね。
『穴』といえば、やはりSFっぽいものを考えますね。
まずは『鮎』を書き終えてから、じっくり考えます。

by リンさん (2018-02-15 21:12) 

リンさん

<ぼんぼちぼちぼちさん>
ありがとうございます。
そうですね。何気なく言った言葉でも、傷ついてしまう年頃ですね。
生きていれば笑い話で終わったかもしれませんが、切ないですね。
by リンさん (2018-02-15 21:14) 

リンさん

<danさん>
ありがとうございます。
最初は初老の女性を主人公にした話を考えたのですが、うまく纏まらずに設定を変えました。
TO-BEは、だんだんレベルが高くなってきているように感じます。
頑張ります^^
by リンさん (2018-02-15 21:18) 

リンさん

<雫石鉄也さん>
ありがとうございます。
正直、あまり自信がなかった作品ですが、みなさんに気に入っていただけてよかったです。
by リンさん (2018-02-15 21:25) 

ひと休み

やっぱり、本気を出すと、文章の深みがすごいですね。
一つ一つの文に味わいがあって、きれいに流れている。
それでいて実は、巧みにしかけが施されている。

最優秀でなかった理由を、「常連は厳しく」ということ以外にさがすとすると、
結末が予測どおりなこと。
風花がそれほど必然性を持っていないこと。
──でしょうか(よくわかりませんが)。

ちなみにぼくは、まったく何も思いつかず不戦敗でした(笑)


by ひと休み (2018-02-17 11:22) 

リンさん

<ひと休みさん>
ありがとうございます。
なかなか難しい課題でしたね。
不戦敗とはもったいない。
レベルもますます上がってきましたね。
by リンさん (2018-02-23 21:54) 

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