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知らない子

40歳を過ぎて実家暮らし。両親を看取って一人暮らしになった。
在宅勤務で出かけることもなく、仕事のやり取りはすべてリモート。
食事はネットで買ったカップ麺、たまにピザかウーバーイーツ。
これじゃ出会いなんてあるわけないよ。
「親の介護がなかったら、あのとき結婚していたのにな」
今さら思っても仕方ない。

7年前、母の介護で会社を辞めた。
家でも出来るデザインの仕事に切り替えたけど、安定しないから将来が不安だと梢子は言った。
そして別れた。35歳の秋だった。

さて、今日は何を食べようかと考えていたら、勝手口のドアが開いた。
勝手口から出入りする人などいない。そもそも一人暮らしだ。
覗いてみると女の子が立っていた。
「どこの子だ? 鍵がかかってたのにどうやって開けた?」
女の子は答えずに、靴を脱いで上がり込んだ。
「おいおい、人の家に勝手に入っちゃダメなんだぞ」
女の子はニコニコしながらソファーにちょこんと座った。
「おじちゃん、お腹空いた」
「なんだと? うちにはお菓子なんかないぞ」
「じゃあコンビニ行こう」
「はあ? 図々しいやつだな。家はどこだ」
僕は上着を羽織って、女の子を家まで送ることにした。
「躾がなってないですよ」と一言ぐらい文句を言ってやろう。

外に出ると風が冷たかった。いつの間にか季節は冬に向かっている。
女の子が手をつないできた。なんだこれ。柔らかいぞ。
ああ、あのまま梢子と結婚していたら、このくらいの子供がいたかもしれないな。
そんなことを思いながら、木枯らしに押されて歩道を歩いた。
コンビニであんまんを買ってやったら、女の子は美味しそうにハフハフしながら食べた。
「公園で遊ぼう」
女の子が急に走り出して、近くの児童公園に行った。
「寒いよ。誰もいないじゃないか。それより家はどこなんだ? お母さんが心配してるぞ」
「おじちゃん、背中押して」
女の子は、ブランコに座って手招きをした。
まいったな。今日中にクライアントに図案を送らなきゃいけないのに。
僕は数回背中を押して「はい、おしまい」と女の子を抱き上げた。
ふわふわして、甘い匂いがした。
「さあ、家に帰るぞ。俺は忙しいんだ」
抱っこされたのが嬉しいのか、女の子はやたらはしゃいでいる。

日が暮れる前に何とかしなければ。
そう思って公園を抜けると、女の子が突然「あっ、ママだ」と僕の腕をすり抜けた。
そこには、買い物袋を下げた女性がいた。
彼女は、立ち止まって僕の顔をじっと見た。
「梢子?」
それは、7年前に別れた彼女だった。
「あなたの家、この近くだったわね。いつか会うんじゃないかと思っていたわ」
「結婚したんだね」
彼女は、うつむきながら首を横に振った。
「まだひとりよ。あれから全然ダメだった。あなたのせいで男運が悪くなっちゃった」
「だって、子供が……」
見回すと、さっきの女の子はどこにもいない。最初からいなかったような気もする。
不思議だ。腕に抱いた感触は、確かに残っているのに。

子供の声が聞こえる。
「パパ、起きなしゃい。ちーちゃんとママはお出掛けしましゅよ」
「あなた、朝ごはん出来てるからね。私今日は残業だから、保育園のお迎えお願いね」
みそ汁の匂いがする。遅くまで仕事をしていた僕は、布団の中で手を振った。

7年ぶりの再会の後、僕たちは結婚した。
一人娘の千秋は、なぜか勝手口から家に入る。
そしてソファーにちょこんと座り、「パパ、お腹空いた」と笑うのだ。

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雫石鉄也

傑作です。
by 雫石鉄也 (2020-11-18 13:03) 

ぼんぼちぼちぼち

先が読めない不思議なお話しで、一気に読んでしまいやした。
ともあれ、主人公さん、現在幸せで何よりでやす。
by ぼんぼちぼちぼち (2020-11-19 20:33) 

SORI

リンさんさん おはようございます。
回り道をして不思議な経験もしてハッピーエンドになるとホットします。女の子は想像を超えた不思議な存在でした。
by SORI (2020-11-20 03:33) 

リンさん

<雫石鉄也さん>
ありがとうございます。
嬉しいです^^
by リンさん (2020-11-23 22:51) 

リンさん

<ぼんぼちぼちぼちさん>
ありがとうございます。
たまには外に出ないとダメですね^^
出会いが待っていますから。
by リンさん (2020-11-23 22:52) 

リンさん

<SORIさん>
ありがとうございます。
未来の娘が、なかなか出会わない両親を引き合わせたのかもしれませんね。
by リンさん (2020-11-23 22:53) 

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