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ぼくの右くつ・左くつ [公募]

ぽっかぽかの春。こいのぼりが風をはらんで、ゆうゆうと泳いでいる。
ひごいとまごいが全部で七匹。すごいなあと見ていたら、いきなりドボン。
やっちゃった。水を張った田んぼに、右足がズボっとはまちゃった。

まるで底なし沼みたい。足が泥に埋まって抜けない。
通りかかったおじさんに助けてもらってようやく抜けたけど、その拍子に泥の中でくつが脱げちゃった。
おじさんがさおで「どれどれ」と探ってくれたけど、くつはとうとう見つからなかった。
ぼくは半泣きで帰った。お気に入りのくつだったんだ。
「新しいくつを買うしかないねえ」
お母さんは困り顔。お父さんは大笑い。ぼくはがっかりしながら頭をかいた。

その夜のことだ。玄関先で泣き声がした。シクシクシクシク。
そうっとのぞくと、ポツンと残された左のくつが泣いていた。
「なあ、あんた。うちら二つで一足なのに、相方がいなくてどうしたらええの?」
うすぐらい玄関のすみっこ。だらんとたれ下がったくつひもが、涙みたいだ。
「ごめんよ、左くつさん。仲良しだったんだね。明日また探してあげるから」
「見つからなかったら、うちはお払い箱や。燃えるゴミに出されておだぶつや」
「大丈夫だよ。捨てられないように、ぼくがかくしてあげるから」
ぼくは左くつを新聞紙で包んで部屋に持っていった。
机の下なら安心だ。左くつは「かなわんなあ」と、ずっとぼやいていた。

次の朝外に出たら、田んぼにはたくさんの人がいた。田植えが始まってしまったんだ。
ネコの手も借りたい田植えの最中に、くつを探してくださいなんて、とても言えない。
「ごめん。きみの相方さん、探せなかった」
「何やそれ。けど仕方ないな、田植えやもんな。相方さん、土の中で苦しくないやろか」
「あんがい、ミミズと友達になってるかも」
「のんきやなあ、あんた」

田植えを終えた田んぼは美しい。
整列した苗の間を白さぎが泳ぎ、青い空や、ゆっくり流れる雲が水面にくっきり映るんだ。
「たいくつやなあ。くつだけに。なあ、あんた何かおもしろいこと言うてみて」
左くつは、毎日話しかけてくる。
ぼくはおもしろいことが言えないから「つまらんやつやなあ」とダメだしされる。
そんな毎日だ。

そして季節はめぐる。風にそよぐ苗の波、入道雲、赤とんぼ。
稲刈りが終わると、田んぼはしばらく裸ん坊だ。こがらし、雪景色。
そしてふたたび、待ちに待った春が来た。

ぼくは三年生になった。あぜ道を走って帰り、ランドセルをいきおいよく置いた。
「左くつさん、田んぼに水が張ってたよ。去年と同じ場所を、さおで探ってみるね」
「ほな、うちも連れてって。感動の再会や」
左くつと一緒に家を出たぼくは、去年くつを失くした場所に「エイ!」とさおを突きさした。
そのとたん、突然水がぐるぐるうずを巻いた。
何だ、何だ? どろどろの土が盛り上がり、ぴょーんと何かが跳びはねた。
ぼくの手の中に、すとんと落ちてきたのは、なんと泥んこだらけの右くつだ。

「オラ、ハロー、ボンジュール、ニイハオ」
やけに陽気な右くつは、泥だらけのくつひもを得意げにピーンとのばした。
「あんた、いったいどこに行ってたんや」
左くつが、くつひもで右くつをどついた。
「いやあ、土の中をどんどんどんどん進んだらな、地球の裏側に出ましてん」
「そんなアホな」
「ホンマやで。ついでに世界一周旅行をしてきたんや。いろんな景色を見たけどな、やっぱり日本の田園風景が一番やな」
「なんや楽しそうやな。心配して損したわ」
「すまんすまん。アイムソーリーや」
ぼくは愉快なやりとりに思わず笑った。やっぱり名コンビ。息がぴったりだ。

「おかえり。右くつさん」
「あんたにも心配かけたな。明日から、また一緒に学校へ行こうな」
「それが……。もうはけないんだ。去年より足が一センチ大きくなっちゃって」
先週、進級祝いに新しいくつを買ってもらったばかりだ。左くつがしょんぼりした。
「ほな、うちらやっぱりお払い箱?」
「ううん。ずっと部屋にかざっておくよ。ぼくが田んぼに片足をつっこんだ記念に」
「はは、変な記念や。けど、いい記念や」
「ほなよかったわ。うちらずっと一緒やな」

ぼくは、右くつをきれいに洗って、部屋の窓辺に並べた。
左くつはとてもうれしそうによりそって、仲良し夫婦みたいだ。
「この窓からは田んぼが見えるよ。田植えから稲刈りまで、一緒に見ようね」
話しかけたけれど、くつはもうしゃべらない。
オレンジ色の夕焼けが、ふたつのくつを真っ赤にそめた。
久しぶりに会って、照れているのかな。


*去年、「家の光童話賞」で、佳作をいただいた作品です。
田植えの季節にアップしようと思っていましたが、今日お散歩に行って暖かかったので、あげてみました。
「家の光」今年も募集が始まりました。
今年は、一つ上を目指したいです。畦道歩いて感性を磨きます。
頑張りま~す^^




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コメント 8

SORI

リンさんさん おはようございます。
これは楽しいお話ですね。
読んでいたら、はまってしまいました。はまったのは田んぼではないです。お話にです。
by SORI (2022-03-21 05:26) 

しろまめ

可愛いお話でしたね。
4~6月は童話系公募の締め切りが多いので、今から書き始めないと間に合いません!
ぼくは一昨年は佳作でしたが、昨年はダメでした。
今年も、佳作のひとつ上を目指して(それ以上でも遠慮はしないけど)書きますよ~。

by しろまめ (2022-03-21 21:20) 

ぼんぼちぼちぼち

佳作とは、素晴らしいでやすね!
仰るように、今年はよりジャンプアップされてくださいでやす!
by ぼんぼちぼちぼち (2022-03-23 12:47) 

リンさん

<SORIさん>
ありがとうございます。
田んぼにはハマらないよう、お気を付けください(笑)
by リンさん (2022-03-27 10:10) 

リンさん

<しろまめさん>
ありがとうございます。
家の光は佳作だと雑誌に載らないから、嬉しいけどちょっと残念なんですよね。
今年はとりあえず載せてもらえるようになりたいです。
お互い頑張りましょう^^
by リンさん (2022-03-27 10:13) 

リンさん

<ぼんぼちぼちぼちさん>
ありがとうございます。
今年こそは、頑張ります^^
アイデアはまとまっているので、あとは書くだけです。
by リンさん (2022-03-27 10:14) 

雫石鉄也

傑作です。オープニングもシメも快調で良かったです。左右のクツのキャラの書き分けも出来ていましたし、ストーリーの運びも自然で読みやすかったです。
楽しい作品をありがとうございます。
by 雫石鉄也 (2022-03-29 13:40) 

リンさん

<雫石鉄也さん>
ありがとうございます。
きっと関西弁にしたのがよかったんですね。
夫婦漫才みたいなイメージで書きました^^
by リンさん (2022-03-29 17:55) 

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