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桜の木の下 [コメディー]

花曇りの朝、愛犬のエリザベスと散歩に出ました。
公園の桜の花が見事に咲いて、思わず足を止めました。
すると、エリザベスが木の根元に向かって吠え始めました。
ワンワンワンワン。
めったに吠えないエリザベスが、やけにワンワン吠えるのです。
もしかして、これは……
花咲かじいさんのお話が浮かびました。
犬が吠えたところを掘ったら、大判小判がごっそり出てきた話です。

私はちょうどシャベルを持っていたので、桜の木の根元を掘りました。
ここ掘れワンワン♪ と歌いながら掘りました。
さて、何が出てきたと思います?

死体……と思ったあなた、ミステリー小説の読みすぎです。
タイムカプセル……と思ったあなた、青春ドラマの見すぎです。
土の中には、瓶がありました。
アンティークのおしゃれな瓶を想像したあなた、ロマンス小説の読みすぎです。
それは、海苔の佃煮の瓶でした。
蓋が錆びついて、ラベルが剥がれた汚い瓶でした。
何とか蓋をこじ開けたら、一枚の紙が入っていました。
熱烈な恋文だと思ったあなた、恋愛ドラマの見すぎです。
未来からの手紙だと思ったあなた、SF小説の読みすぎです。
それは、一枚の宝くじでした。

これが当たって大金持ち……と思ったあなた、人生ゲームのやりすぎです。
とっくの昔に期限切れでした。
これを埋めた人の背景には、どういう物語があるのでしょう。

1、 当たって、億万長者になるのが怖くて埋めた。
2、 外れてやけになって埋めた。
3、 いたずらで盗んだ宝くじが当たってしまって、換金できずに埋めた。

「私は3番だと思うんだけど、エリザベスはどう思う?」
「ワン」
「えっ、1番? そうかなあ」
「ワンワン」
「2番? うーん、埋める必要なくない?」
「ワンワンワンワン」
「ええ、4番があるの? なになに?」

まあ、考えても仕方ないことなので、私はまた瓶を埋めました。
さあ、お散歩を続けましょう、エリザベス。
こんな刺激的なお散歩も、たまにはいいものですね。

しかし翌日の新聞に、私、卒倒しました。
『〇〇公園の桜の木の下に1億円』という見出しです。
記事を読んでみると、まさに私が掘った桜の木の下に、1億円の現金が埋まっていたと書いてあったのです。
嘘でしょう? 期限切れの宝くじだったわよね?
ねえ、エリザベス。

「ワンワンワンワン」
(だから4番って言ったでしょ。4番はね、瓶はただの目印。その下に、大金が埋まっているの。公園の桜はたくさんあるから、忘れないように目印を埋めたの。海苔の瓶に外れくじを入れてね。すぐにわかるように、浅く掘って土をかぶせたの。あなたが見つけたのは、その瓶だったのよ。もっと深く掘れば1億円だったのよ。せっかく教えてあげたのにね)

「さあ、エリザベス。今日もお散歩に行きましょう。いいお天気ね」
ワンワンワンワン!
(まあ、ご主人さまは幸せそうだから、別にいいか)

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