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ハロウィンin渋谷 [コメディー]

「渋谷のスクランブル交差点に行ってみようよ」
ドラキュラが言った。
「ああ、ハロウィンか。そりゃあいいな」
フランケンが言った。
「だろ、みんな仮装してるから俺たち全然目立たない」
「うん。堂々と人混みを歩ける機会なんてないからね」
「いいわね、私もチンケな魔女の仮装見て笑いたいわ」
黒魔女が言った。

「お前も行くだろ」と言われて、僕は渋々うなづいた。
本当は、あまりこいつらと関わりたくはない。
だって僕は、こいつらのようなモンスターじゃないから。
僕は堂々と人混みも歩けるし、友達だっている(もちろん人間の)
だけどまあ、こいつらも陽の当たる場所を歩けない可哀想な奴らだ。
付き合ってやるか。

そんなわけでやってきた、ハロウィンの渋谷。
「へえ、見てよ、意外と本格的な仮装だわ」
「ミニスカナースのゾンビ、そそられるぜ」
「あの魔女、かわいいな」
「ちょっと、本物の美しい魔女がここにいるでしょ」
僕は黙って、後ろを歩いていた。

「あれ、タカシじゃね?」
声をかけてきたのは、大学の友人だった。
ゾンビの仮装をしていてもすぐに分かった。
今日は出来れば会いたくなかった。

「おまえの仲間、すげーな。本格的だな」
……そりゃあそうだろ。本物だからな。
「おまえは仮装しねえの?」
「ああ、うん、まあ」

その時、雲が切れて月が出た。
やべえ、今日は満月だった。
僕の手に、黒い毛が生え始め、服が破け、体中を覆った。
牙が生えて、目が光り、四つん這いになって吠えた。

「お、ついに出たな、狼男」
「それでこそ仲間だ」
「変身した彼、すごくセクシーね」
ああ、いやだいやだ。こんな体質。人間のほうがずっといい。
それよりも、大学の友人にバレちまったじゃないか。
どうしよう。

「タカシ、おまえの仮装、すげーな。ねえねえ、どうやったの? 本物の毛みたいだな。触っていい?」
あれ? まさか、バレてない?

渋谷のハロウィン、何でもアリだな。
来年も来よう。

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ぬかみそ

スズメの涙ほどの給料袋を抱えて、葉子は家路を急いだ。
生まれて初めてのお給料だ。
これでお母さんと妹に何か買ってあげよう。
空に浮いているようなおぼろ月が、笑っているような夜だった。

父親がいなくて貧しかった葉子は、中学卒業とともに働きに出た。
45年も前のことだ。
学校から紹介されたのは、老舗の料亭の下働き。初月給は、今の若者が聞いたらテーブルをひっくり返して「マジか!」と言いそうなほど安かった。
それでも葉子は、走り回りたいほど嬉しかった。

下働きは厳しくて、叱られたり苛められたりしたけれど、料理の仕事は好きだった。
一番つらかったのは、買い出しの途中で同級生に会うことだった。
「あれ、葉子じゃん」
セーラー服の女子高生が、割烹着の葉子を取り囲む。
「有名な料亭なんでしょ。いいなあ、美味しいもの食べられて」
「そんなことないよ」と笑いながら、葉子は思った。
それ、本気で言ってるの? 毎日お母さんが作った2段のお弁当を持って高校に行く方が、よっぽどいいじゃないの。
手を振って別れた後、背中越しに「なんか、ぬかみそ臭くなかった?」と言う同級生の声が聞こえた。みじめで泣きたくなった。

還暦を迎える年になり、葉子は初めて、中学校の同窓会に出席することにした。
どうせ話が合わないと思ったし、仕事も忙しかったから一度も出ていない。
会場のホテルに着くと、それらしい団体がロビーを占領していた。
それなりに60年の年を重ねたおじさんとおばさんが、肩を叩きながらあだ名で呼び合っている。
ひとりの女性が葉子に気づいた。
「あら!」と目を丸くして近づいてきた。
「味山葉子先生じゃありません? 料理研究家の味山先生ですわよね」
「ええ」と葉子は頷いた。
「わあ、本当だ。先生の本、全部持っています。テレビの料理番組も欠かさず見ています」
「私も、先生のレシピいつも参考にしてるんですよ」
色とりどりの服を着たおばさんたちが、葉子を取り囲む。
葉子は、今日本で一番人気の料理研究家であった。

最初葉子を「先生」と呼んだ女は、みっちゃんだとすぐにわかった。
みっちゃんは老け顔だったのであまり印象が変わっていない。
45年前のあの日、葉子を「ぬかみそ臭い」と言った同級生の一人だ。

「先生、握手してください」
みっちゃんが手を差し出した。
「私の手、ぬかみそ臭いわよ」
「素敵です。先生のぬか漬け、食べてみたい」
葉子はその時、何となく「勝った」という気がした。
45年も前のことなど、誰も覚えていない。葉子のことさえ、もう彼女たちの記憶から消えているだろう。
だからどうでもいいことなんだけど、何となく気分が良かった。
葉子はにこやかに握手に応じ、「ごきげんよう」とその場を去った。

「先生、同窓会に出席しないんですか?」
待たせていた運転手が、不思議そうに聞いた。
「もういいの。何だかねえ、みんなぬかみそ臭いおばさんになっちゃって、ふふふ、だからもういいの」
「ここ、先生の故郷ですよね。どこか寄りたいところはありますか?」
「じゃあ、この先の角のお肉屋さんに寄って。初月給でコロッケを買った店なの」
ホテルの同窓会ブッフェより、家族で食べた1個50円のコロッケ。
今日はそんな気分の葉子だった。

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気まずい帰郷 [公募]

車窓に広がる田園風景に妙な安らぎを覚えながら、紘一は二本目の缶ビールを開けた。
シラフでは帰れないほどの不義理をした、十年ぶりの帰郷だ。
うんざりするほど嫌だった田舎暮らしが、何故だかやけに懐かしい。

紘一は地元の大学を出た後、実家の旅館を手伝った。
いずれは自分が継ぐはずの旅館だが、正直まったく向いていなかった。
客商売は性に合わないと、家を飛び出してそれっきり。
客商売が嫌だったくせに、コンビニのバイトで食い繋ぎ、気づけば三十半ばだ。

実家の旅館は二歳下の弟が継ぎ、昨年リニューアルしてなかなか評判のいい旅館になっている。ホームページで笑顔を振りまく美人の若女将は、おそらく弟の嫁さんだろう。
いつの間にか、自分が捨てた旅館のホームページを見ることが日課になった紘一は、今なら帰ってもいいのではないか、と思うようになった。
かなり繁盛しているようだし、客の送迎くらいならやってもいいかな、などと虫のいい事を考えた。

山間の駅に着くと、思ったよりも空気が冷たく、十月なのに吐く息が白かった。
この感覚は久しぶりだ。紘一は思わず身を縮めた。
旅館の送迎バスを頼むわけにもいかないので、勿体ないけどタクシーに乗り込んだ。
「つばき屋旅館に行ってくれ」
「つばき屋さんね。あれ? つばき屋さん、今日休業じゃなかったかな」
「えっ? 年中無休だろ」
「確か臨時休業だよ。葬式とか言ってたな」
「葬式? 誰の?」
「さあ、詳しいことは知らないけど。どうする? 他の宿にするかい?」
「いや、つばき屋に行ってくれ」

紘一は、十倍くらい早く動く心臓を押さえながら、暑くもないのに吹き出す脂汗を拭った。
いったい、誰が死んだんだ。

タクシーを降りると、すっかり酔いは醒めたのに足が震えて転びそうになった。
リニューアルしても老舗旅館の趣は昔のままで、竹で出来た塀と、いい具合にカーブした松の木が紘一を迎えた。
どこにも葬式の花輪などはなかったが、随分閑散とした雰囲気に身が引き締まった。
門を入ると、小さな立て看板があった。葬儀を知らせる看板だ。
そこには、父の名前が書いてあった。
「父さん、まさか、死んだのか」
見るとロビーの中に、礼服の人たちが集まっていた。
ゆらゆら近づくと、庭で小さな女の子が花を摘んでいた。
弟の娘だろうか。目元が写真で見た若女将にそっくりだ。

「君のおじいちゃんのお葬式なの?」
話しかけると女の子は、「おじちゃん、だれ?」と、つぶらな瞳で紘一を見上げた。
初めて会う姪っ子がこんなに可愛い。汚れのない目に、自分はどう映っているのだろう。
中に入るのが怖かった。不義理をして親の死に目にも会えず、今更どんな顔をすればいいのか。
紘一は、このまま逃げ出したくなった。

「そろそろ葬儀が始まりますよ」
葬式にしてはやけに明るい声が聞こえた。きっと若女将の声だ。
「始まるって。行こう、おじちゃん」
女の子に手を引かれ、戸惑いながら中に入った。礼服の人たちが一斉に紘一を見た。
「あら、紘ちゃんじゃないの?」
「本当だ。おまえ何してたんだ、今まで」
「この親不孝者が」と罵倒する親戚たちの間を縫って、母と弟が顔を出した。
「兄さん、おかえり。知らせたわけじゃないのに、今日帰ってくるなんてすごい奇跡だ」
「紘一、やっと帰ってきてくれたのね」
母が涙ながらに紘一の手を握った。

「ごめんよ母さん。連絡もしないで、心配ばっかりかけたね。父さんのことも全然知らなくて。本当にごめんよ」
紘一は、膝をついて泣き崩れた。母がその背中を優しく擦る。
親戚たちも「せいぜい親孝行しろよ」と、紘一の肩を叩いた。
「みなさん、お葬式始めますよー」
若女将の張りのある声が、しんみりした空気を一蹴した。
そうだ。こんなところで泣いている場合ではない。
父の祭壇に手を合わせて、親不孝を詫びよう。
涙を拭いて立ち上がった紘一の前に、突然父が現れた。

「紘一、今更どの面下げて帰ってきた」
白装束姿の父の霊だ。紘一は尻もちをつきながら、必死で詫びた。
「父さん、ごめんよ。これからは心を入れ替える。下働きでも何でもして、母さんを支える。だから、どうか成仏してください」
周りから、どっと笑い声が起こった。父だけが、鬼のような顔で立っている。
「何が成仏だ。まだ死んでない」
「えっ、だって、父さんの葬式だろ」
「生前葬だ」
生前葬? 体中の力が一気に抜けて、紘一はその場に倒れこんだ。
紛らわしいことするなよ。だけど、だけど、よかった。

****
公募ガイド「TO-BE小説工房」で佳作をいただきました。
課題は「葬儀」でした。
簡単なようで難しくて、なかなか書けず、締切日ギリギリに出した覚えがあります。
だから佳作にも選ばれないと思っていました。よかった!


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秋の夜長にミステリー [ミステリー?]

秋の夜長に、ミステリー小説を読んでいたの。
何人もの人が惨殺されるお話で、怖いけれどやめられないの。
犯人は、首を絞めて殺害した後に、遺体に火をつけるのよ。
何もそこまで、と思いながら、犯人が火をつける理由を探りながら読んでいく。
身元の確認を遅らせるため? いいえ、その割には被害者のバッグがすぐ近くに落ちていたりして、ずいぶんとずさんだわ。きっと何か意味があるはず。
遺体の身元が判明したから、容疑者も3人に絞られた。
Aか、Bか、それともCか。刑事よりも早く事件の真相を暴いてみせるわ。

その時、凄まじい稲光と、家が揺れるほどの雷鳴。家じゅうの電気がプツリと切れた。
あらいやだ。ゴロゴロ言ってるな~とは思ったけど、本に夢中で気にしてなかったわ。
懐中電灯を探したけれど、肝心な時に見つからないのよ。
戸棚をガサガサやってたら、夫のライターが出てきた。
外国製のなかなか高価なライターだけど、去年禁煙に成功したから無用の長物ね。
でも、よかったわね。役に立つときが来たわよ。
ライターの灯りでろうそくを見つけて火をつけた。
あら、なかなかいいじゃないの。

私そこで、ハッとしたの。
そうよ、ライターよ。確かAは父親の形見のライターを持っていたわ。
それで火をつけたのよ。動機は、父の恨みをはらすため。
ああ、早く読みたい。続きが知りたい。

電気がついた。外は雨、雷の音は大分遠ざかった。
さて、本の続きを読みましょう。
刑事『父親の形見のライターで火をつけたんだろう』
A 『まさか。このライター使えませんよ。オイルが入ってないから』
刑事『犯行後に抜いたんだろう』
A 『そんなことしませんよ。もう古いし、オイル入れても火がつくかわかりませんよ。それにね、うちの親父はただの事故死。誰も恨んでなんかいませんよ』

ああ、Aじゃなさそうね。
その時、消し忘れたろうそくが倒れそうになって慌てて消した。
あぶない、火事になるところだったわ。
はっ、火事? 確かBは火事で両親を亡くしていたわ。
火事の原因は少年たちの火遊び。
そうよ、殺されたのはその少年たちよ。年齢的にも合ってるわ。
そうか、犯人はBね。続き読もう。
刑事『被害者は、みんなT市出身だ。そしてBさん、あなたもT市出身。両親が火事で亡くなったことと、今回の事件は繋がっている。違いますか?』
B 『刑事さん、そりゃあ偶然だ。T市出身なんてごまんといる。それにね、刑事さん、俺が火遊びをしたやつらを恨んでいるなんてとんでもない。実はね、あの少年たちの中に、俺もいたんでだよ。すぐに逃げたし、権力があったからみんなに口止めして俺の名前を出さないようにしたんだ。あはは、今バレちゃったけどな。もう時効だろ』

B最低、なんてやつ。だけどたぶん犯人じゃないわ。
ああ、消去法でCかしら。うーん、モヤモヤするわ。

その時、夫が帰ってきた。
「いやあ、雨やどりしてたら遅くなっちゃったよ。すごい雷だったね。停電になったの? へえ、どこかに落ちたかな。おや、君、この小説読んだの? 面白かったよね。僕も読んだよ。まさか犯人がDだったなんてね。最初の被害者の姉Dが、捜査に協力するふりして犯行を繰り返していたなんてね。ただの猟奇殺人だったなんてちょっと興ざめだけど、大どんでん返しが面白かったね」

「……まだ読み終わってないんだけど」
「あ、ごめん。風呂入ろ。ビールあるかな」
「ふざけんな。風呂から出たら首絞めて火をつけてやる」
終わった。私の読書の秋が、今終わった。

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