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透明 [ファンタジー]

私はときどき透明になる。
そしてこっそりベッドを抜けて、夜の街に遊びに行く。
きれいなイルミネーションで飾られた街を歩くと、私の体は金や銀や赤に染まる。
透明だから、カメレオンみたいに風景に溶け合うの。

今日はクリスマスイブ。
寄り添う恋人たちや、ケーキを抱えたお父さん、千鳥足のおじさんや大声ではしゃぐ若者たち。
みんな楽しそう。だってクリスマスだもの。

「きみ、同類?」
不意に声をかけられた。姿は見えないけれど、すぐにわかった。
透明な男の子だ。同じ透明の子に会うのは初めてだ。
「透明になって、どのくらい?」
男の子が隣に並んで歩きだした。見えなくても気配でわかる。
「今年の春から、何度か透明になってるよ」
「そうか。僕はもう2年も透明生活をしているよ」
優しそうな、素敵な声だ。私たちは、大きなクリスマスツリーの下に並んで座った。
雪が降りそうだけど、ちっとも寒くない。
「透明っていいよね。寒くないし、体は軽いし、いくら歩いてもちっとも疲れないもん」
「そうだね」
「ねえ、今日はクリスマスイブだけど、ケーキ食べた?」
「いや、食べてないよ」
「私も。ああ、イチゴがたっぷり乗ったケーキが食べたいな」
「いいね」と、男の子が笑った。
「このままどこかに遊びに行こうよ。高級ホテルのレストラン、R指定の大人の映画、夜の水族館、私たち、どこでも行けるよ」
誰かとおしゃべりするのは久しぶりで、私はすっかり浮かれていた。

「行けないよ。僕はもう、帰らなきゃ」
「そうか、家はどこ? 近いの? また会える?」
「いや、もう会えないよ」
男の子の声が、少しずつ小さくなっていく。
「僕はもう消えるよ。透明じゃなくて、本当に消えるんだ。2年は長すぎた」
何かを諦めたような、悲しい声だ。

やっぱり私たちは同類だ。眠ったまま目覚めない。
たとえ透明になって街を自由に歩いても、重い体はベッドで眠ったままだ。

「僕は消えるけど、きっと君は大丈夫だよ。まだ間に合う。今日帰ったら、自分の体に言い聞かせるんだ。起きてケーキが食べたい、イチゴがたっぷり乗ったケーキが食べたいってね」
優しい声でそう言って、男の子は消えた。
気配がすっかり消えてしまった。ひとり残されて、私は急に現実を知る。

中学校の入学式の日、私は事故に遭った。それからずっと眠っている。
パパは大好きなお酒を断って、ママは毎日手を摩ってくれる。
透明になって自由に歩けても、やっぱり自分の体で歩きたい。
家に帰って、眠る私をじっと見た。
「ケーキが食べたい、イチゴがたっぷり乗ったケーキが食べたいよ。もういい加減目覚めてよ」
透明の私が、きれいな涙になって、私の中に戻っていく。
ゆっくりゆっくり、命を吹き込むように戻っていく。

パパ、ママ、クリスマスの朝、きっと奇跡は起きるよ。

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