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夜の公園 [ホラー]

男の人が来ると、外に出された。
「2時間は帰ってきちゃだめよ」とお母さんは千円をくれた。
昼間はまだいい。コンビニやショッピングセンターで時間をつぶせる。
だけど夜は困る。すぐに補導されてしまうから、お店には行けない。

その夜、わたしは近所の児童公園に行った。
夜になると誰もいない。薄暗い外灯がいくつかあるだけで、暗くて寂しい。
わたしはブランコに座り、思い切り地面を蹴った。
ブランコが加速していく。順番待ちの子もいない。独り占めだ。
ふと、隣のブランコを見ると、同じように揺れている。
風もないのに、まるで誰かが乗っているように、前に後ろに揺れている。
「誰かいるの?」
声を掛けたら、返事の代わりに微かな笑い声が聞こえた。
小さな子どもの笑い声だ。

わたしは次に、シーソーにまたがった。
ひとりでは動くはずがないシーソーから、わたしの両足がゆっくり離れた。
ギッタンバッコン。
「やっぱり誰かいるのね。あなたはだあれ?」
相変わらず笑い声しか聞こえない。

ベンチに移ると、となりに誰かが座る気配がした。
「あなたも家に帰れないのね」
外灯が、今にも消えそうに点滅した。
「お父さんが生きていたころは楽しかったのよ。お母さんは、すっかり変わってしまって、わたしより、男の人の方が大事なの。ときどき優しいけど、ときどき泣くの。泣きながら、あんたさえいなければって言うの。そんなときはすごく悲しくなる」
誰にも言えない心の中を、見えない誰かに話した。

「じゃあ、帰らなければいい」
不意に声が聞こえた。
「朝までここにいればいい。お母さんが迎えに来たらあんたの勝ち」
「勝ち? じゃあ、来なかったら?」
「あんたの負け。負けたら、あたしと一緒にここで暮らすの」
「そんなの嫌だよ。わたし、もう帰る」
立ち上がろうとしたけれど、動けなかった。
点滅していた外灯がとうとう切れて、闇の世界にいるみたい。
怖いよ。お母さん、迎えに来て。
祈るようにつぶやきながら、わたしは震えていた。

「ちはる、ちはる。起きなさい」
目を開けたら、お母さんがいた。
「捜したわ。まったくこんなところで寝て、風邪をひくわよ」
わたしは、公園のベンチで寝ていた。時刻は午前0時。
「男の人は帰ったの?」
「とっくに帰ったわ。あの人はもう来ない。だから、ちはるはずっと家にいていいの」
お母さんは、少し寂しそうだった。男の人と別れた後は、いつもこんな顔。

「お母さん、もうわたし、外に出なくていいの?」
「もちろんよ。これからはずっとふたりで生きて行こう」
お母さんは、わたしの手をぎゅっと握った。

誰も乗っていないブランコがキイキイ音を立てて動き出した。
お母さんは迎えに来たよ。わたしの勝ちだね。
「それはどうかな?」
闇の中から声がした。
「あんたはきっとまた来るよ。あたし、待ってるから」
わたしは、お母さんの手を握り返した。
「ずっと一緒だよね、お母さん」
お母さんの顔は、暗くてよく見えなかった。

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