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苦くて泣いた [男と女ストーリー]

今日はバレンタインデー。
甘いものが苦手なアキラさんのために、腕を振るってご馳走を作った。

「ただいま」
「おかえり。早かったね」
「うん。1本早い電車に乗れたんだ」
「よかった。じゃあご飯にしよう」
「うん。あれ、すごいご馳走だね。何かあったっけ?」
「バレンタインデーだから、一応」
「ああ、そうか。そういう行事、結婚すると忘れるもんだな」

アキラさんと向かい合って夕飯を食べる。
このひと時が、一番好き。
じっくり煮込んだビーフシチュー。赤ワインとチーズもある。

「ねえアキラさん、誰かからチョコもらった?」
「もらわないよ。バレンタインデーだってことも忘れてたんだから。それに、今どき職場で義理チョコもないだろ」
「結婚前はどうだった? たくさんもらった?」
「そんなにモテないよ、おれ」
「またまた。白状しなさいよ。人生でもらった本命チョコの数、教えてよ」
「やめてくれよ。刑事の尋問みたいだよ」
「あはは。ごめん。でもさ、甘いもの苦手だから、もらっても困るでしょ」
「まあ、そうだね」
「そう思って私、チョコ買ってないよ」
「いいよ。期待してないし」
楽しい。おしゃべりしながらのディナー、楽しい。

すごく楽しかったのに、玄関のドアが開いた。いちばんのお邪魔虫が帰って来た。
「ただいまー。なに、美味しそうな匂い」
姉だ。
「お姉ちゃん、夜勤じゃないの?」
「代わってもらったの。ここのところ夜勤多かったから」
姉は看護師をしている。姉の夜勤日には、こっそりハートマークをつけている。
アキラさんと二人になれるから。
「ビーフシチュー美味しそう。あたしの分ある?」
「あるけど」
「料理上手な妹がいて助かるわ。ねっ、アキラ」
「そうだね。おかげでおれ、太ったかも」
「じゃあ、もっと太らせてあげるね」
姉がそう言って、鞄からチョコレートを取り出した。
「はい、本命チョコ」
「ありがとう」
アキラさんは、嬉しそうに受け取った。
甘いもの苦手なのに。いかにも安っぽいチョコなのに。

アキラさんは、姉のダンナ。つまり私の義兄だ。
姉妹で暮らすこの家に、転がり込んできた図々しいヤツ。
私の料理を残さず食べるヤツ。
私を本当の妹だと思っている鈍いヤツ。

「じゃあ、あとは夫婦水入らずで、ごゆっくり」
私は部屋に引き上げた。分かってる。邪魔なのは私の方だって。
本当は買ってあったカカオ90%のビターチョコ。
包みを開けて自分で食べた。

あまりに苦くて涙が出た。

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