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20歳の俺へ [ファンタジー]

グダグダと過ごす正月休み。
真夜中に白い服の妖精が現れて、年賀はがきとペンを俺に渡した。
「このはがきで、30年前の自分に年賀状を送りなさい」
「30年前? 俺は20歳だ」
「20歳の自分に伝えたいことを書いて送りなさい。あなたの未来は、きっと変わります」
「本当に届くの?」
「はい。ただし伝えたいことは、このペンを使って書いてください。このペンで書いた文字は、30年前のあなたにしか読めません。そしてその文字は、読み終えるとすぐに消えてしまいます」
「へえ」
半信半疑でペンをながめていたら、妖精は消えていた。
夢かと思ったけれど、翌朝になっても年賀はがきとペンは消えていなかった。

20歳の自分に伝えたいことを、俺は考えた。
あの頃の俺は、本当にダメだった。大学の授業はさぼってばかりでついに留年。
結局卒業できずにやめてしまった。
「ちゃんとしろ。今のままではおまえは高卒だ」
まずはこれを伝えよう。
しかしそれより大切なことがある。健康だ。
38歳で暴飲暴食がたたって胃潰瘍になる。入院している間に出世コースから外れる。
「酒はほどほどに。タバコも吸うな。腹八分目を心がけろ」
そんなこと、20歳の俺に通じるかな?

やはり心残りは親のことだ。親孝行もしないまま、両親はあの世へ旅立った。
孫の顔も嫁の顔も見せることが出来なかった。
そうだ、最も伝えたいのは女のことだ。
「25歳で知り合うホステスのアケミはやめておけ。バックにやくざがついている。逆に同時期に出逢うマサヨは地味だけど、実は財閥の娘だ」
地味でさえないマサヨをあっさり振ったことを、どれだけ後悔したかわからない。
マサヨと結婚していたら、今ごろ社長になっていたかもしれない。

俺は長い正月休み中に、腕組みをしてはがきとにらめっこした。
ブルーのインクは、書いているうちに消えてしまうんじゃないかと思うほど薄かった。
まあ、20歳の俺は老眼とは無縁だから読めるだろう。
あの頃の俺は、集中力がなくてろくに本も読まず、読解力はゼロに近い。
だからなるべくわかりやすく簡潔に、難しい漢字は避けて慎重にペンを進めた。
書き終えると、ペンは煙のように消えてしまった。


そして正月休み最後の成人の日、記憶をたどってあの頃の住所を書き、願いを込めてはがきをポストに投函した。
このはがきを20歳の俺が受け取ったなら、俺の未来は変わるはずだ。
マサヨと結婚して、大会社の社長もしくは副社長くらいになっているかも。
親父とお袋に、孫を抱かせてやれたかも。
いつ届くのだろう。時空を超えるのだから、簡単ではないだろう。
いずれにしても、来年の正月は、安アパートでグダグダ過ごすことをないだろう。

そんな未来を夢見た翌日、ポストにはがきが届いた。
昨日出したはずの年賀はがきだ。
えっ? なんで?
はがきには、郵便局の張り紙が……。
『料金不足です。10円切手を貼ってください』

52円で年賀状を出せるのは、1月7日までだった。


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