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森の神隠し [ミステリー?]

夏休み、ママの故郷に行った。
家の裏には深い森があって、ママと一緒に森林浴に行った。
美しい森だ。
木立の間から差し込む光は、まるでスポットライトのように輝いている。

「ママは昔、この森で迷子になったことがあるのよ。毎日のように遊んで、慣れているはずの森で迷子になったの。一週間後、この木の下で発見されたの。髪も服もボロボロで、抜け殻みたいにしゃがみ込んでいたそうよ」

ママは不思議なことに、その一週間のことをまるで憶えていなかったという。
神隠しにあったのだと、ママは言った。

私は翌日、ひとりで森に行った。
風がさわさわと吹き抜け、見上げた空から柔らかい光が射しこむ。
「気持ちいい」
降りそそぐ蝉の声も心地よく、私は木にもたれて目を閉じた。

次の瞬間、蝉の声がやけに大きく聞こえると思ったら、私は木の上にいた。
木の幹にしがみつき、大声で鳴いていた。
私は、蝉になっていた。
下を見ると、人間の私が笑いながら見上げている。
「ごめんね。7日間だけ体を貸して」
私になった蝉が言った。
「あなたはこの先何十年も生きるでしょう。私はたった7日の命なの。だから、あなたの7日間をわたしにちょうだい。7日後に返すから」
私になった蝉は、スカートの裾を翻し、森の中を駆けて行った。

ママが探しに来た。私の名前を呼びながら、森の中を走り回った。
おじいちゃんとおばあちゃんも来た。
近所の人や捜索隊、知らせを受けた東京のパパもやってきた。
みんなで私の名前を呼びながら、懸命に探している。
「ここにいるわ」
木の上から叫んでみても、私の声はジージーと鳴く蝉の声だ。
誰も気づかない。
2日、3日、4日…私になった蝉は、森の中を見つからないように走り回っているのだろう。
私はただ、木の汁を吸いながら、鳴き続けるしかなかった。

「アオイちゃん、アオイちゃん」
ママに肩を揺すられて、私は目覚めた。
森で迷子になって7日後、大きな木の下でグッタリしているところを発見された。
「ああ、よかった」
ママとパパが泣きながら私を抱きしめた。
となりで、蝉が死んでいた。

「何があったの?」
ママに聞かれて、私は「憶えていない」と答えた。
「ああ、ママと同じね。アオイちゃんも神隠しにあったのね」
ママはそう言って、再び私を抱きしめた。

ママ、同じじゃないよ。
だって私、本当は7日間のことをよく憶えている。
楽しくて楽しくて、アオイに体を返すのが嫌になったの。

ごめんね、アオイ。
私は、死んだ蝉にそっと土をかぶせた。


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