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50年後の桜 [ファンタジー]

沼田のおじいさんが生き返った話は、半世紀が過ぎた今でも語り継がれています。
葬式を終えて、まさに火葬をしようとしたそのとき、棺から声がしました。
開けてみると死んだはずの沼田のおじいさんが、パッチリ目を開けていたのです。
沼田のおじいさんはその日から一週間生きて、今度こそ本当に逝きました。
私は生まれたばかりだったので実際に見たわけではないけれど、奇跡の生還と話題になり、テレビ局まで来たそうです。

そしてあれから50年。
50歳になった私は、この春母を看取りました。
葬儀を済ませ、いざ火葬というまさにその時、棺から声が聞こえたのです。
「開けてちょうだい」
私たちは顔を見合わせました。
棺を開けると、母はたった今眠りから覚めたように欠伸をして起き上がりました。
「沼田のじいさんの時と同じだ」
「50年後にまた奇跡が起こったぞ」
当時を知っている老人たちが、手を叩いて喜びました。

沼田のおじいさんと一緒だとしたら、母は一週間後に再び逝ってしまいます。
私は、仕事がある夫と息子を帰して、実家に残ることにしました。
「お母さん、気分はどう?」
「病気になる前に戻ったみたいだ。とても調子がいいよ」
「じゃあ、散歩でも行こう。桜が満開よ」
私は、最期の一週間を母と過ごしました。
川岸に咲く桜、遊歩道の桜並木、海が見下ろせる丘の一本桜。
はらはらと雪のように舞う桜吹雪を二人で眺め、母との時間を心に刻みました。
そして母は、その夜静かに2度目の息を引き取りました。

沼田のおじいさんと母が、同じ病院で亡くなったことを知ったのは、四十九日を終えた頃でした。線香をあげに来てくれた、沼田のおばさんが言ったのです。沼田のおじいさんの娘さんです。
「50年も前のことだからうろ覚えだけど、あの病院の2階の角部屋だったのよ」
母の病室も、2階の角部屋でした。
「建て替えしてるけど、窓から見える景色はさほど変わってないのよ。ほら、古い桜の木があるでしょう。ちょうど窓から見えるのよ」
「ああ、そういえば、母はいつも言っていました。満開の桜が見たいって」
「私の父もそうだったわ。だからね、あの桜の木が命をくれたんじゃないかって思うの。だって桜が散った夜、父は逝ったのよ。あなたのお母さんもそうでしょう?」
桜がくれた命、桜がくれた時間。
そんな奇跡もあるかもしれないと、春が来るたび思います。

そしてさらに50年後。
私は今、100年の人生に幕を下ろそうとしています。
奇しくも、沼田のおじいさんと母が亡くなった病院の角部屋です。
窓から見える桜はまだ2分咲き。ああ、満開の桜が見たいです。
ぼんやりした頭に、お医者様の声が聞こえます。
「ああ、どうも。〇〇病院です。お母さまが危篤なんですが、今どちらですか? ああ、宇宙旅行中ですか。いつ頃お帰りの予定ですか? 一週間後ですか。ではそれまで延命措置をしておきますね。どんなにテレパシーの技術が進んでも、臨終には直接立ち会いたいですよね。では一週間ほど延命させていただきます。ちょうどそのころ、桜が満開ですよ」

時代は変わりました。医療はどんどん進化しています。
生きてる間に満開の桜が見られそうです。
でもね、何だかむなしいです。
満開の桜は見たいけど、そういうことじゃないのよね。

KIMG1921.JPG
今年の桜、早すぎません?

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