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ディナー [SF]

私の彼は、深い緑色の目をしている。背が高くて、誰もが振り向く異次元の美青年。
家族と一緒に日本に移住して一年になる。
道に迷った彼を助けた縁で、交際が始まった。
素敵な人だけど、たった一つ難点がある。
彼とは、食の好みが全く合わないのだ。だから一緒に食事をしたことがない。
外国人だから、私たちの食事は口に合わないのだろう。
食事時には必ず家に帰るので、デートの時間はせいぜい4,5時間だ。
私は、思い切って言ってみた。
「あなたと一緒に食事がしたいの。あなたと同じものを私も食べるから、家に招待してくれないかしら」
「本当にいいのかい? 僕たちの食事は、きっと君の口には合わないよ」
「いいの。あなたが好きなものは、私も好きになりたいの」
「ありがとう菜々子。今夜母さんにご馳走を作ってもらうよ」

緊張しながら、彼の家に行った。
彼の両親と高校生の妹が、流暢な日本語で私を歓迎してくれた。
「まあ菜々子さん、なんて可愛らしいお嬢さんかしら。お会い出来て嬉しいわ」
「お兄ちゃんにはもったいないね」
無口で厳格なお父さん、明るくて優しいお母さん、可愛い妹。絵にかいたような素敵な家族だ。
「さあ、お夕食にしましょう。今日はご馳走よ」
笑いながらキッチンに消えた母親は、ダイニングテーブルに次々料理を並べていった。
「さあ、みんな席について」
母親の料理は、高級料亭の懐石料理のようにきれいだった。
見た目は日本食と変わらない。きっと味が違うのだ。
「今日はご馳走だよ」と、彼が椅子をすすめてくれた。

「ねえ菜々子さん、この白いの、何だと思う?」
母親が得意げに手前の小鉢を指さした。白和えみたいだ。
「お豆腐……ですか」
「やだ、違うわよ。私たちは豆腐なんて食べないわ。ふふふ、これはね、骨なのよ」
「骨?」
「そう、骨をね、細かく砕いて煮込んだの」
「手間がかかった料理なんだよ」と、彼が自慢げに言った。
「あの、何の骨ですか?」
私が訊くと、母親は首を傾げた。なぜそんな質問を?と思っているようだ。

「人間よ」
「えっ、人間の骨?」
「そうよ。骨は食べたことがないかしら? 人間は捨てるところがないって言うでしょ。骨だって爪だって食べられるのよ。ああ、安心して。これはちゃんと養殖された人間よ。正規なルートで仕入れた安全な食材だから」
何を言っているのだろう。悪い冗談か?
心なしかどれも人間の部位に見えてきた。気持ちが悪い。

「お口に合わないかしら」
「母さん、先住民には人間を食べる習慣がないんだよ。だってそうだろう。まるで共食いだ」
「まあ、菜々子さんは先住民なの? そうよね。ここは数少ない保護地区ですものね」
「あの、ちょっと待って。先住民って、何?」
彼が、憐れむように私を見た。
「君は何も知らないんだね。地球にはもう、純粋な人間は数えるほどしかいない。なぜなら僕たちの先祖が捕獲して食べてしまったからだ。でもね、僕たちはそんなことはしない。先住民を保護して、無意味な狩りを防ぐために地球に派遣されたんだ」
頭が混乱している。彼は宇宙人なの?
私は生まれたときから人間だ。この町で、何不自由なく暮らしてきた。
先住民? 保護地区? 全く訳が分からない。
動悸がして、大量の汗が流れた。

「菜々子さん、何だかおいしそうな匂いがする」
妹が鼻をひくひくさせて言った。
「本当ね。肉汁が溢れてる。ああ、やっぱり天然物は違うわ」
違う。汗です。これは汗です。ああ、拭っても、拭っても汗が出る。

そこで一度も言葉を発していない父親が、初めて口を開いた。
「野生の人間、食ってみたい」
ごくりと唾を呑み込んで、みんながいっせいに私を見た。
「そうね。一人くらい、いいんじゃない?」
ひええ、私は小さく叫びながら、椅子ごと後ろに転げ落ちた。

気がついたら、ベッドで寝ていた。
「気がついた?」
彼が優しく私の髪を撫でた。ああ、やっぱり悪い冗談だった。
「驚かせてごめん。スーパーで、君たちの食べ物を買ってきたよ」
彼は、おにぎりとインスタントのスープを運んでくれた。
「ありがとう。すごくおいしい」
「よかった。たくさん食べてね」
「私、本当に、あなたの家族に食べられてしまうのかと思ったわ」
「ははは、大丈夫だよ。安心してたくさん食べて。もっと太った方がおいしい……いや、可愛いからさ」

ん??

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村田紗耶香さんばかり読んでいたころに書いたものです。
影響されてるな~(笑)
これって、SF?ホラー?


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