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龍の子ども [ファンタジー]

結婚して7年経ちますが、なかなか子宝に恵まれません。
夫とふたりで出掛けた初詣の神社で、私は熱心に祈りました。
「どうか今年こそ、子どもが授かりますように」
夫が毎年欠かさず参拝するこの神社は、龍神様を祀っています。

急に辺りが暗くなりました。
多くの参拝客で賑わっていたはずの拝殿から人が消えました。
何が起こったのでしょう。
「おまえに子どもを授けてやろう」
暗やみから声がしました。大地を這うような恐ろしい声です。
怯える私の前に、大きな龍が現れました。血の塊みたいな赤い目で私を見ました。
「願いを、聞いてくださるのですか?」
「ああ、授けよう。ただし生まれてくる子は龍の子どもだ。大切に育てろ」
「龍の子ども? それはどういうことですか」
龍は、私の問いには答えずに消えてしまいました。

気がつくと私は、神社の隅でうずくまっていました。
「大丈夫? 貧血かな」
夫が心配そうに背中をさすってくれました。
「違うの。私、たぶん妊娠した」
「えっ」

私は本当に子どもを授かりました。
夫はとても喜びましたが、私は不安でした。
あの龍のお告げが、夢だとは思えなかったからです。
龍が生まれた子どもをさらっていくのではないか、そんなことばかり考えました。
だけどお腹が大きくなるにつれて、そんな不安は消えました。
私の中に宿った小さな命が愛おしくてたまりませんでした。
とにかく無事に生まれて欲しい。そればかり祈りました。

秋になって、私は女の子を出産しました。
紛れもない人間の赤ん坊です。鱗もなければ角もありません。
「可愛いなあ」
夫は生まれたばかりの子どもを不器用に抱きながら、優しく頬ずりしました。
ホッとしました。神様は、純粋に私の願いを聞いてくれただけなのです。
恐れることなど何もありません。

「お宮参りに行こう」
夫が言いました。
「君の祈りが通じて僕たちは親になれた。龍神様にお礼に行こう」
初詣の記憶が甦って少し怖くなりましたが、夫の言う通り、きちんとお礼をしようと思いました。
すやすや眠る娘を抱いて、神社に行きました。
拝殿の前に立つと、突然娘が目が開けて私を見ました。
その目は、赤く光っていました。
あのときの龍と同じ目です。驚いて思わず娘を落としそうになりました。
「大丈夫。気を付けてくれよ。僕たちの宝物なんだから」
夫が、私の代わりに娘を抱きました。
そして娘を抱いたまま、長い長いお祈りをしました。

祈りを終えた夫が振り向いて言いました。
「大丈夫だよ。龍神様はこの子を連れて行ったりしないから」
「えっ?」
夫は娘の頬を優しく撫でながら微笑みました。夫はすべてを知っていたのです。

「じつは僕も、龍の子どもなんだ。母が36年前に授かった子どもだよ」
夫は毎年龍神様に、元気で生きていることを伝えているそうです。
「毎年お参りを欠かさなければ大丈夫」
夫が私の手を握りました。温かい大きな手です。
「毎年お参りに来るわ。この子を大切に育てるわ」
私は夫の肩にそっと寄り添いました。

娘はすくすく成長しています。毎日幸せです。
辰年生まれの夫と娘が、ふたりで空を見上げています。
その目が赤く光っていることには、気づかない振りをしています。

*****
あけましておめでとうございます……とはいえ、もう1月も半ばです。
正月休みがいつもより長かったことと、我が家にしては珍しく2回も温泉旅行に行ったおかげで、どうもペースを戻せません。
とりあえず、こんな私ですが今年もよろしくお願いします。

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